蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[79] アメリカの蔵書家たちⅣ 大統領たち

 

 

 ≪ Ⅳ 大統領たち ≫

 

 現在世界最大の図書館であるアメリカの議会図書館は、もともとジェファーソンの蔵書をもとに設立されました。最初の頃の館長にジェファーソンの秘書達がいるのはそのためです。
 ジェファーソンは当時を代表する蔵書家と目されており(1814年時点ではアメリカ最大でした)、図書館が購入したのは6487冊(他にも数千冊を所有)。このサイトで紹介した何万クラスの蔵書家を見慣れた目からすると、雑本系でこれくらいの量なら、左程でもないように思われるかもしれませんが、建国当初の新大陸ではこれは珍しいぐらいの規模です。
 初代・二代・三代・四代のアメリカ大統領は、いずれも当時のアメリカ社会では錚々たる蔵書家でした。アダムス以外の人は、初期アメリカとしては大きな蔵書が多かったバージニア州の出身。
 なお現在のアメリカの大統領は、退任後にその関係文書などを収めた大統領図書館が作られる事が慣例化していて、生前の蔵書などもそこで保管されている場合も多いです。解説文の後にそのリンク(類似施設を含む)を付けました。 

 

 初代 ジョージ・ワシントン   1200冊
 二代 ジョン・アダムス     3000冊
 三代 トーマス・ジェファーソン 6487冊+数千冊
 四代 ジェームス・マディソン  2500冊

 

 

 


 ジョージ・ワシントン George Washington 1732-1799 1200冊
 ワシントンも、ジェファーソンも、マディソンも黒人奴隷を所有するプランテーション農場主。生涯歯に悩まされた人でもあり、所有する奴隷の歯を抜いて入れ歯を作った話もある。
 ワシントンは書物に関しては美しい装丁のものを好み、自分のデザインによってフィラデルフィアの製本屋に特別注文していたという。内容は神学書以外に、演劇・小説など
 Fred W. Smith National Library for the Study of George Washington 

 


 ジョン・アダムス John Adams 1735-1826 3000冊 
 ヴァージニア出身のほかの三人の大統領が農園主の系統なのに対し、アダムスは北部の名家であり、妻がこの時期からの奴隷制反対論者という事で、少し毛色が違う人物のようだ。彼同様、子孫も優秀で、大統領になったりその候補になったりしている。
 アダムスの蔵書の内容は、神学、古典、アメリカ史を主軸としており、文学や科学では比較的弱かったとされる。これらは現在アダムス一族の図書館に入っている
 Stone Library at Adams National Historical Park

 

 

☆☆☆
 トーマス・ジェファーソン Thomas Jefferson 1743-1826 6487冊+数千冊
 ジェファーソンは父の文庫を引き継ぐかたちで蒐集を始めている(1757年)。これは1770年の火災で焼けてしまう。しかし主に市販の法律書中心だったので、かけがえのない貴重書は殆ど含まれておらず、彼は再度集め始めて1783年までには2640冊に達する。
 この他に彼は師のジョージ・ワイスの蔵書も引き継いでいて、それは650冊ほどが識別可能である。ワイスはアメリカの法学の創始者に当たる人物だけにこの部分はかなり興味深い。
 トーマス・ジェファーソンという人物が初期のアメリカにおいて最も重要な蔵書家とされてきたのは、彼がとくに質的に優れたものを集めていた為ではなく、所有していた本が議会図書館に引き受けられてその蔵書の核になったという歴史的経緯によるものである。経緯は以下のとおりである。
 1812年にワシントン議会図書館が二代目館長パトリック・マグルーダーの下、開館12年目にして初の蔵書目録を作成する。冊数とそれぞれの価格が示された極めてシンプルなものだった。内容は、3076冊の本に地図が53枚。一国の首都の国立図書館としては小規模である。 
 ところがこの頃、マディソン政権がナポレオン戦争のために防衛が手薄になっていた英領カナダを狙い、トロントを軍事占領して議会と図書館を焼き討ちしてしまう。しかし、ナポレオンのロシア遠征失敗やスペイン戦争終結で体力を回復したイギリスは反撃に転じ、アメリカは敗退を重ね、首都ワシントンまでが占領される事態に及んだ。以前の報復として、米国議会や図書館にも火が放たれる始末になった。その結果、大半の本(およそ2600冊)が焼失したといわれている。
 この時、「自分の蔵書を購入したらどうか」と持ち掛けたのが、前大統領ジェファーソンで、当時彼の所持していた本の量は6487冊にも膨らんでいて、個人ではアメリカ最大だった。議会での審議の結果、本を受け入れる事が決定された。
 この後、作成された新しい目録はアルファベット順ではなくテーマ別に分類されていたらしい。ちなみに議会図書館の蔵書は35年後の1851年には5万5千冊に達していたが、また火災でそのうち3万5千が焼けている。
 ジェファーソンは議会図書館に売った時には6487冊所有していたが、この後も本は買い続け、死ぬまでの十年間にまた1000冊の蒐集を作っていた。ちなみにシャムーリンによるとジェファーソンは自分のライブラリをディドロ・ダランベールの体系に近い分類で整理していたという。
 Robert H. Smith International Center for Jefferson Studies

