蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[84] アメリカの蔵書家たちⅨ 20世紀後半 ニューヨーカー

 

 

 ≪ Ⅸ アメリカの書物コレクター 20世紀後半 ≫

 

 まず、アメリカにおける貴重書のメインストリームを代表する人、ないしは総合性の強い収集を行った個人蔵書家を一通り挙げてから、その後で個別分野に特色のあるコレクターたちを並べる事にします。

 

 この時期を代表的する稀覯本蒐集家には、ドナルド・ハイドやゴードン・レイの様なニューヨークのグロリアクラブの会長の経験者が多い事に気づきます。
 この分野は従来から相当な資産家が中心なのですが、代表的と見なされる蔵書家たちの一角に、弁護士や大学教授が喰い込めた最後の時代かもしれません。 

 

 

 

 

★★
 レッシング・ローゼンヴァルド Lessing Julius Rosenwald 1891–1979
 シアーズローバック社長。創業者ジュリアスの息子である。世界最大の通販会社の経営者としての財力を駆使して、美術コレクター、稀覯本コレクターとして広く知られる。慈善家としてもアフリカ系芸術家を後援するなどした。
 書物蒐集家としてはローゼンバッハの得意客であり、中世以来の絵入り本を多く集めた。議会図書館に寄付された2600冊の稀覯本を含む計7600冊のうち、前者は同図書館でも最も貴重なコレクションとされている。

 

★★
 フィリップ・ホッファー Philip Hofer 1898-1984
 ハーバード大学の本の蒐集担当であり、印刷およびグラフィックアートのキュレーターだった。先見の明に富んでおり、後に価値が出るものを価格が上がる前に多く買ったという。
 個人コレクターとしては18世紀を中心にドイツ語、イベリア語、イタリア語の出版物に焦点を当てていた。殊にイタリア語書籍ではイタリア国外で最高とされるコレクションを形成した。
 また数世紀に渡るホッファーの「書かれた本のコレクション」からは、イタリア、フランス、スペイン、イギリス、オランダ、アメリカなどでの手書き文字の変化の推移を確認する事ができるできる。
 我が国の反町茂雄を通じて日本の古典籍も買っていた事を付け加えておく。

 

 

 

★★
 ウィルマース・ルイス Wilmarth Lewis 1895-1979
 初期にはセルウィンなども集めたが、ある時期からはホレス・ウォルポールに焦点を絞り、この文人に関連した文献を収集する事に人生を捧げた。
 ホレス・ウォルポールは小説も書いているが、現在ではむしろ生涯に遺した大量な手紙の方が研究対象として耳目を集めている。ただ小説が訳されていても肝心のそちらの翻訳のない日本では今一つ馴染みの薄い人という印象を抱かざるを得ない。
 しかしウォルポールの書簡群が現出する18世紀の豊饒な世界はルイスを魅了せしめ、彼はそれに関連した文献を収集する事へ向かった。それはウォルポールの知人、同時代人からその時代全般に及び、対象も書籍、原稿、ヴィジュアルアートなど多様である。
 彼はウォルポールの手紙を編纂し、その豊富な知識で注釈をつけて48巻に及ぶ書簡集を刊行した。これはこの時代の研究者にとって貴重な情報源として重宝されている。
 蒐集家には対象の広い人もいれば、一つのテーマに狭く限った人もいるが、ルイスはむしろそれを超えた存在と見なされている
 

★★
 クリフトン・ウォーラー・バレット Clifton Waller Barrett 1901-1991
 NYグロリエクラブ第二十二代会長。建国直後から1950年までのアメリカ文学175年間を対象とした蒐集。出版されたすべての小説、詩、劇、エッセイとそれらの原稿や著者の手紙など。点数では250000点に及ぶ。およそ1000人に及ぶ作家の作品が収集され、そのうち半分はかなり念入りに集められている。アメリカ文学のすべてを集めようとした意図が感じられる、総合的にはこの分野で最大級の蒐集である。
 ことにアメリカの最初の作家といわれるチャールズ・ブロック・デン・ブラウンの原稿・手紙・諸文書のコレクションは重要。またヘンリー・ジェームズなどにも強く、マーク・トウェインの書簡は1400通を数える。他に、ロバート・フロストの蒐集でもこの分野では最高のコレクションである。
 現在はバージニア大学図書館に寄贈されている。著名作家の重要な書簡の多くがここにあるのでアメリカの作家を研究する上では一度は訪れなければならない場所になっている。

 

 

 


 ジョン・S・メイフィールド John S. Mayfield 1904-1983
 米国政府に勤務しのち実業家となった。収集の対象は、バイロン、マークトウェインなどの英米の詩人たちであり、レアブックの蒐集家として広く名声を得たが、後期はACスウィンバーンに焦点を当てて、原稿、初版本、その他の珍しい資料を集めている。
 1964年にスウィンバーンコレクションをシラキュース大学に寄付した。

 

◆ 
 アーサー・ホートン Arthur A. Houghton 1906-1990
 NYグロリエクラブ第二十一代会長。アメリカの実業家。メトロポリタン美術館の総裁やニューヨーク・フィルの会長など要職を歴任した。
 コーニンググラス社長。また議会図書館では希少本のキュレーターとして勤務した経験も持つ。稀覯本や美術品のコレクターとして著名な存在だった。ホートンは、彼の名を冠したハーバード大学図書館に資金を提供してキーツ関係のコレクションに貢献している。

 


 ウイル・マーディング Lucius Wilmerding Jr 1906-2002
 NYグロリエクラブ第二十四代会長。有名人が所有していた手沢本 稀覯書 美麗な装丁のものを集める

 


 エルマー・リー・アンダーソン Elmer Lee Andersen 1909-2004
 実業家で共和党から立候補してミネソタ州の知事を務めている。英米文学や歴史、からミネソタ州の歴史やケルムスコットプレスなどへ関心が移っていった。
 1999年3月には評価額数百万ドルの12500冊に及ぶ稀覯書をミネソタ大学へ寄贈している。以後さらに2000冊が追加された

 

 

 

