蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[77] アメリカの蔵書家たちⅡ 植民地時代

 

 

 ≪ Ⅱ 植民地時代 ≫

 

 

 独立当時の13植民地は下の三つの地域に分けられます。13植民地は、アメリカ東部沿岸地域を北から南にかけて広がっているので、北部(ニューイングランド)・中部・南部と三つに分けることができるんですね。
 北部のニューイングランド地方は13植民地の中でも最も古い地域で、前頁で語ったのもこのあたりです。

 

〔ニューイングランド地方〕
 ● ニューハンプシャー
 ● マサチューセッツ
 ● ロードアイランド
 ● コネチカット

〔中部地方〕
 ● ニューヨーク
 ● ニュージャージー
 ● ペンシルベニア
 ● デラウェア

〔南部地方〕
 ● メリーランド
 ● ヴァージニア
 ● ノースカロライナ
 ● サウスカロライナ
 ● ジョージア

 

 

 アメリカという国はその国力・経済力に比して大きな蔵書家は少ない方です。ハンチントンとかポール・ゲッティのような企業家による図書館を別にすれば、欧州に比べて相対的に規模は小さめです。これはブッククラブが普及しているためなのか、現在でもアメリカ人はあまり大きな規模の書斎を持つ習慣がないんだと思います。
 ことに独立前のイギリス植民地時代には、世に広く知られた蒐集といえども数百程度の規模であることが往々にしてあります。

 この理由としては、まず植民地時代のアメリカの識字率が極めて低かった事が挙げられます。
 次にもう一つ、これは誰でも思うことかもしれませんが、アメリカという国がカルヴァン派主体のプロテスタントである点もその一因かもしれません。とくに独立以前の個人蔵書の規模の貧しさに、例の大覚醒運動なんかがどのように関係していたか(あるいはしていなかったか)は、また章を改めて考えてみたいです。

 

 さていよいよ植民地時代のアメリカの個人蔵書を今からみてゆくことにします。

 17世紀の段階では、やはり北部のニューイングランド地方が先進地域だったようで、個人蔵書の規模でも中部・南部地方はそれに及びません。
 1700年という17世紀最後の年に、コットン・メイザーの蔵書が総数2500冊にも達しており、この時期のアメリカではおそらく最大でしょう。
 またロードアイランドの牧師サムエル・リー(Samuel Lee 1625–1691)のものも1000冊と大きいです。しかしこの人はイギリスから来ただけあって、それ以上に内容が興味深く、古典から哲学・神学はもちろん医学・科学の本が100冊、 歴史・地理・数学・占星術・法学などかなりヴァラエティに富んでいました。

 その一方、南部地方に目をやると、ヴァージニアを代表的する蔵書家として、植民地の長官ラルフ・ウォームリー(375冊を所有)、トーマス・コック(1692年に100冊の文庫を残している)が挙げられる程度です。

 

 しかし18世紀に入り、その半ば頃になると、これが逆転しています。

 従来、読書の盛んな地域とされてきた筈のニューイングランド地方で、1713-1745年の期間における最大の蔵書家ジョン・エリオット(John Eliot)が亡くなった時保有していたのは、わずか243冊でした。
 18世紀のニューイングランドで他によく知られていたものとしては、ニューイングランド史を副業としているボストンの牧師トーマス・プリンスの個人図書館と、ロードアイランドのニューポートの牧師・法律家のアブラハム・ウッドのものを挙げることができるぐらいです。

 これに対して中部地方のペンシルヴェニアでは、ジェームス・ローガンが3000冊を所有しています。
 またニューヨークでもこの時代以降に蔵書家が増えてきたようで、ジョン・シャープによる神学系を中心にした大きなコレクションや、NYキングスカレッジの学長サミュエル・ジョンソンの英文学、古典 歴史などの蒐集などがめぼしいところです。アレキサンダー・イネスも死に際してかなりの量の蔵書を残しました。
 ニュージャージーにおける最も大きな文庫は、独立宣言の署名者リチャード・ストックトンでしたが、これは1777年の火事で焼失しています。