 

 


 ジェームス・マディソン James Madison Jr 1751-1836 2500冊
 マディソンは大統領としてみると対英戦争の指導などで評価はあまり芳しくないが、むしろ憲法の起草や「ザ・フェデラリスト」の執筆などによってアメリカという国家の骨格を形作った人物であると、現在では評価されている。
  独立前後のアメリカで傑出した見識を持っていた彼もかなりの規模の蔵書を保有しており、これらは晩年に学長を務めたヴァージニア大学へ寄付されている。
 The Papers of James Madison at Alderman Library James Madison Museum

 

 

 

第5代大統領のジェームス・モンロー(James Monroe 1758-1831)はごくごく小さな文庫しか残しませんでした。しかし20世紀になっても子孫が手を触れずそのまま保存しています。
James Monroe Museum and Memorial Library Highland

 

 

 

☆☆
 ジョン・クィンジー・アダムズ john Quincy Adams 1767-1848
 六代目の大統領であるジョン・クインシー・アダムズは堂々たる蔵書家である。二代大統領の父ジョン・アダムスも建国期では有数の蔵書を持っていたが、量的にはそれを大きく越えている。
 クインシー・アダムスは生前多くの蔵書を他人へ譲ったといわれるが、それでも没時には8千冊が残された。
 アダムズ家はアメリカきっての名門であり、優れた人物が多く、将来の大統領候補と目されたのも彼ら二人に留まらない。とくにクインシー・アダムズの長男チャールズ・フランシス・アダムスはハーバードの総長や駐英大使を歴任し、父の事績を記念するために一族の図書館を建てている(これは最初の大統領図書館といわれた)。チャールズの息子で「ヘンリー・アダムスの教育」で有名なヘンリー(ハーバードの中世史の教授)も、子供の時から大統領になるべく期待されて育てられたという。
 このアダムズ一族の図書館には現在1万4千の本があるが、うちクインシー・アダムズの蔵書は6500冊を占め、父親のジョンを凌駕している。
 Stone Library at Adams National Historical Park

 

 

 大統領たちがアメリカきっての蔵書家であったのは大体このあたりまでです。ことにクインシーアダムズの亡くなる19世紀半ばぐらいになると(後のページで詳しく紹介しますが)民間にも冊数でこれを越える蔵書家はいくらでも出てきています。また内容面でも、こういう単に規範的な知識を求めるというだけの個人蔵書ではなくて、専門的観点からの貴重なもののコレクションへの傾斜が明らかになっています。

 ちなみに、これら建国期の大統領たちに匹敵する記録としては、1803年の時点でセントルイス在住のカトリック司祭のデュボルグ(Dubourg)という人が、数千冊を所有していたという記録がありました。またジェファーソン晩年の1825年には、会衆派牧師のトーマス・ロビンス(Thomas Robbins 1777-1856)がコネチカット州で4000冊所有しているので、ジェファーソンが議会図書館へ売却した後はこの人が当時のアメリカでは首位になるんでしょうか。