★★★
 ドナルド・ハイド Donald F Hyde 1909-1966 &
 メアリー・ハイド Mary M C Hyde 1912–2003
 夫ドナルドはニューヨークの弁護士で、NYグロリエクラブ第二十三代会長。妻メアリーは著述家で、1966年に夫が死去した後に大英図書館会長のエクルズ卿と再婚して子爵夫人となった。
 夫妻で形成したコレクションは18世紀文学では最大の個人蒐集のひとつと言われている。殊にサミュエル・ジョンソンやその伝記作家ジェームス・ボズウェルなどに強かった。サミュエル・ジョンソンの現存する手紙の半数が、戦中から四半世紀に渡って収集されたこのコレクションにあり、その他幾つもの日記や詩、オリジナルの原稿や生前の蔵書・遺物なども含まれ、メアリー夫人はこれらで自邸書斎を満たしていた。
 一方で、オスカー・ワイルドに関するコレクションもよく知られている、こちらもウィリアム・クラークに次ぐ規模であった。 
 晩年には反町茂雄との交友から日本の和書も集め始めた。数は少ないが、その伝手で非常に価値の高いものを得たようである(例えば「源氏物語」の正徹による写本、「方丈記」の一条兼良による写本、定家「明月記」の自筆本の一部などなど)。彼は「拝土蔵書」という蔵書印まで作っていた。
 これらの日本コレクションは中野三敏によると、現在ではサックラー美術館に収蔵されているが、有名な弘文荘目録に見当たらない書ばかりなので、このハイドやPホッファーなどの欧米人コレクター向けの古典籍は目録に載せる前に取引が行われたらしい。
 メアリー夫人の著作は、その豊かな蔵書を主要なリソースにしていて、(Sジョンソンの)スレイル夫人やJボズウェルに関する研究書が代表作である。
 ハイドの全体での冊数は4153冊ほどで、それに約5500の手紙と原稿、および5000を越えるヴィジュアル資料が含まれていた。夫妻のSジョンソンとその取り巻きグループに関する偉大なコレクションは、「バッファローのアダム」の蔵書の買収によるところも大きい。夫妻の死後それらはハーバード大学ホートン図書館へ寄贈された。一方、О・ワイルド関係は大英図書館へ遺贈されている。

 

 

 

★★★
 ゴードン・ノートン・レイ Gordon N. Ray 1915-1986
 NYグロリエクラブ第二十四代会長。イリノイ大学の英文学の教授。
 ハイドが十八世紀に重点を置いたのに対し、レイは英仏の十九世紀文学を中心に自筆の原稿・手紙などを広く集めている。脇村義太郎は以前彼を最大の蔵書家と書いていた。
 ことに専門であったヴィクトリア朝期の政治家のサイン入りの手紙はコレクションの白眉である。モルガン図書館やシラキュース大学などに遺贈を行った

 

 

 

★★
 ロバート・H・テイラー Robert H.Taylor 1908-1985
 NYグロリエクラブ第二十六代会長。アメリカ書誌協会の会長も務めた書誌学者。写本時代の14世紀から1920年代に至る英国文学全般を集めた。
 中世末期から収集の対象にしているが、とりわけよく知られてるのはシェリダンやトロロープの様なヴィクトリア朝期のものである。
 1971年に4000冊の本、3300冊の写本、およびデッサン図などから成るコレクションをプリンストン大学へ寄付した。

 

 

 

★★
 フィリス・グッドハート・ゴードン Phyllis Goodhart Gordan 1913-1991
 ルネサンスの研究者であり、イタリア人文主義者の著述を中心に蒐集を行った。特にルクレティウスを再発見したポッジョ・ブラッチョリーニの著述や手紙に関心を傾け、その編集・翻訳・注釈に人生を費やした。ブラッチョリーニも初期のルネサンスを代表する蔵書家の一人(ニッコロ・ニコリなどと同時代)で、修道院へ赴き古代のラテン写本を発掘している。
 女性の蔵書家は少ないが、この分野の指導的研究者であった彼女のコレクションは母校のプリンモアカレッジに寄付されている。

 

 

 


 ロバート・リー・ウルフ Robert Lee Wolff 1915–1980
 ハーバード大学の歴史学の教授で専門はバルカン半島。OSSの同分野でも勤務した。
 書籍コレクターとしてはヴィクトリア朝時代のイギリスの小説で知られ、18000以上のタイトル数を持つ。このコレクションはテキサス大学オースティン校に260万ドルで買収された。

 

 

 

★★
 カールトン・レイク Carlton Lake 1915-2006
 ボードレール以後、20世紀中葉までの現代フランス文学の巨大なコレクターである。パリ在住の評論家でニューヨーカーなどにも寄稿。ピカソやジャコメッティなどとも交際があり、フランソワーズ・ジローのピカソとの思い出を代筆した「ピカソとの生活」は邦訳もされた。(これは「朝は起こさなきゃならない」から始まって、巨匠のプライバシーを散々に暴いた本なのでピカソから告訴されている)
 彼は60年以上に渡って35万点にも上る文学資料を蒐集した。原稿、希少な初版、特装版から、ヴィジュアル資料や美術品まで含まれたこのコレクションは世界最大級の現代フランス資料であり、フランスの文学や文化に関するあらゆる種類のアイテムを網羅する。これらは彼が所長を務めていたオースティン大学のハロルドランソムセンターに寄贈された。

 

 

 

 

★★★★
 ウィリアム・H・シャイデ William H.Scheide 1914-2014

 寄付された個人蔵書として史上最大の評価額(3億ドル)であったシャイデ家の蒐集は、音楽学者のウィリアム・T・シャイデ、息子のジョン・H・シャイデ、孫のウィリアム・H・シャイデの3代150年に渡って築き上げられた。

 祖父ウィリアムはスタンダード石油の大幹部として億万長者になり、42歳で引退。以後は好きな道に進みバッハ学者となった。
 息子ジョンも同社に勤務したが、人生の大半を本を購入したり読んだりの日々で過ごし、自宅に美しい図書室を作った。
 そして孫ウィリアム・H・シャイデはその図書室の階上にある寝室で育ち、物心ついたころからパピルスの聖書、シェイクスピアのフォリオ、リンカーン自筆のスピーチといった超稀覯本を手に取れるような環境にあった。
 H・シャイデは6歳でピアノを始め、のちオルガンやオーボエも習得し、バッハを専門とする音楽学者となった。演奏団を主宰して録音も残している。父の死により28歳で財産を相続した以後は、100歳で死去するまでの70年間に多くの蔵書を買収してコレクションを拡充してゆく。これらはすでに60年代はじめプリンストン大学へ寄託されており、2015年の彼の死と共に正式に寄贈されることになった。

