蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[ジャンル別蔵書家3] シェイクスピア ゲーテ 鴎外

 

 

 単独作家に特化した蒐集家で、文学史上で特に大きな存在に関するコレクションを挙げて置きましょう

 

 

[シェイクスピア]

 児玉九十 kodama Kuju 1888-1989 & 児玉三夫 Kodama mitsuo 1915-1996
 明星大学図書館
 昭和四十年代にシェイクスピアの現存フォリオの多くが我が国へ渡っていた話は知る人ぞ知るところである。
 なぜ児玉家がこれを手に入れたかは、フォルジャー図書館が1973年頃に重複本を処分するときに、アメリカで付き合いのあった古書籍業者が首尾よく落としてくれた、というのがその理由らしい。5000点に上るものを当時としては比較的安く入手している。
 これが機縁となって同家(またその明星大学図書館)はシェイクスピアに関する蒐集を開始し、クォートやフォリオを集め始めた。コレクションが充実するとともに名声は海を越え、同大学には海外からも少なからぬ研究者が訪れるようになる。
 1981年の段階でファーストフォリオを4点所蔵し、これは当時フォルジャー、大英図書館に次ぐ世界第三位であった。とくに1980年のオークションで四冊目に入ったものは、オリジナルのバイニングで特に貴重な本である。この頃には他にセカンドフォリオを六冊、1666年の火事のために量の少ないサードフォリオも四冊所有し、フォースフォリオは五冊所有していた。これらが高く評価されて、児玉三夫氏は1986年には我が国を代表する蔵書家としてサンフランシスコ大学グリーソン図書館アソシエイトの主催するトーマスモアメダルを受章する事になった。
 現在では同大学はファーストフォリオを14点所有し世界第二位。ニューヨーク公共ライブラリーの6点がこれに続く。他ならぬ我が国に、英米系でもメインストリームともいえる稀覯本が、これほど多くの数所蔵されている事実を知らない人は多い。生前の児玉三夫氏には所蔵する「リア王」のクォートのコピーを作って、大学の父兄に配ったという話もあるらしいが・・・
 しかし、教育学者である児玉氏は元来ペスタロッチ関係文献の蒐集で有名で、こちらも東洋はもちろん世界でも有数のものである。他に東京リンカーンセンターのリンカーン資料6000点、マーク・トウェインの日記や手紙など2800点は、アメリカ本国の人でも驚くような規模である。

 

 

[ゲーテ]

 粉川忠 Kogawa Tadashi 1907-1989 東京ゲーテ記念館
 粉川忠氏は昭和期の実業家で在野のゲーテ研究者。長年にわたって文献・資料の収集やその分類に尽くし、東京ゲーテ記念館を設立した。
 わが国では明治以来ゲーテは教養層に最も好まれた外国の文人であり、その邦訳の多さはファウスト一つとっても一目瞭然である。同記念館はドイツでも知られていて、海外からも資料が送られてくるという。1970年頃までは網羅的に収集していたが、西洋に関しては向うに収集家がいるので、東洋におけるゲーテ文献を中心に集めている。
 記念館では80点近いゲーテ全集を収蔵しているが、図書館というよりもゲーテに関する総合的な資料館といった方が正確であり、切り抜きやチラシは勿論マッチ箱、コーヒー券までが収集され、名実ともに我が国ゲーテ受容史の最大の資料群といえるものである。
 また粉川氏のデータ整理のやり方は、一点一点の資料を多元的にカテゴライズする当時としては先進的なもので、むしろ現在のコンピューター入力によるシステムを連想させる。現在ならエクセル入力で簡単に済ませることが可能だが、この時代は一点の資料に対してかなりの量のカードを作成する必要があったとのことである。(そのため明確な蔵書の冊数などは把握していないという)
 粉川氏は阿刀田高の小説「ナポレオン狂」のモデルとも言われている(ゲーテがナポレオンに置き換わっているが)。結核療養中に読んだゲーテを集めようと志を立てたこと、事業家が社会への還元として図書館を設立したのではなく、ゲーテを収集するために事業を興したとも伝えられる点など、とりわけ強い情熱を感じさせる収集である。

 

 

[森鴎外]