 上に述べたように、大統領という存在が個人蔵書の世界においても大きな位置づけにあったのはこの時期までですが、それ以降の人たちについても、ついでに以下で触れておく事にしましょう。

 

 

第7代大統領のアンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson 1767-1845)は大して本を持っていなかった上にそれが火災で焼けました。
The Papers of Andrew Jackson at Hoskins Library The Hermitage

 

第8代大統領のマーテュン・ヴァン・ビューレン(Martin Van Buren 1782-1862)は弁護士であり、その蔵書は法律関係中心。これは事務所に置いていたものでしょうか?
Martin Van Buren National Historic Site

 

第9代大統領のウィリアム・ハリソン(William Henry Harrison 1773-1841)
Berkeley Plantation

 

第10代大統領のジョン・タイラー(John Tyler 1790-1862)の蔵書は古典やイギリス文学の豊かな内容。
Sherwood Forest Plantation

 

第11代大統領のジェームズ・ポーク(James Knox Polk 1795-1849)
President James K. Polk Home & Museum

 

第12代大統領のザカリー・テイラー(Zachary Taylor 1784-1850)
Zachary Taylor National Cemetery

 

第13代大統領のミラード・フィルモア(Millard Fillmore 1800-1874)はこの時期の大統領としては例外的に5000冊も持っていました。法律書と雑文庫に分けており、後者の内容は歴史・紀行・英米文学などでした。
Millard Fillmore House

 

第14代大統領のフランクリン・ピアース(Franklin Pierce 1804-1869)
Franklin Pierce Homestead

 

第15代大統領のジェームズ・ブキャナン(James Buchanan Jr 1791-1868)
Historical Society of Pennsylvania Wheatland

 

 

 
 リンカーン以前の大統領はフィルモアを例外としていずれもさほどの量を持ってる人はいませんでした。またこうした蔵書の多くは南北戦争で散逸しています。
 リンカーン以後の大統領も多く持っている人がそれほどいるわけではありません。

 

 

 

第16代大統領のエイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln 1809-1865)は読書好きだったにもかかわらずじっさい大した量の本は持っていませんでした。弁護士としての彼の事務所に置かれていた法律書はパートナーのウィリアム・ハーンドンとの共有物だったし、それ以外の本もハーンドンに譲っています。演説の名手だったリンカーンはシェイクスピアの大ファンであり、とりわけ「マクベス」を最高の作品と考えていたらしく、俳優のジェームズ・H・ハケット宛の手紙でそう書いています。リンカーンの生涯を思うとこれは何か分かるような気もしますね。
Abraham Lincoln Presidential Library and Museum

 

第17代大統領のアンドリュー・ジョンソン(Andrew Johnson 1808-1875)
President Andrew Johnson Museum and Library Andrew Johnson National Historic Site

 

第18代大統領のユリシーズ・グラント(Ulysses Simpson Grant 1822-1885)
Ulysses S. Grant Presidential Library Ulysses S. Grant National Historic Site

 

第19代大統領のラザフォード・ヘイズ(Rutherford Birchard Hayes 1822-1893)
Rutherford B. Hayes Presidential Center

 

第20代大統領のジェームズ・ガーフィールド(James Abram Garfield 1831-1881)
James A. Garfield National Historic Site

 

第21代大統領のチェスター・A・アーサー(Chester Alan Arthur 1830-1886)
Chester Alan Arthur State Historic Site

 

第22代、24代大統領のグロバー・クリーブランド(Stephen Grover Cleveland 1837-1908)
Grover Cleveland Birthplace Seeley G. Mudd Manuscript Library

 

第23代大統領のベンジャミン・ハリソン(Benjamin Harrison 1833-1901)
Benjamin Harrison Presidential Site

 

第25代大統領のウィリアム・マッキンリー(William McKinley 1843-1901)
William McKinley Presidential Library and Museum

 