 2500巻の本と写本からなるプリンストン大学のシャイデ図書館は、西半球における最高の稀書のコレクションとされている。
 同館は事実上最初の印刷本と言っていいマインツのグーテンベルク聖書の最初の4つの版すべてを所蔵する欧州以外の唯一の場所である。これは過去にジョージ三世とスペンサー伯のみが達成した。
 シェイクスピアのフォリオはファースト、セカンド、サード、フォースのすべてが揃っている。初期印刷本としては、1466年にマインツで印刷されたキケロの「義務論」も重要である。
 なかでもコレクション中、特に希少なものとしては、マグナカルタの14世紀初頭の写本と、独立宣言の最初の印刷があげられる。
 アメリカ史では、リンカーンの奴隷制に関する自筆演説草稿やU・グラントの南北戦争時の手紙類を所蔵し、その他、1700年のコーランの華美な写本から、アメリカーナの探検記に至るまでまさに人類の宝の山の観を呈している。
 音楽関係は、専門家としての学識に資産家としての財力が加わった場合にどの様なコレクションが形成されるかを示す好例となっている。バッハでは1724年に遡る33のカンタータの直筆原稿を所蔵し、べートーヴェンは直筆楽譜や手紙の他に、欧州以外では唯一と言われる自筆のスケッチブックがある。さらに図書館の有する直筆楽譜には、モーツァルト、シューベルト、ワグナーなどのかなり重要な作品が含まれている。

 A・グラフトンは「15世紀欧州における初期印刷本のどの分野でも最も豊かなコレクション」と述べ、その聖書の初版や大作曲家の自筆譜が多くの歴史的事実を明らかにする事を指摘した。 また、これらの蒐集には妻ジュディ・シャイデの助言も大きく与っていたといわれる。

 

 

 

 

 

 

 もちろんアメリカーナのコレクターを忘れたわけではありません。
◆ トーマス・ウィンスロップ・ストリーター Thomas Winthrop Streeter 1883–1965
 弁護士。収集は引退後の1939年からである。20世紀中葉ではアメリカーナの最も重要なコレクター。
 アメリカーナと18世紀後半から19世紀初頭のテキサスの地図を収集した。テクサナに関する最大のコレクションの一つ。これらはイエール大学に売ったが息子もコレクターである。アメリカ書誌協会の会長も務めた。

 

 

 

 


 ノーマン・ストラウス Norman H. Strouse 1925-1980
 当時世界最大の広告会社だったウォルタートンプソンの社長。職務上のおよそ13000点に上る広告関係資料も残したが、シャーロット夫人と共に行った稀覯本の蒐集では主に著名人の手紙で知られる。

 


 アーサー・ヴェルシュボフ Arthur E.Z.Vershbow 1922-2012
 アメリカでも著名なレアブックのコレクター。美しく装丁された数千冊に及ぶコレクションはオークションで処分されたり図書館へ寄付された

 

 

 


 ロイド・コットセン Lloyd Edward Cotsen 1929-2017
 石鹸で財を成した億万長者である。ニュートロジーナ社の社長。
 1960年代に収集を始めた児童書を所蔵し、それらの多くは14世紀に遡る珍しい絵入り本だった。古書価格が上昇する前に4万冊以上も集め母校のプリンストン大学図書館へ寄贈している。
 美術コレクターでもあったが、昔の大富豪たちとは異なり、対象にしたのは民芸品だった。なかでも海軍時代に日本で見た竹籠を多く集め、豊かな財力を駆使してこちらもすぐに博物館の規模になってしまったという。他に中国の手鏡や切手、マッチブックなどのコレクションも行った。不幸な経験もあり、1979年には留守中妻子が仮面の集団に惨殺されている。

 


 ウィリアム・P・バーロウJr William P. Barlow Jr
 サンフランシスコの会計事務所Barlow&Hughanのパートナー。彼自身書物蒐集家であったが、公認会計士として他の蔵書家や図書館などへのアドヴァイスを行ってきたことでも知られている。
 蒐集家としては、自ら語るところによると「重要なものとそうではないものを共に多くあつめた」。バーミンガムの印刷業者ジョン・バスカービルに関する収集、古い書籍目録なども。https://rbm.acrl.org/index.php/rbm/article/view/299/299

 

 

 


 ウィリアム・マイケル・マス W. Michael Mathes 1936-2012
 メキシコとスペインが専門の歴史家。マスのライブラリは北西メキシコ植民地時代の歴史に関する最重要の情報源である。
 蔵書や文書はコレヒオ・デ・ハリスコへ寄贈され、現在これらはBiblioteca Mathesと呼ばれている。評価額は1200万ドルに上り、メキシコの歴史上で最大の文化遺産返還といわれた。

 


 レナード・ミルバーグ Leonard L.Milberg
 著名な蒐集家としてアイルランド詩、アイルランド散文1700冊、アイルランド演劇1,000点以上など、テーマごとに優れたコレクションを形成した
 アメリカ初期からフィリップ・ロスに至るユダヤ系米人作家に関するコレクションも有名で、これらは1999年にプリンストン大学図書館へ寄贈された。同図書館は1800年を起点としてこの分野のすべての印刷物を収集する事を決定した。

 

 

 

◆◆
 ロバート・S・ピリー Robert S Pirie 1934–2015
 ニューヨークの弁護士で北米ロスチャイルドのCEOも務めてた。エリザベス朝時代の文学を主に集め、現代を代表するコレクターの一人といえる。
 その稀覯本や原稿の豊かなコレクションは、2015年にサザビーズで競売にかけられた。販売カタログには「我らの時代に留まらず、史上最高の英文学の個人蔵書の一つ」(James Stourton)と記され、書籍の総額は1490万ドルに達した。
 出品されたものには、ウィリアム・シェイクスピア、ベン・ジョンソン、マーロウの重要な印本をはじめ、130万ドルの値が付いたニュートンの光学の印刷本などもあった。

 


 ハーラン・クロウ Harlan Rogers Crow 1949-
 富裕な不動産業者。書籍と美術品のコレクター。
 ダラスの広大な自邸にある豪華な図書室には大量の歴史コレクションが所蔵されている。コロンブス、アメリゴ・ヴェスプッチ、ワシントン、ロバートE.リーなどのサイン、独立宣言と合衆国憲法のすべての署名者など。
 アートコレクターとしても、ルノワール、モネといった印象派絵画から、ナポレオンのライティングビューローやウェリントン公爵の剣などを保有。裏庭にはレーニン、スターリン、カストロ、マルクス、ムバラク、チトー、チャウシェスク、ウルブリヒト、ゲバラなどの旧共産主義国家の指導者の胸像があり、これらは崩壊した共産圏の国々から買ったものだという。
 確かに8500冊もの稀覯本と3000冊の写本の所蔵は書物の大コレクター以外の何物でもないのだが、豪華すぎる自邸書斎をみても、美術品の延長上で稀覯書も集めたような印象が感じられなくはない