 菰池佐一郎 Komoike Saichiro
 これは「古本屋がコレクターになった」パターンで、蒐集者は「時代や書店」の店主である。
 もともと客に鴎外関連書籍のコレクターがいて、これは「鴎外関係なら何でも買ってくれる」という有難い存在であったという。客のために多く集めていたが、つられて自身でも鴎外を読むうちに店主自身が鴎外ファンになってしまう。
 戦後になって、その客がコレクションを全部処分したいと言った時にそれを引き受けた後からは、もう売るのが完全に嫌になってしまい、今度は自分が鴎外関連のコレクターと化した。以後二十年間に渡って収集に没頭するのだが、コレクター本人が著名な古書籍商なので探索力が半端ではなく、原稿・書簡・物品のたぐいはもちろん、新聞・雑誌や鴎外が引用された書籍まで網羅したかなり徹底的なコレクションになる。しかし、最後は古本屋らしく近代文学館に売った。「家蔵鴎外書目」の記載は二千二百点を越える。
 尚、鴎外関係では他に勝本清一郎も集めていた。

 

 

 

 

≪ 特定の作家に関する蒐集 ≫

 鴎外は勿論ですが、ゲーテとシェイクスピアも今回は邦人の蒐集家にのみ触れています。(特にシェイクスピア関連は欧米ではあまりに大コレクターが多く今整理中)

 シェイクスピア以外で大物コレクターがその収集にしのぎを削る文学者と言えば、英米系ではサミュエル・ジョンソン、ディケンズ、Wブレイク、ワイルドあたりでしょうか。Sジョンソンにおけるドナルド・ハイドや、ワイルドにおけるウィリアム・A・クラークの収集は欧米ではつとに名高い存在です。
 これらの作家に共通する特徴は、他に見出すことのできない独特の吸引力を持つ芸術家だという一点であり、それは日本の漫画におけるコレクターでも水木しげるや楳図かずおには特に熱心な人が集まる事情と同じですね。

 特定作家に関するコレクションの場合、元々の作品数が限られてるので、初版以降の諸版、特装版、各国語版、署名本、原稿、手紙、日記はもちろん、関係者に関する資料から、その作家が言及された文献にいたるまで、収集対象は周到を極める傾向があります。言及された新聞の切り抜きから、その映画化や漫画化作品、その名前をとったアイテム類などに及ぶコレクションであれば、社会におけるその作家の受容を浮かび上がら点でかけがえのない一次資料といってよく、この種のものは時が経てば経つほどコンプリートの価値は高まってきます。
 このタイプの収集は幅が狭いと思われる人もいるかもしれませんが、収集対象となった作家を取り巻くその時代を立体的に浮かび上がらせる点では、例えばヴィクトリア朝期の英文学全般を対象にした収集などよりも歩があるケースが多いです。
 ハイド夫妻のサミュエル・ジョンソンのコレクションは、ボズウェルを始めとする、英文壇の大御所であったこの人物の周辺サークルの人々に関するものまで含み、さながら18世紀イギリスの社会絵巻の観を呈しているという評価が与えられているし、ウィルマース・ルイスによるホレス・ウォポールの手紙のコレクションも、それがこの文人の再評価にまでつながったのは、18世紀の時代様相を現代人の眼前に生き生きと蘇らせたからに他なりません。
 もう一つ言えることは、ヴェルギリウスやダンテの様な近代以前の著述家のコレクションになると、そのさまざまな版の収集は、そのまま近代の印刷史が概観できる視座を提供している点でしょう。数百もの「神曲」の版を含むダニエル・フィスクによるダンテコレクションはまさにその好例です。ジュニアス・モルガンによるヴェルギリウスコレクションになると、この大詩人自身が紀元一世紀の人なので、それに加えて写本の変遷も伺うことができます。

 特定の作家に対するものよりも、さらに幅の狭い収集もあります。それは特定の「作品」に関するものです。
 アメリカの場合、聖書の諸版に関するコレクターは昔から多くて、ウィリアム・C・プライムからウォルター・コズレットに至る長い歴史があり、国際聖書コレクター協会なんて組織まで存在するほどです。
 日本でも、渋沢栄一の500冊に及ぶ論語のコレクションはよく知られています。近年では、古美術商の浦上満氏による北斎漫画1500冊の蒐集もありました。

 今回の明星大学(児玉氏)と東京ゲーテ記念館(粉川氏)の二つは、共に我が国においても崇拝者の多い世界的大文豪の関連コレクションとして、これを凌駕するものはこの先ちょっと考えにくいような存在です。
 ただ、児玉家のシェイクスピアコレクションは明星大学のそれとの区分が時期的にも内容的にも難しいし、粉川氏の場合も書籍が増えていったのはむしろ法人化の後だったと記念館の方に伺っているので、共に収集のあきらかな主体ではあっても、厳密な意味での個人蔵書とは言えないかもしれません。

 

 

 尚、東京ゲーテ記念館の方からは管理人ぶしつけなメールに詳細な解答を頂きました。

 

 

 

分野別は目次だけ作っておきます。完成しているのは社史と医薬・本草書、シェイクスピア・ゲーテの三頁のみです。

 

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