蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[81] アメリカの蔵書家たちⅥ 19世紀後半 稀覯本を手中にして

 

 

≪ Ⅵ アメリカの書物コレクター 19世紀後半 ≫

 

 19世紀の後半になるとアメリカの個人蔵書は専門性の度合いが強まります。規模が大きくなるにとどまらず、書籍商やオークションを通してヨーロッパからの書物がアメリカへ渡るようになり、貴重書の収集が本格化しました。
 当時はヨーロッパでもまだ古書価格が高騰する前なので、アメリカ人がこの頃に作った蒐集でも、ウィラード・フィスケのダンテコレクションの様にその後凌駕されなかったものが幾つもあります。
 また、この時期はブッククラブの創成期であって、ニューヨークのグロリエクラブをはじめ幾つかが誕生しました。

 

 

 コーネル大学の創立者アンドリュー・ディクソン・ホワイトと、初代の大学図書館司書のウィラード・フィスケは友人同士で、双方とも欧州大陸で貴重な本を大量に買い求め、これまでのアメリカでは考えられなかったような量・質両面で充実した蔵書を築き上げました。これらは大学に寄贈されて、現在でもその図書館の蔵書の核となっています。

 

☆☆
 アンドリュー・ディクソン・ホワイト Andrew Dickson White 1832-1918
 歴史学者でアメリカ歴史家協会の初代会長にも選出されている。外交官としてもロシア大使・ドイツ大使を歴任した。
 ディクソン・ホワイトのコレクションは完全に欧州大陸を向いていてテーマは、中世とルネサンスの写本、宗教改革・魔女狩り・フランス革命など計3万3千冊。これらは学長を務めたコーネル大学へ行き、それぞれテーマごとに分けられてコレクション化された。
 友人であった下記のフィスケの書物蒐集も援助している。

 

☆☆
 ダニエル・ウィラード・フィスケ Daniel Willard Fiske 1831–1904
 フィスケはコーネル大学図書館の初代司書で同大学の教授にも任ぜられた。専門は北ヨーロッパの言語で特にアイスランドの言語と文化の権威だった。チェスマニアでもありその方面の著作がある。
 フィスクの蔵書は職場であったコーネル大学へ遺贈されているが、アンドリュー・ディクソン・ホワイトのそれと並んで、今なお同図書館でも有数のコレクションである。フィスケは今この大学の賢人礼拝堂の地下に眠っている。
 48歳の時、学長であったディクソン・ホワイトから金を借りて行った欧州旅行でそのコレクションを大幅に拡充している。イタリアでは写本を集め、アイスランドでも文献を収集した。
 コーネル大学図書館へ寄付された3万2千冊に及ぶフィスクのコレクションは、ダンテコレクション、ペトラルカコレクション、アイスランドの歴史と文化、ロマンス語コレクションの四つに分けられているが、最初の二つはとりわけ名高い。(これらの部分については 分野別蔵書家 で詳説する)

 

 

 

 もちろんアメリカーナの蒐集家も健在です。前頁のジョン・カーター・ブラウンなどに較べると、この時期はさらに規模が大きくなっています。

 

☆☆☆ 
 ヒューバート・ホウ・バンクロフト Hubert Howe Bancroft 1832-1918
 およそ六万冊を集め、量的にはこの時期までのアメリカ最大の個人蔵書。アメリカーナのコレクターにはパンフレットを含めると六万冊を超える人はこれまでにもいたが、本だけでは初めてである。
 彼は元書店員で西部やメキシコなどの歴史書を執筆した。ただこれらはかなりの部分がゴーストライターによるものだとされている。
 おもに西部やテキサス、カリフォルニア、アラスカ、ラテンアメリカなどの歴史に重きを置く蒐集内容で、1900年の時点で45000冊に達していた。1905年カリフォルニア大学図書館へ売却された時は60000冊。

 


 エリヒュー・D・チャーチ Elihu Dwight Church 1836–1908
 著名な実業家として財力に恵まれたがこの道に入るのは遅かった。版画の蒐集から、クルックシャンクのカリカチュアなども集めるようになり、アメリカーナを集め始めたのは50に手が届く頃であった。
 しかしコレクションはこの分野では貴重なものに溢れ、なかでも「フランクリン自伝」原本はすべてのアメリカの文書のうちで「独立宣言」に次ぐ価値を持つとされる。コロンブスやアメリゴ・ヴェスプッチの手紙でも最も重要なものを所有していた。
 英文学でもジョージダニエル由来の「ソネット」、ミルトンやバニヤンの初版本などはコレクター垂涎の的であろう。このような彼の蔵書は後にハンチントンに買収されることになる。