 

 

 

 

 

 2015年のシャイデ家蔵書のプリンストン大学への寄贈は、アメリカにおける個人による真に偉大な稀覯書コレクションの終焉を告げる出来事かもしれません。

 もともとこれらは、すでに1959年の時点で同大学に寄託されていました。蔵書を図書館に移すにあたっては、シャイデの費用でそのスペースを新築し、それは彼の自邸の図書室の家具、絨毯、彫像、窓ガラスなどを正確に複製して再現したものでした。
 自らの書斎を大学図書館内へ移築したともいえるこのコレクションに、シャイデはその後も半世紀以上に渡って、新たな蒐集を追加し続けました。

 図書館へ寄付した自分のコレクションに、その後も追加を行うこのようなやり方はアメリカではよくみられます。ジュニアス・モルガンによるヴェルギリウスコレクションがその典型だし、よりポピュラーな分野ならバッド・ブラインダーのゲイ小説コレクションもそうです。わが国でも井上ひさしの遅筆堂文庫がこのパターンだったと思います。

 ただ、シャイデの場合は、寄付ではなく、寄託でした。その間も大学関係者はこの人類の宝の様な書物群を利用する事が許されていましたが、正式な寄付は彼の死を待って、という事になっていたらしいです。

 コレクションはAグラフトンも讃えたように、最稀な書物がしかも広範囲に蒐集されていて、モルガンやハンチントンの時代の蒐集を想起させるものです。シャイデが100歳まで生きたために、わずか五年ほど前までこれほどの個人蔵書がまだこの世界に存在していたという事実は驚くべき事です。これから先、これを越えるコレクションが登場する可能性は極めて低いと思われます。その意味で偉大な書物コレクターの時代はこれで完全に終わってしまったのでしょう。

 

 それでは、例によって20世紀後半からも、個別分野の蒐集で重要と思われるものを以下でみていきます。

 

 

 

 

 

◆ ジェラルド・スチューダー Gerald Studer 1927-2013
 ペンシルヴァニア州やオハイオ州で長く務めた牧師である。聖書の諸版の収集家では下記のコズレットが大きいが、国際聖書コレクター協会で二代目会長の任にあったこの人も集めた数は5500冊に及ぶ。

 

 

◆ ロバート・J・ウィッケンハイザー Robert J. Wickenheiser 1942-2015
 マウントセントメアリーズカレッジ学長。ミルトンに関しては世界最大とされた収集家で6000冊以上の関連文献を所持していた。2006年にサウスカロライナ大学に売却したときは100万ドルの値が付いた

 

 

 

◆ ヨセフ・ゴールドマン Yosef Goldman 1942-2015
 ユダヤ史の権威で、古書籍商でもあった。初期アメリカにおけるユダヤに関する蒐集では世界で最も包括的なコレクションといわれる。これらはミズラヒ書店へ買収された。
 ゴールドマンはアメリカのヘブライ語文献の書誌 Hebrew Printing in America, 1735-1926を完成させている。

 

☆ フランク・ベーカー Frank Baker 1910-1999
 メソジスト派の歴史に関する文献17500点。ベーカーはデューク大学の教員でウェズリアンメソジズムの専門家。ウェズリー家のメンバーによる手紙なども含み、イギリスにおける同宗派の形成過程に関する貴重な文献群である。コレクションは現在同大学に寄付されている。

 

 

◆ ケネス・レンデル Kenneth W. Rendell 1943-
 かなり早い時期から第二次世界大戦関係のコレクションを開始し、それで第二次世界大戦国際博物館を創立し自ら館長となっている。博物館は最近閉館したらしい。

 

 

☆ エドワード・バーネイズ Edward Bernays 1891-1995
 20世紀のプロパガンダ・宣伝戦の草分け的な存在であるバーネイズの収集は、やはりこの分野(広報及びコミュニケーション)に関する代表的なものとして現在はニューヨーク公共図書館にある。

 

 

 

★ マイケル・ハリソン Michael Harrison 1897-2005
 アメリカ西部に関する本のコレクター。生涯にわたって西部へ情熱を抱き続けた。
 国立公園局にパークレンジャーとして勤務しグランドキャニオン国立公園管理者の補佐に就任した。その活動の傍ら、増え続ける本に苦慮し、地下室を作ったり住居付きの図書館へ引っ越ししたりしている。現在マイケル&マーガレット・B・ハリソンウエスタンリサーチセンターに21000冊以上の本が残されている。

 

★ アルバート・シュマテ Albert Shumate 1904-1998
 カリフォルニアに関する本の蒐集家である。サンフランシスコの歴史学界では重鎮であった。サンフランシスコに生まれ、カリフォルニアの歴史・文化・芸術についての執筆、収集に生涯を費やした。カリフォルニアの絵画でもこの分野を代表する蒐集家である

 

☆ フェリックス・H・クンツ Felix H Kunts 1890-1971
 ニューオリンズの歴史に強い文庫。ルイジアナ州、特にニューオーリンズの歴史に関する記録類が中心だが、文書のみににとどまらず視覚的アイテムにも富んでいる。文書類はフランス植民地時代はもちろんスペイン時代にもさかのぼり、秘密文書も含まれる。現在はチューレン大学に。

 

★ ケネス・ヒル Kenneth E. Hill 1933-2015
 その太平洋の探査に関するコレクション2000冊は70年代初頭にカリフォルニア大学サンディエゴ校へ寄付されている。太平洋航海以外にアメリカ西部やアジアに関するものも含む。
 子息は古書籍業者になった。

 

 

 次は自然科学関係の蔵書家を。

 

★ ベルン・ディブナー Bern Dibner 1897-1988
 エンジニア、実業家、科学史家。科学技術史における二つの重要なコレクションを築き上げたこの分野きっての大物である。
 エンジニアとして特許を取得し、起業して成功したが、技術の歴史の研究にも多くの時間を割いた。その著述活動にはサートンメダルが与えられている。
 これらのために彼は、科学や科学史に関する著述を収集をはじめ、興味の対象は電気の歴史から、科学技術の歴史全体に渡り、それと共にコレクションも拡大した。
 もう一つの興味の対象はルネサンス技術史であり、レオナルドダヴィンチに関する文献でも貴重な蒐集をつくっている。他に数千人に及ぶ科学者の肖像画も集めた。
 ディブナーの蔵書は総数で4万冊を超え、スミソニアン研究所などに寄付されている