第26代大統領の セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt 1858-1919)の蔵書は8000冊とかなり量がありますが、それより内容が個性的です。議会図書館へ寄贈されたその「big game library」235冊は狩猟関係の書物ばかりを集めたという変わりもの。狩猟を趣味とする彼はその分野での著書もありました。
Houghton Library The Theodore Roosevelt Center at Dickinson State University Theodore Roosevelt Birthplace National Historic Site

 

第27代大統領のウィリアム・タフト(William Howard Taft 1857-1930)
William Howard Taft National Historic Site

 

第28代大統領のウッドロウ・ウィルソン(Thomas Woodrow Wilson 1856-1924)はプリンストン大学の総長だっただけに7900冊とかなり多い方です。内訳は本6792冊と1122冊のパンフレット。内容は専門分野であった政治学や経済学の他、歴史や文学など。特徴は大学の授業で使用したテキスト類が多い点。1946年に遺族が議会図書館に寄付しましたが、現在は同大統領の記念図書館にあります。
Woodrow Wilson Presidential Library Woodrow Wilson Center Seeley G. Mudd Manuscript Library

 

第29代大統領のウォレン・ハーディング(Warren Gamaliel Harding 1865-1923)
Warren G. Harding Presidential Center Warren G. Harding Home & Memorial

 

第30大統領のカルビン・クーリッジ(John Calvin Coolidge Jr 1872-1933)
Calvin Coolidge Presidential Library and Museum President Calvin Coolidge State Historical Site

 

第31代大統領のハーバート・フーヴァー(Herbert Clark Hoover 1874-1964)
Herbert Hoover Presidential Library and Museum

 

 

 


 フランクリン・デラノ・ルーズベルト Franklin Delano Roosevelt 1882-1945
 1万3千冊。この大統領に関する説明はもう不要だろう。管理人が把握してる限りでは歴代大統領のうち冊数の点で最も多かったのが三十二代目の大統領FDRである。ちなみに日本の議会制内閣の首相では、(累代の蒐集があった近衛や西園寺を別格にすると)斎藤実の4万3千冊というのがおそらく最も多い。
 このフランクリン・ルーズベルト以来、大統領に関する文書や蔵書は記念図書館に収めるという慣習ができ、大統領を退任するとその記念図書館が作られることになった。これは古代のローマで皇帝図書館があちこちにできたのと非常によく似ている。あちらも皇帝に関する諸文書を保管していたから。
 Franklin D. Roosevelt Presidential Library and Museum

 

 

 

第33大統領代のハリー・S・トルーマン(Harry S Truman 1884-1972)は判明してるだけで2054冊、1664タイトルです。
Harry S. Truman Presidential Library and Museum

 

第34代大統領のドワイト・D・アイゼンハワー(Dwight David 1890-1969)は982冊で904タイトル。
Dwight D. Eisenhower Presidential Library, Museum and Boyhood Home

 

第35代大統領のジョン・F・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy 1917-1963)は151冊以上だという事です。
John F. Kennedy Presidential Library and Museum

 

第36代大統領のリンドン・ジョンソン(Lyndon Baines Johnson 1908-1973)
Lyndon Baines Johnson Library and Museum

 

第37代大統領のリチャード・ニクソン(Richard Milhous Nixon 1913-1994)
Richard Nixon Presidential Library and Museum

 

第38代大統領のジェラルド・R・フォード(Gerald Rudolph Ford Jr 1913-2006)
Gerald R. Ford Presidential Museum  Gerald R. Ford Presidential Library

 

第39代大統領のジミー・カーター(James Earl Carter Jr 1924-)
Jimmy Carter Library and Museum

 

第40代大統領のロナルド・レーガン(Ronald Wilson Reagan 1911-2004)
Ronald Reagan Presidential Library

 

第41代大統領のジョージ・H・W・ブッシュ(George Herbert Walker Bush 1924-2018)
George H.W. Bush Presidential Library and Museum

 

第42代大統領のビル・クリントン(William Jefferson Clinton 1946-)
William J. Clinton Presidential Center and Park

 

