蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[104] 現代日本の蔵書家たち2 二万クラスのひとたち

★関谷「じゃ今日は2万冊越えの蔵書家を」

☆梅本「富永正一 (Tominaga Shoichi)っていうブロガーが2万冊あるらしいです。未読王(Midokuou)っていう名古屋のブロガーも2万冊。清水有高(Shimizu Yukou)っていう速読コーチも2万冊を謳ってます。
    それと作家の日垣隆 (HigakiTakashi 1958-)って人。蔵書2万冊で本棚が百本あるそうです」

★関谷「もっと有名どころでは?」

☆梅本「その言い方は日垣さんにかなり失礼ですけど、ムツゴロウ・・・・畑正憲 (Hata Masanori 1935-)がやっぱり2万冊。水上勉さん (Mizukami Tsutomu 1919-2004)も2万冊です。これくらい有名な作家さんなら文句ないですよね?
    水上勉のように国民的に名前が通った作家の場合、死んだら必ず記念館が立ちますから、生前の蔵書などはそこで保管されることが多いです。大佛次郎や司馬遼太郎もそうでした。」

★関谷「こういうのが本にとっては一番幸せなパターンなのかな?」

☆梅本「閨秀作家の代表格の円地文子さんも、戦前に家に2,3万あったんだけど空襲で全部焼けたので、今は『本はもういい』って70年代に言ってました。でもこれはご主人の円地与四松さんが本好きだったためで、蔵書家で有名な文子さんのお父さんの上田万年が亡くなった時も『おまえ、お父さんの本をもらって来い』とか言われたそうです。だから円地夫妻(Enchi Fumiko 1905-1986 Enchi Yoshimatsu 1895-1972)としてこのコーナーに置いときます。
    それと・・・だいぶ前に亡くなった評論家の加藤周一 (Kato Shuichi 1919-2008)がやっぱり2万冊・・・」

★関谷「加藤周一ぐらい論域が広ければそれぐらいあってもまあおかしくないね」

☆梅本「それと下村寅太郎 (Shimomura Torataro 1902-1995)さんは・・・ これがちょっと面白いんです。洋書が一万冊、和書が一万冊で計二万冊なんですが、洋書一万冊は関東学院大学に寄付、和書一万冊は関西学院大学に寄付です。」

★関谷「ほぉー。スッキリしてるというかハッキリしてて分かりやすいね。この人は西田幾多郎門下で京都学派の長老なんだけど、あのややこしい理屈をこねくり回すグループの中で、ルネサンス文化史とか、書く本も割とわかりやすい人ですよ」

☆梅本「えーと金田一春彦さん (Kindaichi Haruhiko 1913-2004)なんですが、この方も2万冊です。これはお父様の金田一京助の蔵書も引き継いでたのかしら?」

★関谷「お父さんは辞書の編纂者としてやたら名前貸してた人だからかなりお金もあったんじゃないかな?」

☆梅本「ええ息子さんも有名だけどお父さんはもっと有名ですよね。特に中高年にとっては。
    他にこの2万クラスには、老荘思想が専門の福永光司さん (Fukunaga Koji 1918-2001)とか、イギリス経済史の水田洋さん (Mizuta Hiroshi 1919-)、インドシナ史の泰斗山本達郎さん (Yamoto Tatsuro -)なんかがいます」

★関谷「水田さんはホッブスとかアダムスミスを翻訳してる人だよね?」

☆梅本「ええ まだご存命中です。今99歳ですって」

★関谷「山本さんは『平成』って元号考案した人だったな たしか戦災にもあってたって聞いたけど?」

☆梅本「ええ、戦前の本は全部それで焼けてます。また新たに集め始めて2万に達したんです。先を続けます。まず有沢広巳(Arisawa Hiromi 1896-1988)。労農派の経済学者で高度成長期のイデオローグ。この2万冊は珍しく中国科学院に寄付されてます。日本近世史の泰斗、小葉田淳先生 (Kbata atsushi 1905-2001)も2万冊です。うち雑誌が9400冊です。」