 

★ エルマー・ベルト Elmer Belt 1893-1980
 アメリカの泌尿器科医。性転換手術のパイオニアである。しかしレオナルド・ダヴィンチに関連する作品のコレクターとしても知られていた。
 コレクションは母校であるカリフォルニア大学ロサンゼルス校に寄付されている。ちなみに性転換手術の方は、家族からの苦情で1962年にやめたらしい。

 

◆ オーウェン・ギンガリッチ Owen Jay Gingerich 1930-
 16世紀と17世紀の天体暦のコレクションではビブリオテークナショナルに次ぐといわれる。他にコペルニクスの「天体の回転について」も第二版を所有している。
 ハーバード大学の天文学の教授で、天文学上の業績に加えて書誌学的手法による天文学史の研究で知られており、特にコペルニクスやケプラーでは権威である。邦訳に「誰も読まなかったコペルニクス」がある。

 

◆ リチャード・ギンベル Richard Gimbel 1898–1970
 実業家。書籍コレクターとしては二つの顔があり、一つは航空に関する文献の収集家。もう一つは幻想文学のコレクターである。
 第二次大戦中空軍パイロットとして勤務し、戦後はイェール大学の航空科学及び戦術教授に選任された。彼の航空コレクションには10万点以上のアイテムがあったという。
 幻想文学のコレクターとしてはディケンズ、ポー、トーマスペインなどを集めたがとりわけエドガー・アラン・ポーに関してはそのフィラデルフィアの家を購入し、そこをコレクションで満たしポーの図書館・博物館とした

 

 

 

 以下は、印刷や本の形状に関するコレクターを

 

★ サンフォード・バーガー Sanford L.Berger 1919-2000
 妻ヘレンと共同で行ったケルムスコットプレスの蒐集で知られている。サンフォード・バーガーはサンフランシスコ出身の建築家。グロピウスやM・ファン・デル・ローエなどの門下である。
 すでに1960年代にケルムスコットプレスの印本をすべて揃えていた。以降、本、原稿、壁紙、カーペット、布地、図面、ステンドグラスと、モリス関係の蒐集を進めていった。名実ともに米国におけるウィリアム・モリスの最大の個人コレクションである。
 これらは1999年にハンティントン図書館に買収された。彼はプライベートで印刷も行っていた。

 

◆ ルース・E・アドメイト Ruth E. Adomeit 1910–1996
 作家、編集者。ミニチュアブックのコレクターとしては世界最大。
 父から豆本を与えられた事から興味を持ち、収集を開始する。60年代初頭には自ら「ミニチュアブックコレクター」を編集したが、この雑誌もやはり豆本だった。コレクションには紀元前二千年の楔形文字のタブレットも含まれる。
 彼女は60年間の収集で、高さ2½インチの本をおよそ8000冊集めた。これらが寄付されたインディアナ大学のリリー図書館にはその後の拡張で豆本16000冊が収蔵されている。

 

 

 

★ シンクレア・ハミルトン Sinclair Hamilton
 主に図鑑の蒐集で知られるが、アメリカの初期印刷本などのコレクター。プリンストン出身者。

 

 

 

 

 古地図の大コレクターお三方をならべて置きます

 

★ ジェンキンス&バージニア・ギャレット Virginia and Jenkins Garrett 1914-2010
 夫ジェンキンスはフォートワースの弁護士で実業家。1974年にもテキサス大学アーリントン校に本、原稿、楽譜などを寄贈しているが、とりわけ夫妻が行った1990年と1997年の地図帳と地図のコレクションの寄付は重要でこれらをもとにバージニア・ギャレット地図作成歴史図書館が設立された。

 

★ アーサー・ホルツハイマー Arthur Holzheimer 1932-2016
 近世初期に印刷された世界地図や新世界の地図の著名な蒐集家。投資家としてのキャリアの途上で古地図に魅了され以後多く集めた。
 そのコレクションの多くは世界的に著名な地図販売業者ケネス・ネベンザール(Kenneth Nebenzahl)を通じて購入されたものらしい。

 

◆ デビッド・ラムジー David Rumsey 1966-
 ニューヨークの不動産業者で現代を代表する地図コレクター。イェール美術学校で美術講師も務めた、
 1980年代以後、北米、南米、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、太平洋、北極、南極などの地域の16世紀から21世紀までの15万枚以上の珍しい地図を収集した。地図コレクションをWeb公開し2002年にはWebby賞を受賞している。

 

 

 

 

 以下は、ややサブカル色のある分野での蔵書家です。

 

◆ フレデリック・ダネイ frederic dannay 1905-1982
 推理作家エラリー・クィーンは二人の人間の共同名義。本格推理のプロットを作るのは彼の方で、もう一人は文章担当だった。
 エラリークイーンはアメリカ人作家としてはカーと並ぶ本格推理の雄だが、もう一つの顔として、その編纂にかかるミステリのアンソロジーの類は非常に多い。それだけにダネイは当時にあって推理小説コレクターとしても最大級の存在であった。

 

◆ ウォルター・A・コズレット Walter Allen Coslet 1922-1996
 SF小説の大コレクター。ファンジンを主催し、全米ファンタジーファン連盟の会長を務めた。収集は1930年代に遡る。
 当初トラック運転手として働いた後に労働省で事務員になる。1972年に35年間に渡って集めたSFの本や雑誌をコレクションをコレクターへ売却したがその後も蓄積し続けた。
 もう一つの顔として聖書の大コレクターでもあり、こちらも英訳聖書では世界最大級の個人コレクションとも称されている。

 

◆ フィリップ・ジャック・グリル Phillip Jack Grill 1903-1970
  アーヴィング・ビンキン Irving Binkin 1906-1989
 ラヴクラフトの書誌においてエポックメーキング的な位置づけにあるのが1975年の A Catalog of Lovecraftiana: The Grill/Binkin Collection の出版である。
 ナンバーが振られた668アイテムのうち、世界最大のラヴクラフトコレクターと言われたジャック・グリルが586点を収集し、彼の死後、そのコレクションを取得したディーラーのビンキンがのちに82点を追加している。
 グリルは1940年代にラヴクラフトの収集を始めている。彼の死後のオークションでは、弁護士によって何百もの箱は「Love & craft」とラベリングされていて(笑!)、落札したビンキン自身もラヴクラフト(Lovecraft)という作家を全く知らなかったといわれる。(ラヴクラフトは一冊しか持ってない管理人も偉そうなことは言えないが・・・)

 