 南部に目をやると、やはりヴァージニアのウィリム・バード(William Byrd)の存在が際立っています。亡くなった1744年の時点で総数は4000冊とこの時期最大。
 陸軍大佐ロバート・カーターの700冊も、古典・法律・歴史・旅行書・科学・哲学・詩・小説・劇作など広範囲にかかわらず精選された内容で、とりわけ現代文学には定評がありました。カーター二世は宗教と医学に関心を移して蔵書を拡張しています。
 ヴァージニアでは、他にもチャールズ・ブラウン(Charles Brown)が1738年に680冊を残しているし、ロバート・ベバリー(Robert Beverley)もこの時期に222冊あったそうです。
 この州の18世紀の個人蔵書としては他に、ラルフ・ウォームリー二世、リチャード・リー、エドムンド・バークリー、ジョン・ウオーラー、デーヴィッド・ブラックなどの名前が残っています。

 しかし、南北両カロライナまで下ってしまうと、規模の大きな蔵書家は少なくなってきます。その中では、多くの親族の間で引き継がれたジョンストン家の文庫が特色あるものといえるでしょう。

 

 個人蔵書の盛衰をみていると、それが政治や経済などの社会背景と密接に関係していることがよく分かります。
 アメリカの場合もその例に洩れません。植民当初に文化的先進地だった北部ニューイングランド地方にまず大きな蔵書家が現れ、独立直前にヴァージニアへ植民地全体の重心が移動していた頃になると、やはりその地に最大規模の蔵書家が存在している。
 もう一つ言うことがあるとすれば、植民地時代のアメリカ人の蔵書の内容は、宗教関係が多いのが特徴です。もともと植民当初に作られた蒐集の多くが牧師によるものでしたが、宗教関係に重きを置く傾向は18世紀にも引き継がれています。
 その点、ニューイングランドから遠く離れたヴァージニア最大の蔵書家であるウィリアム・バードの蒐集に宗教関係がほとんどなかった事実は注目に値します。

 ヴァージニアはご存知の通り、アメリカが独立戦争を起こした時の13州の核になった州であって、ワシントン(初代)、ジェファーソン(3代)、マディソン(4代)と初期の大統領にはバージニア出身が多く、「バージニア王朝」とすら言われたものでした。
 ちなみに、そのバージニアにおける蔵書を語るうえで欠かせないのが Elsing Green(エルジンググリーン)におけるそれでしょう。ここは17世紀以来のアメリカを代表する大農場で(「風と共に去りぬ」のタラのようなものを想像して下さい)、所有者は多く変わっていますが屋敷には2000~3000冊が残されています。
 歴代所有者のうち最も有名なのは、独立宣言署名者でもあったカーター・ブラックストンで、ヴァージニア州最大の大地主です。(ちなみにこの人は膨大な数の奴隷も所有しており、現在でもカーター・ブラクストンという名を持つのは大半が黒人で、彼所有の農園から解放された奴隷の子孫とみられています)。
 独立直後のアメリカは、ほとんどバージニアの連中が仕切っていたにもかかわらず、この州は奴隷労働に依存したプランテーション中心の産業構造だったため、南北戦争では南軍の最前線に立ち、敗北して荒廃し、凋落することとなりました。

 以上、長々と語ってしまいましたが、植民地時代のアメリカにおける最大規模の蔵書家は、北部ニューイングランド地方のコットン・メーザー(4000冊)、中部ペンシルヴェニアのジェームス・ローガン(3000冊)、南部ヴァージニアのウィリアム・バード(4000冊)の三人です。
 このうち、特に蔵書内容の面から最も高く評価されているのはジェームス・ローガンで、彼をもって植民地時代を代表する蔵書家とする見方が一般的です。

 

 

 

 