 


 エドワード・E・エイヤー Edward Everett Ayer 1841–1927
 エイヤーは19世紀後半のアメリカの産業革命時に木材供給で財を成した事業家である。歴史から文学に渡って、アメリカインディアンや植民地時代に関する膨大な文献を収集している。それらは5万冊に及び、アメリカーナの収集ではヒューバート・ホウ・バンクロフトに匹敵する規模であろう。
 製材所に勤務したり兵役に就く中、アメリカ史に興味を持ち本を集め始める。その蒐集は、彼が仕事で接していた北部インディアンの伝承に特に強かった。これらは晩年シカゴのニューベリー図書館へ寄付された。自然史博物館に寄付された鳥類学に関する文献も、この分野で最も重要なものといわれる。

 

 

 

 アメリカの蔵書家として象徴的な存在にロバート・ホーの名前があり、そのコレクションの質の高さは伝説的となっています。この次の時代の富豪たちによるコレクションもその最良の本はホーの蒐集からきたケースが少なくありません。

 

☆☆☆☆
 ロバート・ホー三世 Robert Hoe III 1839-1909
 NYグロリエクラブ初代会長。ニューヨークに生まれ、ロンドンで亡くなったアメリカの実業家である。祖父は輪転機を発明したロバート・ホーで、一族の印刷機器メーカーR. Hoe&Companyを引き継ぎ経営した。この後モルガンやハンチントンなどが登場する以前では、アメリカ合衆国における最も重要なコレクターとみられている。
 稀覯書と美しい装丁の書物を専門的に収集し、1896年段階で8000冊を所有していた。晩年には、全十八巻に上る蔵書目録も出版している。
 死後行われた競売では当時最高記録のおよそ200万ドルもの出来高であったという。この競売で売られたグーテンベルクバイブルは、一冊の売値としては史上最高額の5万ドルの値が付いた。買ったのはハンチントンである。なお、このオークションではコレクションの相当部分がこのハンチントンに流れたとも言われている。またモルガンやフォルジャーも大いに買っている。

 

☆☆
 ウィリアム・オーガスタス・ホワイト William Augustus White 1843-1927
 ニューヨークの投資銀行家。英文学に関する著書もある。
 コレクターとしては、フォルジャーと同様にエリザベス朝期に集中した。1927年の死に際して、そのシェイクスピアコレクションはフォルジャーに次ぐものであるとも称されている。
 またウィリアム・ブレイクとアメリカの劇作に関しても重要な蒐集を築き上げた。ことに前者ではその先駆け的な存在である。コレクションは彼の死後散逸したが、重要なものはハーバードやプリンストン、シカゴなどに入っている。

 


 ラッシュ・ホーキンス Rush Christopher Hawkins 1831–1920
 ニューヨークの州議会議員。弁護士。政治家になったのは南北戦争後である。党籍は共和党。書物のみならず美術コレクターでもあった。
 もっぱらインキュナブラのコレクションで知られており、225冊を保有していた。15世紀以前の欧州の全ての印刷業者の1冊目と2冊目の本を入手する事を目標とし130冊を得ている。

 

 

 

 本来の蔵書家からは少し外れるかもしれませんが・・・

 

◆ モーゼス・ポロック Moses Polock 1817–1903
 ローゼンバッハの叔父。ローゼンバッハは九歳の時から彼の店で丁稚奉公を始めている。
 ポロックは稀覯本専門の古書籍商としてはアメリカでは草分け的存在である。著名な顧客としては、彼自身がローゼンバッハの一世代前になるので、ジェームス・レノックス、ジョン・カーター・ブラウン、ジョージ・ブリンリーなどの名前が並ぶ。辞書で有名なノア・ウェブスター、ハーマン・メルヴィル、ジョージ・バンクロフト、サミュエル・ペニーパッカーなども常連客だった。
 多くの著名なコレクションを手に入れたが、後年になるにつれ本人がコレクターのようになってしまい、本を売るのを嫌がるようになったという。アメリカの古本屋にはよくあるケースである。