◆ バッド・ブラウンダー Bud Flounders 1922-2005
 ゲイ小説の大コレクター。ゲイとレズビアンの専門書店として先駆け的存在であったサンフランシスコのWalt Whitman Bookshopの有力顧客で、店への投資も行い、その内装インテリアも設計した。
 集めたのは3347タイトルに上る。これらはスタンフォード大学のグリーンライブラリーの特別コレクション部門へ寄贈された。彼はその後も収集を続け、同ライブラリーに追加の寄付を行い、亡くなる数か月前にも14箱もの小説を配達した。おかげさまでスタンフォード大学は世界最大の英語ゲイ小説コレクションを保有しています。バッド・グラインダー本人はその後転落して頭を打って亡くなっている。

 

 

 

◆ ルース・ターナー・ウィルコックス Ruth Turner Wilcox 1888-1970
 画家でファッション・イラストレーター。服飾史資料の収集家である。邦訳に「モードの歴史―古代オリエントから現代まで 」がある。

 

◆ ジュリア・チャイルド Julia Child 1912–2004
 料理専門家。60年代のアメリカの食卓にフランス料理を大々的に紹介し、テレビの料理番組などで親しまれたが、もともとは情報機関勤務の人である。そのあと料理学校に入学して、という事らしい。収集はおよそ5000冊。日本でも自伝が翻訳されている。

 

◆ アラステア・ジョンストン Alastair Johnston 1948-
 ゴルフ関連図書の収集。スポーツマネジメント会社の副会長。集めた数は30000冊にも及び、ゴルフ界を代表する選手・歴史家・作家・建築家・伝記作家らの著述からなる。
 全英オープンを主催するR&Aへ寄贈されることになり、これをもとに博物館が設立される予定。

 

 

 

◆ ラルフ・ウィッティントン Ralph Whittington 1945-2019 
  The Museum of Sex,NEW YORK CITY

 先日メリーランド州クリントンの自宅で亡くなった。死因は心疾患。享年74歳である。
 このウィッティントンはアメリカ最大の商業ポルノのコレクターとされていた人物だった。コレクションの大半はすでに1999年にニューヨークのThe Museum of Sexへ移されていたが、彼はその後も集め続け、再び自宅を満杯にしていたという。これらの資料は書籍・雑誌のみにとどまらず、フィルム・ヴィデオ・諸種のオブジェなど多岐に及ぶ。
 彼はワシントンの議会図書館に36年間に渡って奉職したキュレーターであり、この収集も趣味が高じた興味本位のものというより、学術的な関心による部分が大きかった。実際、議会図書館で行われていたのと同じやりかたでカタログが作成され、一点ごとにその多様な属性がラベリングされていた。カテゴリーも86に及んだ。

 ウィッティントンは名刺に職業を「エロティックアーキビスト」と記載し、ポルノ収集について話す時も物怖じせず堂々としていて赤面したりしなかった。アメリカでは、通常のポルノコレクターはクローゼットの奥などに秘密のコレクションを作りがちで、死後それを発見した親族が驚愕することが多い。しかし彼やMark Rotenbergの様に規模の大きなコレクターは堂々としてインタビューなども平気で受けている。(これはある程度以上に蔵書が膨らむと、人に隠しようがないという事情にもよるのだろう。ちなみに19世紀最大級のポルノコレクターであったヘンリー・スペンサー・アシュビー Henry Spencer-Ashbee 1834-1900 は家族に隠れて家一軒を借りてそこをコレクションで満たしていた)
 ウィッティントンはむしろ逆に、そうした秘密のコレクションを当人の死後に発見した遺族からの寄贈を多く受け入れていた。半年に一度はそういう電話がかかって来た事をインタビューで述べている。
 自らも10万ドル以上を費やした彼のコレクションは老母と二人暮らしの家を隅々まで満たし、運び出した時にはトラック3台に満載の848箱約10000品目に及んだ。
 
 現代アメリカを代表するポルノの集積所は、ウィッティントンの収集を受け入れたNYの性の博物館と、前頁で取り上げたアルフレッド・キンゼーの寄付から始まったインディアナ大学のKinsey Institute for Sex Researchの二つだが、キンゼーとウィッティントンの収集の性質は大きく違っている。
 ウィッティントンが対象にしたのは商業ポルノだった。キンゼーの場合は性に関する文献全般であって、もちろん商業的なアイテムも含むが、1940年代以前にあってはそうしたものは質・量ともに高が知れていた。キンゼーが人間の性を解明するために文献を収集したのとは異なり、ウィッティントンの興味はむしろ大衆の欲望文化に向いていた。

 

 

 

 ≪ おわりに ≫

 ほとんどが宗教書ばかりだったピルグリムファーザーズの蔵書から始めたアメリカ篇を、商業ポルノの大コレクターで閉じる事になったのは、この国の歴史を考える上で幾分示唆的です。
 ピルグリムファーザーズの頃は、小説はもちろん、哲学書すら読む事が罪深いとみなされるような社会でした。一方、現在のアメリカでは、ポルノは数十億ドル規模の産業です。このコントラストは、半年のうちに移民の半数が亡くなるという17世紀の過酷な状況と、世界の大衆消費文明を先導する今の姿の対比がそのまま反映されているのかもしれません。、
 ポルノはずっと人類と共にその歴史の一部としてありましたが組織的な研究がほとんどないのが現状です。このような無数の人間たちの欲望を体系的に記録に残すことを目的に、ウィッティントンという人物はこの分野の収集を始めたわけです。

 前頁で触れたアルフレッド・キンゼーによるキンゼイレポート以降、アメリカ社会では大きな変化が起こりました。
 サイレント時代から現在までのアメリカ映画をずっと観続けていくと、セシル・B・デミルが亡くなったあたりから、スクリーンを通して見えるアメリカの風景がそれまでと大きく変容している事がわかります。
 この時期のアメリカ映画には、セドリック・ギボンズに象徴されるセット主義からロケ主体に変わった事や、70mm作品が多く作られるようになった事などの外面的な変化もありましたが、それだけであればトーキーになった時や、カラー映画が増えてきた頃の方がよりドラスティックです。
 この時期以降のアメリカ映画にみられる変化はもっと内面的な性質のものであって、それにはおそらくアメリカ社会全体の変化が反映されています。暴力的な表現が生々しくなったり、とりわけ性に関して挑発的、扇情的な表現がそこここにチラつく様になった点は大きな特徴です。60年代後半のアメリカンニューシネマでこの傾向は決定的となり、現在のアメリカ社会も基本的にはその流れにあります。

 