☆☆
 コットン・メイザー Cotton Mather 1663–1728
 17世紀末で最大なのがコットン・メーザーである。あのインクリース・メイザーの息子にあたり、この父親も675冊も本を持っていた。(しかし父の蔵書は1674年の火事で焼けている)
 彼は父が学長を務めたハーバードを15歳で卒業したというから今日でいう天才児に該当するのかもしれない。長老派の牧師となり、予防接種の導入などの業績もあるが、サレムの魔女事件に関与した点で毀誉褒貶のある人物である。
 コットン・メーザーの書斎には、17世紀最後の1700年の時点で2500冊の本があり、また亡くなった時(28年後)に残されたものは4000冊まで膨らんでいた。やはり職業柄神学書が中心で、それに歴史書・地理書・哲学書・科学書などが加わる蔵書構成になっている。特徴としては、フィクションつまり詩や劇作が見当たらない事である。 また、アメリカで発行された本はほんのわずかで、ヨーロッパから来た本ばかりであった。

 

 

 

☆☆
 ジェームス・ローガン James Logan 1674-1751
 英国植民地時代のアメリカを代表する蔵書家といわれてきたのが、中部地方のペンシルヴェニア在住のジェームス・ローガンであり、古典的著作を網羅したその3000冊以上の蔵書は内容的に高く評価されている。収集分野も広く、とりわけアメリカの古典文学のコレクションとしては折り紙付きである。
 ローガンはフィラデルフィア市長や植民地の最高裁判事を歴任した政治家・法曹であり、交友関係にあった若きベンジャミン・フランクリンを善導したともいわれる人物である。

 

 

 

☆☆
 ウィリアム・バード二世 William Byrd II 1674–1744
 南部地方の個人ライブラリーで最大のものはヴァージニア州に住むウィリアム・バード の蔵書である。父親からの蒐集を引き継ぎ、死ぬ時までに4000冊以上に拡充している。
 彼は大農園主であると共に作家であった。
 彼の蔵書の特徴は非常に世俗的な点であって、ニューイングランドの牧師が集めたようなものとは対照的な内容である。蔵書の四分の一が歴史、次の四分の一が古典であり、あとは英文学、法律、科学などが10パーセントずつであった。その他は哲学書や旅行書などで、宗教書はほとんどなかったという。上のコットン・メイザーと比較してみれば相違は一目瞭然である。

 

 

 

 つぎに大学への個人蔵書の寄贈で、上のハーバード大学以外で主なものをあげてみます。
 今のご時世、蔵書を大学に寄付するなんて言っても向こうは引き受けたがらないんですが、本らしい本を持っていなかった頃の大学なら大喜びでこうやって歴史にも残るようです。
● エール大学図書館にエリユ・エールが300冊を寄贈(1727年)、
● ヴァージニアカレッジに長官フランシス・ニコルソンが200冊を寄贈(1742年)、
● プリンストン大学図書館に長官ジョナサン・ベリヘルが474冊を寄贈(1757年)、
 
 外国からの寄付では
● ハーバード大学図書館創立時にドイツのエーベリング(Ebeling)寄付した3200冊のアメリカ関係書は同図書館の蔵書の核になった。サミュエル・エリオット寄贈のアメリカーナもそこに加わる。
● エール大学図書館へロンドン在住のジョージ・バークレーが1000冊を寄付(1733)

 

 

 

 最後にこれまで触れた植民地時代の蔵書家の冊数を書き出してみます。

ウィリアム・バード William Byrd     4000冊
コットン・メーザー Cotton Mather      4000冊
ジェームス・ローガン James Logan     3000冊

ジョン・ウィンスロープ John Winthrop   1000冊
サムエル・リー Samuel Lee           1000冊

ロバート・カーター Robert Carter       700冊
チャールズ・ブラウン Charles Brown       680冊
インクリース・メーザー Increase Mather   675冊
ジョナサン・ベリヘル               474冊
エリユ・エール Elihu Yale          417冊
ウィリアム・ブルースター William Brewster  400冊
ジョン・ブロック                 380冊
ジョン・ハーバード John Harvard       300冊
ジョン・エリオット John Eliot         243冊
ロバート・ベバリー Robert Beverley      222冊
フランシス・ニコルソン            200冊
トーマス・ウェルド              195冊

 

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1 コメント

  1. Royal CBD 2020年4月25日

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テーマの著者 Anders Norén

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