蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[101] 現代日本の蔵書家たち 本棚はいくつありますか?

 「主題補正 鏡像フーガ」で、反町茂雄の記述の流れに乗りつつ、1970年頃までたどって来たので、それ以降現在までの日本の蔵書家たちの話をもう先にやっちゃいましょう。
 前回までは稀覯本のコレクターが主でしたが、ここからは普通の新刊書などの雑本コレクターが中心になってきます。なので、これまでよりぐっと肩の力を抜いて適当にしゃべっていきます。

 普通本棚には200冊本が入ると言われてます。薄い文庫本ならもっと入るだろうし、逆に「ハリソン内科」だのエスコフィエの「フランス料理」だのそういう分厚い本なら少ししか入らない。これは本棚の大きさにもよります。
 ただ、仮に200で数えてみて、一万冊なら50本必要です。家に本棚が50本もある人はそうそういないだろうから、ここら辺からがいっぱしの堂々たる蔵書家だとひとまずおいてみます。
 ということで、その一万ぐらいからを基準にしてこれから蔵書家たちを紹介していきましょう。

 だいたい本なんかたくさんあったっていいことなんかありはしません。

 財界を代表する蔵書家とされた平岩外四は、ずっと東電の社宅に住んでて三万冊以上も集めたものだから、家の根板が傾きました。米澤嘉博の場合はたしかアパートだったので下の部屋の戸が開かなくなって大家さんに追い出されてます。
 いわゆる「床が抜けた」エピソードは串田孫一にもありますが、やはり一番有名なのは井上ひさしでしょう。しばらく前から部屋でなにかギギギギという音が気になっていて「虫でもいるのかな」と思ってたら、ある日新しく買ってきた本を部屋にドサッと置いた瞬間、それで床が抜けた、という豪快な話ですね。
 本が焼けたというエピソードも多く、まず戦災で焼けた人として植草甚一、北川冬彦、中島河太郎。以前の項で触れた林羅山も晩年になって蔵書が灰になって、おそらくそのショックでなくなってます。家康、秀忠、家光、家綱と四代にわたって侍講を務めてきてかなり高齢だったはずなので自在に巻物とか読めないはずなんですけど。
 欧米で似たパターンはローマ史家のモムゼンで、四万冊の蔵書の多くを灰にしました。プロイセンアカデミー終身書記というアカデミズムの頂点にいる立場も羅山とよく似ています。しかし周囲の協力で再建してまた増やしてゆくんですが、再度火災にあいこともあろうに今度は自分にその火が燃え移って焼死してしまいました。モムゼンは古代史以外何も知らない人だったという評もあり、そうなると蔵書はほとんどその関係ばかりの筈で、それが四万冊となると世界に一冊しかないような珍籍も多かったのではと思われます。
 じっさい蔵書と共に焼け死んだ人は日本にもいて、農民史の革新者だった古島敏雄教授がそうなんです。古島さんの問題提起は安良城盛昭に引き継がれて戦後の近世史を大きく変えるんですが、御本人は貴重な資料と共に灰になられました。その他、我が国最大のフィルムコレクターだった杉本五郎も失火で膨大な貸本漫画を失っているし、安田善次郎の巨大なコレクションの消失を頂点とした焼失の被害を語ってたらきりがありませんね。。
 もうひとつ、本による大きな災難は、家族が嫌がることです。本来自分たちに向けられるべき関心が本に向かってるという認識があるので元々あまり面白く思っていないところへ、書斎・書庫から廊下へはみ出し、居間・食堂・玄関先・トイレにまで進出し、「お前の部屋にも置かせてくれ」ではこれは怒るのが当たり前ですね。コレクションの形成にかなりのお金を費やしたのに、没後、家族が「価値をゆっくり査定して時期を考慮して売ろうかな」とはならないで、「みんなまとめて持ってってくれ」となるのはそのためでしょう。
 それではなぜ人は本を集めるのか? 以下で紹介してゆくのは、今度のはそんなに昔の人じゃなくてせいぜい1970頃には生きてた現代人ばかりです。その人生をみてゆけばえがあるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

総目次
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
Θ カーテンコール 
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