 「アメリカの個人蔵書」などと一くくりにしてしまうと、どんな言い方をしたって大雑把な物言いにならざるを得ないわけです。
 ただ、アメリカの個人蔵書には、ヨーロッパや中国・日本などのより歴史の古い国々に比べてかなり明らかな特徴もあり、以下にそれを並べてみましょう。


 まず、繰り返しになりますが、その国力・経済力に比して蔵書数が多い人があまりいない。
 しかし億万長者が多いため稀覯書のコレクターは多い。ただアメリカーナの蒐集家を別にすれば、3万冊のオーダーを越えるコレクターは多くない。モルガンでも2万ぐらいです。
 これはいろんな身で中国とは正反対です。

 アメリカ人はフットワークが軽いんだと思います。現代の研究者によくみられるタイプというか、膨大なデータへのアクセスは保持しながら、自分個人ではあまり本は持たない傾向があります。
 またアシモフを例にとりますが、彼は作家である前に化学が専門の大学教授です。科学啓蒙書の類も相当な数を書いています。理系であってもこういうタイプは、日本なら蔵書1000冊ではすみません。

 建国当初は貧しかったので個人蔵書が少ないのは当然ですが、世界で最も豊かな国になった後でも決して突出した規模にはならない。(アメリカではこの間、図書館や大学などの機関蔵書は突出した規模になっています)
 やはり、カルヴィニズム主体の宗教的土壌へ要因を求めざるを得ないのかな、という気がします。


 次に、特定の専門分野に集中して集める傾向があります。
 これもアメリカ的です。全世界の縮図を自分の書斎に具現させようとするタイプではなく、この分野では一番、という人が多いですね。
 いわゆるゼネラリストタイプではなくて、一芸に秀でた専門家によるチームプレイのお国柄のなせる業でしょうか。

 また、ぞれまでは収集対象とされていなかった分野で、新しくコレクションを築き上げようとする点では、この国のフロンティア精神の影響だとみることも可能です。アメリカの大学にはよく学部学生向けの図書収集コンテストをやってるところがありますが、こういうのも、収集における創意を喚起するお国柄の反映なんでしょう。


 最後に、公の機関に寄贈する傾向が強いことです。これは世界中どこでもそうなんですがアメリカは特にです。
 慈善事業や寄付文化が浸透している事が大きいんだと思います。ロックフェラーが生涯収入の何割を寄付しただのいう話はよく聞きますね。
 
 そうした公共精神以外の理由も、いくつか思い当たります。
 まず、専門分野に特化されたコレクションが多いので大学も引き受けやすい。次に、マニア臭が強過ぎて家族も欲しがらない。かといって、本人には自分の蔵書構成に思い入れがあるのでオークションで売るのも嫌、という事なのかもしれません。

 これは、何代にも渡って蔵書楼を一族で保持する中国とは正反対です。(もちろん、南部連邦に関する文献を集めたデゥレンヌ家の様な例外もあるけど、このお宅の蔵書の場合は、滅びた南部連邦という対象への強い思い入れを考える必要がありそうです)

 
 ところが建国初期ぐらいまでなら、祖父の蔵書を家族で引き継いでいって、というパターンは、調べてみるとアメリカでも結構多かったです。(ピンクニー家、リヴィングストン家、アダムス家)。またこの時期は蔵書内容もきわめてプリミティヴで、専門性も強くないです
 いつ頃から今のように変わったのか。それは、やはり第二次産業革命と言われた19世紀半ば以降ではなかろうか、と思われます。この時期には建国以来の名家が廃ってゆく兆候が既にあり、続く南北戦争でそれが決定的になりました。専門分野に集中して集めるコレクターが多く登場するのも、このあたりから顕著になってきます。

 

 今我々が目にしているアメリカは二つの大きな変革期を経て現在の姿になりました。
 一つは今言った19世紀の後半頃、産業上の発展が国の性格を大きく変えた時期です。
 もう一つは、先ほど述べた20世紀中ごろのキンゼーリポート以来の展開です。キンゼーリポートの影響が浸透し始めた50年代までのアメリカはまだ宗教による統制が社会を強く律していて、純朴な気風も結構残っていたんですね。
 
 ヨーロッパ文明を形成する三つの要素として、古代ギリシア、キリスト教、ゲルマンがよく挙げられますが、アメリカの場合は、カルヴァン派主体の宗教的に厳格な風土、建国以来のフロンティア精神、19世紀半ばのロックフェラーやカーネギーによる巨大な経済拡大、20世紀後半以降の性や社会の秩序に対する伝統破壊の四つが、この国の性格を特徴づける要素ではないかと管理人的には考えています。
 個人蔵書に関してこれまで挙げた三つの特徴のうち、①はカルヴァン派的な宗教環境、②はフロンティア精神や、19世紀のキャピタリズム拡大の社会への影響(専業分化)、③は宗教精神からきた公共性と、キャピタリズムによる伝統的な家の崩壊から帰結した様にも見えます。


 もう一つ何か挙げろと言われると、古書籍業者を兼ねる蔵書家の多いことです。
 もちろんこういうタイプはアメリカに限らずどの国でもみられます。。商品が取次を通じて入ってくる新刊書の書店主の場合は少ないですが、古本屋の場合は自分好みの商品を集めて店に置くためか、どの国でも昔から多いです。 古本屋から蔵書家になったタイプもいるし、蔵書家が古本屋を開業したパターンもあります。中国なら黄丕烈(Huang Peilie 1763-1825)という大物がいるし、日本でも黒川真頼(Kurokawa Mayori)の様に子供を本屋に丁稚に出した例さえあります。
 ただ、アメリカの場合とくに多くて、David Randall,Philip Duschnes,Maurice Firuski,Stephan Loewentheil,John Windle,などという、本来ならカテゴリーを作らなければならないような蔵書家も、「この人はむしろ古本屋だろう・・・」という事で省かざるをえませんでした。(それでも、ローゼンバッハをはじめ幾人も記載しています)。
 ①、②、③の原因は何とかつじつまを合わせましたが、この④の理由は管理人ではちょっと思い当たりません。

 

 いろいろ挙げた内で、とくに①の特徴、「膨大なデータにアクセスできる環境を保持しながら自分個人ではあまり蔵書を持たない」という側面は、ネット時代以後には、アメリカのみならず全世界の人々の本に対する接し方の特徴となってから既に久しくなります。その意味でもアメリカという実験国家は世界に先駆けていたのかもしれません。

 

 

 

 

 