第43代大統領のジョージ・W・ブッシュ(George Walker Bush 1946-)
George W. Bush Presidential Center

 

第44代大統領のバラク・オバマ(Barack Hussein Obama II 1961-)
Barack Obama Presidential Center

 

第45代大統領のドナルド・トランプ(Donald John Trump 1946-)が史上最高の一冊として挙げていたのは「西部戦線異状なし」でした。

 

 

 

 ≪トピック ホワイトハウス蔵書≫

 White House Library Room
 大統領個人の蔵書ではありませんが、ホワイトハウス備え付けの大きな本棚があって、大統領が交代してもずっと引き継がれています。(上の写真) この部屋はお茶やちょっとした会談に使われていて、19世紀初頭の様式で統一されているため、インテリアがやや野暮ったく見えないこともないです。
 今置いてる本はケネディの依頼でイエール大学図書館が選書した1700冊で、オバマの頃も内容はその当時とあまり変わってなかったらしいです。誰が読むというわけでもなく、オブジェみたいなものかもしれません。

 President’s Private Study 
 また、ホワイトハウス西ウィングの有名な大統領執務室には、President’s Study という大統領が調べものをしたり休息をする小部屋が隣接しています。そこの書棚に置かれている本が378タイトルでした。量から言って、一つか二つぐらいの本棚がある勘定です。97年ごろの話だからこれはクリントン政権の頃ですね。

 

 

 

 

 アメリカ人は歴代の大統領をランク付けしたりするのが大好きで、例えば、ワシントン、リンカーン、ルーズベルトを三大大統領と称しています。リンカーンはともかく、ワシントンとルーズベルトは歴代の中でもかなりの蔵書家です。
 歴代のうち、冊数の点で際立っているのはFDR、Q・アダムズ、Tルーズヴェルト、ウィルソンといったところでしょうが、建国当初の本の少ない社会状況下でジェファーソンが持っていたプレゼンスに匹敵するような人はその後出なかったようです。
 ちなみに日本の首相の場合、斎藤実の4万3千冊が一番多いのではないかと思われますが、他に本の多い人として寺内正毅や原敬の名前も挙げる事ができます。戦後だったら大平正芳でしょう。もっとも、大きな蔵書を持ってそうな人は若槻、平沼、岸、福田、中曽根、宮沢と幾らでもいるんですが、日本はあまりこの種の情報が出ていません。

 大統領図書館は近年ますます規模が大きくなってきました。もう個人的な蔵書などより、政権の重要文書を保管しているこの場所が、博物館の様な威容を誇っているのは当然なのかもしれません。19世紀中頃の大統領と較べると、今の大統領は全世界に対する影響力は格段に違います。
 マッキンレーより前の大統領は、正式な Presidential Library( and Museum)のある人は少なく、主に生家を記念館にしたものを代用しています。だからチェスター・アーサー大統領の記念館などは、ブッシュJrの大統領図書館と較べてみると、いかにもつつましく映りますね。

 

 アメリカの政治指導者で大統領以外にも目を移すと、

 

 

 ☆ アレクサンダー・ハミルトン Alexander Hamilton 1755-1804

 710冊で316タイトル。ハミルトンはアメリカの最初の財務長官。合衆国憲法の執筆など建国期の最重要の政治家。決闘で亡くなり大統領にはならなかった。
 ハミルトンはこの当時最高の知性と言える存在だが、今こうして蔵書数をみてみると同時期の名門出身の政治家に較べるとやや少ない気がする。

 

 ☆ ダニエル・ウェブスター Daniel Webster 1782-1852
 ダニエル・ウェブスターも大統領にこそならなかったものの、ヘンリー・クレイやカルフーンとともにこの時期のアメリカを代表する政治家である。彼ら三人はアメリカ的な議会政治を確立した人たちであり、生半可な大統領以上に大きな足跡を残している。(いずれも国務長官には就任)
 ウェブスターはまた弁護士としても19世紀前半を代表する存在だった。1875年に公開された彼の蔵書の量は1302タイトルほど。

 