 

 

 

 

 それでは19世紀後半から、もう少し狭い主題のコレクターも以下に挙げてみましょう

 

 

◆ ドゥウィット・ミラー Dewitt Miller 1857–1911
 メソジスト派の神学校教師で演説により名を馳せた。アメリカを代表する印刷業者ウィリアム・ピカリングのコレクターであり、ジョン・バスカーヴィルでも包括的なコレクションを築き上げている。

 

 

☆ プレイライト
 聖書の諸版

☆ ウィリアム・C・プライム William C Prime 1825–1905
 聖書の諸版

 

 

☆ ホレス・ハワード・ファーネス Horace Howard Furness 1833-1912
 シェークスピアの重要なコレクターの一人である。本人もシェークスピア学者だった。また最大のシェイクスピアコレクションを築いたヘンリー・クレイ・フォルジャーの妻の助言者でもあった。
 「A New Variorum Edition of Shakespeare」を完成に向けて40年以上を費やした。これは当時理想的な版とされ、ファーネスはそのためにフォリオやクォートはもちろん多くのの資料を収集した。現在はペンシルヴェニア大学図書館に。

 

☆ ロバート・B・アダム Robert B Adam 1833-1904
 通称バッファローのアダム。一代で財を築いてデパート経営者となった立志伝中の人物である。
 サムエル・ジョンソン関係では名高いコレクターで、同時代には匹敵するものはいなかったと言われる。死後も息子が引き継ぎ、追加し続けたが、1948年になってドナルド・ハイドに買収された。ハイド夫妻のSジョンソンコレクションの充実はこの買収によるところも大きかったかもしれない。
 また彼は当初はSジョンソン以外にもロバート・カーンズやラスキンも集めていたらしい。1904年にロバート・カーンズのコレクションをローゼンバッハに売り、ラスキンの方はイェール大に売った。以後はサミュエル・ジョンソンに集中する。

 

☆ ルーサー・リヴィングストン Luther Samuel Livingston 1864–1914
 ディケンズのコレクター。その関係の著書もある。ご本人はワイドナー図書館の司書も務めた

 

☆ マーシャル・C・レファート Marshall C. Leffert
 アレキサンダー・ホープ関係。レファート自身はコインのコレクターとしても著名だった

 

 

☆ オーガスティン・デーリー Augustin Daly 1838-1899
 十九世紀アメリカ演劇界を代表するプロモーター、舞台監督、演劇評論家。当然収集は演劇関係である。

 

 

☆ ライマン・コープランド・ドレイパー、Lyman Copeland Draper 1815-1891
 「Trans-Allegheny West」と呼ばれるカロライナ西部とバージニア、ジョージア州とアラバマ州の一部、オハイオ川渓谷全体、およびミシシッピ川渓谷の一部と呼ばれる地域の18世紀から19世紀前半にかけての文書を集めた歴史文献。約500点。
 ご本人はウィスコンシン州立歴史協会で最初の書記を務めた歴史家。収集は同図書館に寄付されている

 

◆ シャルルマーニュ・タワー Charlemagne Tower 1809–1889
 アメリカの弁護士および実業家。ミネソタの鉱山業を作り上げたといえる存在であり、大きな財を成した。
 書籍コレクターとしては、アメリカの植民地法に関心を持ち、没後残されたものはこの分野における最も完全なコレクションといわれる。これらは一族によってペンシルベニア歴史協会に寄付された。

 

 

☆ ディーン・サージ Dean Sage 1841-1902
 実業家。釣りを愛し釣り関係の文学を中心に集めた。他に19世紀文学の初版本など

 

 

◆ ジョセフ・ウィリアム・ドレクセル Joseph William Drexel 1833–1888
 銀行家、慈善家、ドレクセルモーガンカンパニーのパートナー。1876年ビジネスから引退して後半生を慈善や市民活動に向ける。ニューヨークフィルハーモニーの会長やメトロポリタンオペラハウスのディレクターを務めた。
 ニューヨークにおける二つの音楽の殿堂で最高の地位に就いたからか、ドレクセルは楽譜の大コレクターとして有名であり、6000点も所有していた。これらは死後レノックス図書館へ行った。

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テーマの著者 Anders Norén

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