 ≪ 著名人 ≫
 おまけのコーナーとして、アメリカの各界著名人の蔵書をみていきます。一万冊以上の人は 現代欧米の蔵書家たち に記載してありますから、そちらをご覧ください

■ オリバー・ウェンデル・ホームズ Oliver Wendell Holmes 1841-1935
 議会図書館に寄付されているホームズ判事の蔵書は家伝来のものを含めて700冊ほどだそうです。

■ ウィリアム・ジェームズ William James 1842–1910
 ハーバード大学にあるものが1986点(2171冊)、それ以外が568点(691冊)の計2554点(2862冊)

■ ジョージ・マーシャル George Catlett Marshall 1880-1959
 第二次世界大戦当時の参謀総長。目録には878冊がある。大統領のコーナーで触れましたが、後任のアイゼンハワー参謀総長も同じぐらいでした。

■ ジョージ・S・パットン George Smith Patton 1885-1945 
 大戦中で一二を争う猛将だったパットンは482タイトル

■ アルバート・アインシュタイン Albert Einstein 1879–1955
 プリンストンの自宅からヘブライ大学に移された蔵書は2400点。但し楽譜やレコードを含むので2000点前後ではないでしょうか。また世界的著名人なので面識のない著者からの献呈本が多く、本来の蔵書と言えるのは遥かに少ない筈です。遺された本のうち、先輩のHローレンツやMキュリーの著書は確かに彼の蔵書と言えるかもしれません。座右の書はわかりませんが、彼はニュートン、ファラデー、マクスウェルの三人の肖像画をいつもかけていました。

■ ライナス・ポーリング夫妻 Linus Pauling 1901–1994
 さすがに 4111冊と多めですね。

■ ハンナ・アレント Hannah Arendt 1906-1975
 4000冊

 

■ ラングストン・ヒューズ Langston Hughes 1901–1967
 ハーレムルネサンスを牽引した黒人詩人。母校のリンカーン大学のメモリアルライブラリーにはフィクション・ノンフィクション併せて数百冊あり、多くを初版で持っていた。

■ ジャック・ケルアック Jack Kerouac 1922-1969
 286タイトル。ケルアックは書いたものを読んでる限り少なそうな気がしていました

■ ジョン・アッシュベリー John Ashbery 1927-2017
 現代アメリカ最高の詩人。5000冊に及ぶ彼の蔵書はハーバード大学が購入

 

■ ヘンリー・ジェームズ Henry James 1843-1916
 イギリスへ帰化して其の地で没しましたが、貴重なものは甥などが死後に持ち出したそうです。残ったのは2000冊ほど

■ セオドア・ドライサー Theodore Dreiser 1871-1945
 1924タイトル

■ ガートルード・スタインとそのパートナー Gertrude Stein 1874-1946 & Alice B Toklas 1877–1967
 共同生活を送っていたので二人の所有物でしょう。タイトル数で958以上 冊数で1342冊

■ F・スコット・フィッツジェラルド F. Scott Fitzgerald 1896-1940
 322タイトル

■ ノーマン・メイラー Norman Kingsley Mailer 1923-2007
 851タイトル以上

■ フィリップ・ロス Philip Roth 1933-2018
 4000冊ほど。

■ デヴィッド・フォスター・ウォレス David Foster Wallace 1962-2008
 Wヴォルマンと並ぶピンチョン以降のポストモダン文学の旗手の一人。316タイトル

 

■ アイザック・アシモフ Isaac Asimov 1920–1992
 ご存じSF御三家の一人のアシモフは、ボストン大学の生化学の教授でもあり、メンサでは副議長などもやってました。生涯で本を500冊も書いた人だからさぞかし・・・と思いきや、遺されたのは1000冊ぐらいだそうです
 本を一冊書くには百冊読まねばならない、という話なのに、二冊読んで一冊書くとは随分 率のいい話です。もっとも自分では所有しなかっただけかもしれない。アメリカ人には多いです。

■ ロバート・E・ハワード Robert Ervin Howard 1906-1936
 コナンシリーズのREハワードは331タイトル 

 

■ ジョージ・ガーシュウィン&アイラ・ガーシュウィン
Ira Gershwin 1896-1983 & George Gershwin 1898-1937
 二人の共有蔵書をジョージの死後アイラが相続。450冊

■ アーロン・コープランド Aaron Copland 1900-1990
 アメリカ音楽界の大御所である彼は369タイトル。

 

■ ルイ・アームストロング Louis Armstrong 1901-1971
 481タイトル

 

■ アンディ・ウォーホル Andy Warhol 1928-1987
 昔のCMのイメージから「少ないかな」と思ったら案外多くてタイトル数1200以上

 

■ フランシス・フォード・コッポラ Francis Ford Coppola 1939-
 コッポラの個人ライブラリは黄色い2階分の書庫にあるそう。ボリュームは数千冊で、本のほかにフィルム、ビデオテープ、写真その他色々。
 専用の司書がフルタイムで雇われているのは、やはり映画の構想のためのリサーチ業務があるからでしょう。 

 

■ キャサリン・ヘプバーン Katharine Hepburn 1907-2003
 識別されてるタイトルが142点、冊数では370冊以下

■ マリリン・モンロー Marilyn Monroe 1926-1962
 400冊ほど。ハリウッド最高の演技派女優のK・ヘプバーンより多いのがちょっと意外ですが、よく考えたら彼女は作家のノーマン・メイラーの妻でした。

 

■ テレンス・マッケナ Terence McKenna 1946-2000
 ドラッグ思想家。その蔵書は繰り返し火災にあったことでよく知られています。24歳の時1000冊を失い、死後も研究所にあった3000冊が焼失しました。錬金術の孤本などもあったとか。

■ セオドア・カジンスキー Theodore John Kaczynski 1942-
 271タイトル

 

 

 

 

 アメリカの著名人、などと口にすれば、それこそ数には限りがありません。今の段階ではろくろく集まっていないのが現状です。

 例えばジャーナリストならレストンやリップマンの蔵書はやはり気になるし、クラーク・クリフォードの様な大ロビイストの本棚にも興味は尽きませんね。あるいはAPスローンだとかジョンWデイヴィス、ジョン・マックロイやジョージ・ケナンのものも、いまの時点では全くわかっていません。

 著名な文学者をみても、ロバート・フロストもなければUオニールもなく、アップダイクもなければエドマンド・ウィルソンのもありません。アメリカ篇はまだ下書きみたいなものなので、これからゆっくり肉をつけていくしかないようです。

 

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© 2021 蔵書家たちの黄昏

テーマの著者 Anders Norén

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