 ☆ エドワード・エヴァレット Edward Everett 1794-1865
 彼が英国大使時代に蒐集した膨大な文書(千冊)を、ボストン公共図書館の創立時に寄付している。

 

 ☆ ハンニバル・ハムリン Hannibal Hamlin 1809-1891
 リンカーンの副大統領だったハンニバル・ハミリンは幅の広い蒐集家で20世紀まで文庫は存続した

 

 

 

 管理人的に他に興味深い個人蔵書として、国務長官であれば建国当初におけるジョン・ジェイであるとか、戦前のランシング、ルート、ヒューズ、戦後ではアチソン、ダレス、キッシンジャーなどいくつかありましたが、今回はよく分かりませんでした。
 例えばダレスについて言うと、公務にかかわる文書であれば母校のプリンストン大学をはじめとする各所に相当な分量が保管されているわけです。しかし、彼の個人蔵書に関しては(探し方が拙いのかもしれませんが)あまり情報らしい情報に行き当たることができません。
 グロムイコの回顧録に、彼がダレスの書斎へ案内された時のことが書いてあり、そこには少なからぬ数のマルクス主義文献があって、彼はダレスにびっしり赤線が引かれた資本論を手づから見せられたそうです。こうした蔵書内容やライン、書き込みなどは、反共の雄とされ、冷戦初期の世界秩序の策定に大きくかかわったこの人物の基本思想をより立ち入った形で解明する重要な手掛かりになると思うのですが・・・

 

 

 

 

 

 

 【 植民地時代から、独立期を経て、建国初期まで 】

 英国植民地だった頃から、独立戦争を経て、建国初期へ至るまでのアメリカの個人蔵書は、ヨーロッパに較べて規模が小さく、貴重なものの蒐集家もほとんど見当たりません。遠方まで名前が知れ渡った蔵書家といえども、所蔵数はだいたい数百までのオーダーに収まるのが普通です。ことに最初期の書物蒐集は大体牧師が中心でした。当時は住民の識字率もかなり低めです。
 管理人が意外に思ったのは、ピルグリムファーザーズの長老の蔵書がすべて新世界で入手したものだという点です。これはこの時期にすら、すでに新大陸では本の市場や蔵書の様なものが存在していた事の証拠になります。
 とはいっても、後のコットン・メーザーの蔵書中にはアメリカで発行された本はほとんどなかったという話ですから、自前で書物を生み出せる環境が整うにはまだかなりの時間を要したようです。

 そうした中で規模的に最大級の存在は、17世紀ではメーザー父子(2500冊)、18世紀ではウィリアム・バード(4000冊)とジェームス・ローガン(3000冊)、独立前後ではベンジャミン・フランクリン(4726)、そして建国初期の頃ではトーマス・ジェファーソン(7500冊以上)でしょう。なおコットン・メーザーは18世紀にはみ出した晩年に4000冊まで増やしています。この人たちがそれぞれの時期におけるアメリカを代表する蔵書家だった、とまず踏まえておいていいと思います。
 興味深いのは次の二点です。まず13植民地の重心が北部ニューイングランドから、独立前後には南部のバージニアへと移動している様子が、個人蔵書の規模にも反映されている事。
 次に、初期の大統領たちがその当時を代表する蔵書家たちでもあった事です。ジェファーソンのほかにもアダムスやマディソン、またワシントンにさえそれは当てはまります。これは逆に、建国当初の頃における大統領(たいてい大農場主)が、名望家というか地域の殿様というか、社会においてどのような存在であったかを示す指標になりそうです。

 しかし、このような傾向はジョン・クインシー・アダムズを最後に終わりをつげ、以降の大統領はフィルモアやウィルソン、FDRの様な例外はあるけれども概して蔵書家といえるような人は少なくなります。
 そしてちょうどその頃から、これと軌を一にして、アメリカにおいても質・量共に注目に値する書物コレクターが登場してくるわけです。次のページからはそこを述べることにします。ここからがアメリカ篇の本番です。それまでのアメリカは、ヨーロッパに比べてまだ田舎なので、そんなに語るべきこともありません。

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テーマの著者 Anders Norén

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