蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[80] アメリカの蔵書家たちⅤ 19世紀前半 アメリカーナに夢中

 

 

 ≪ Ⅴ アメリカの書物コレクター 19世紀前半 ≫

 

 
 19世紀前半から、稀覯な書籍を対象にし、量的にもそれなりの規模を持つ、蔵書家らしい蔵書家がアメリカにも登場します。まず初期には主にアメリカーナのコレクターが中心です。
 この頃のアメリカで現在でも蔵書内容が重要視される蒐集家は、一にアメリカーナ、二にアメリカーナ、三四がなくて五にアメリカーナです。

 

 

 

◆ オバディア・リッチ Obadiah Rich 1777–1850
 ヒスパニック系の外交官。マディソン政権以降スペインや南米で領事を歴任した。スペインやラテンアメリカ関係を収集したアメリカーナのコレクターである。特に植民地時代のラテンアメリカの写本に関しては草分けであり、独立した収集分野として認知される事に功があった。
 彼の本は散逸したが、多くをレノックスが取得したので現在はニューヨーク公共図書館にある。1492年のコロンブス最初の航海から植民地時代末期までカバーする大量の写本を含んでいる。

 


 ジョン・アラン John Alan 1777-1863
 ニューヨーク在住。アメリカーナのコレクション。その他初期の絵入り本、初期のアメリカ印刷本などを集める。死の直後三万八千ドルで売却した

 


 ピーター・フォース Peter Force 1790–1868
 政治家。新聞編集者。ワシントン市長。アメリカ史のために多くの資料を公刊した。1820年代に収集をはじめ、財産をしばしば抵当に入れるほどのめりこんだ。
 図書・パンフレット・新聞・雑誌・写本など全体では6万冊以上。没後、議会図書館に売却される。これよって議会図書館のこの部門が強化された。

 

☆☆
 ジョン・カーター・ブラウン John Carter Brown 1797-1874
 裕福だったため個人コレクションをそのまま購入することもあり、19世紀前半の時点ですでに欧州からも買っている。稀覯書が多い。内容は初期のアメリカーナで、紀行、探検ものなど。量は計5600タイトル7500冊ほど。
 ブラウン家は18世紀初頭から蔵書があり、JKブラウンの没後も夫人や息子によって収集は増えてゆき、1900年になってブラウン大学に売却した。このコレクションは大学所有になってからも拡大を続け、今日では名実ともにアメリカーナの最高のコレクションの一つと認められている。

 


 ガードナー・ドレイク Gardner Drake 1798-1878
 アメリカーナのコレクター。古書店主でもあった。やはり初期アメリカ史中心で、アメリカインディアン資料に重点が置かれている。1万2千冊の本と5万点のパンフレット。1845年に一部をジョージ・ブリンリイに売り、他は散逸。

 

 

 

 以上、大半がアメリカーナのコレクターですが、この収集家の多くはテーマごとに特色がありました。
 これに対して、以下の二人は早くも欧州からヨーロッパの書物を買い始めています。

 

 

 

☆☆☆
 ジェームス・レノックス James Lenox 1800-1880
 40歳で実業界を引退後、後半生の30年を愛書家として膨大なコレクションづくりに費やした。ヨーロッパまで出かけて貴重な書物を買ってきたアメリカ人の嚆矢である
 1870年自分のコレクションは個人が所有するには貴重過ぎると考え、ニューヨーク市へ寄贈した。それを納める建物も寄付している。レノックス図書館は現在ニューヨーク公共図書館の一部になっている。
 冊数はおよそ1万5千冊。全体的にはアメリカーナが中心で特に1750年以前のものに重点を置かれていた。しかし欧州からのグーテンベルク聖書やシェイクスピア関連などの英文学のために、評価額は当時100万ドルに及んだ。

 

☆☆
 ジョージ・ティックナー George Ticknor 1791-1871
 ホストン在住のハーバードのスペイン文学の教授。在欧生活も長く当地で多くを収集した。スペインの歴史書と文学書が3千冊。
 この分野では当時最高のコレクションと言われヨーロッパの代表的なものにも匹敵したという。死後ボストン公共図書館へ行く。

 

 

 


 チャールズ・フランシス・アダムス Charles Francis Adams 1807-1886
 アメリカきっての名門アダムスファミリーの一員である。祖父のジョン・アダムスは第二代大統領、父ジョン・クインシー・アダムズは第六代大統領で、いずれも当時のアメリカを代表する蔵書家だった。
 チャールズはハーバード大学の学長を務め、外交官としても名を成している。蒐集内容は全分野に及んでいるが、とりわけアメリカにおける印刷本を集めることに重点を置いていた。1万7千冊で公共図書館を作る。

 

☆☆
 カレブ・フィスク・ハリス Caleb Fiske Harris 1818-1881
 4000冊に及ぶ詩と劇の大量のコレクション。この分野ではアメリカを代表する大きなもの 多くは稀覯書である。
 1875年の書誌目録「Index to American Poetry and Plays in the Collection of C. Fiske Harris」の出版は、それまで学者やコレクターに全く知られていないアメリカの文学作品を多く含み、センセーショナルを巻き起こした。彼の蔵書は1884年ブラウン大学のコレクションに加わる。

 

 

 

 アメリカ最初期のシェイクスピアコレクターとしてはこの二人を挙げて置くべきでしょう。

 


 トーマス・P・バートン Thomas P Barton 1803-1869
 エドワード・リヴィングストンの娘婿でもあったので、その蔵書4000冊も受け継いでいる
 彼の大きなコレクションはのちボストン公共図書館の所有に帰したが、この他にも一般書1万6千があった。

 


 ウィリアム・E・バートン William E Barton 1804-1880
 やはりシェイクスピアコレクターだが、対象を英語の劇作全体に広げ、数千冊の蔵書を作り上げている。

 

 

 

 ご存じの様に、大正以前の日本の蔵書家は、対象とする蒐集分野が和書と漢籍に分かれていました。自国のものと先行文明のものが拮抗する状況は、アメリカでも同じです。

 アメリカにおける初期の蔵書家も、大航海時代以来のアメリカの歴史・地理・伝承・文化などに関わる文献を集める人たちが主流を占めました。このジャンルをアメリカーナと言います。

 これに対して、レノックスあたりが草分けなんでしょうがヨーロッパから貴重なものを買う稀覯本蒐集家が、19世紀の第2四半期あたりから台頭します。対象は主に英文学で、これは同時代のヴィクトリア朝文学の初版本や原稿から始まり、さらに時代を遡って(富裕な人であれば)シェイクスピアのフォリオなどへ向かいます。このタイプは近世初頭の初期印刷本や中世の写本まで進み、言語もフランス語やイタリア語、古典語にまで及ぶケースもみられました。 レノックスから、ロバート・ホーを経て、D・ハイドに至るこちらの流れは、いわゆる「ニューヨークの稀覯本蒐集家」のイメージを作り上げる事となります。

 

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テーマの著者 Anders Norén

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