★関谷「あの・・・閲覧者の方も一応わかってると思うんだけど・・・学者の蔵書における雑誌というのは専門的な学術誌であって、週刊文春とか婦人画報とかじゃないからな」

☆梅本「そんなの当り前ですよ。でも作家の蔵書における「雑誌」の場合は、基本はやはり文芸誌なんですけどそういうものも結構あったりするんです。だから要注意です。
    さて、あと2万クラスは昭和を代表する経済評論家の高橋亀吉(Takahashi Kamekichi 1891-1994)・・・」

★関谷「仲の良かった小汀利得は稀覯本の大コレクターとして鳴らしたけど、高橋さんのは専門分野中心の収集なんだね。このコーナーに置かれるぐらいだから」

☆梅本「これは単行本・資料を合わせた数字です。一、二の財閥関係者の援助もあったそうですね。
    伊藤忠の調査部長だった三輪裕範さん (Miwa Yasunori 1957-)も2万冊。この人いろいろ著書も多いです。あと日弁連会長の和島岩吉 (Wajima Iwakichi 1905-1990)も2万ぐらい。財界人では資生堂会長の福原義春 (Fukuhara Yoshiharu 1931-)がオフィスに1000冊と自宅に2万冊。

2万クラスはあと、食べ物関係のうんちくで最近テレビに出てる小泉武夫 (Koizumi Takeo 1943-)って人もです。書評家では川出正樹(Kawade Masaki)さんと大矢博子(Ooya Hiroko 1964-)も2万ありました。

クラシック評論家の中川右介(Nakagawa Yuusuke 1960-)さんも2万です。作家の南條範夫(Nanjho Norio 1908-2004)も2万数千冊あったそうなんだけど、これは1978年の情報だから亡くなる前にはもっと増えてるでしょうね。

トドメは山下武(Yamashita Takeshi 1926-2009)って演芸番組のプロデューサーの方がやっぱり2万冊。愛書家の団体を組織して会長に収まったり著書も多く、没後の競売では一般人として破格の値段が付いたそうです。ちなみに柳家金語楼の息子ですこのひと。」

★関谷「学者ばかり続いてると思ってたら、急にいろんな業界の人が出てくると混乱するな・・・」

☆梅本「混乱されてるところにこういう話を持ち出して恐縮なんですけど・・・ブラジルに住んでる日系人でバーのマダムがいるんです。その人が日系人のための図書館を作ろうとした時、ノンフィクションライターの沢木耕太郎 (Sawaki Kotaro 1943-)さんが蔵書2万冊を寄付して協力したって話もありますね。寄付する分でそれぐらいだから実際はもっと上でしょうけど、とりあえずこのクラスに置いときます。」

★関谷「ルポライターだから執筆のために使った後で要らなくなった資料が沢山あったのかな?」

☆梅本「こういう寄付の話だったら、政府の同和対策協議会の会長だった磯村英一 (Isomura Eiichi 1903-1947)が同和関連文献2万冊を関係する団体へ寄付しています。同和文献では最大のコレクションだったそうです。」

★関谷「磯村英一はホントはもっと多いだろう。なんでも家が本だらけだったんで、都市問題関係と同和関係以外の本を全部大学に寄付したんだそうだ。残った半分の同和文献だけでこんなにあるという事はだ・・・」

☆梅本「そうですね。都市問題関係も相当なものでしょうね。ところで次の方なんですが・・・」

★関谷「次の方?」

☆梅本「荒木精之 (Araki Seishi 1907-1981)さんです。本と雑誌で2万783」

★関谷「これは一体誰? ひょっとしてまた地方の名士?」

☆梅本「熊本の地方文化人で小説家で思想家だそうです。私も恥ずかしながらこの方は全く存じ上げませんでした」

★関谷「熊本では有名な人なんだね。」

☆梅本「伊賀市在住の水墨画家の穐月明(Akizuki Akira 1929-2017)さんも2万冊を伊賀市に寄付してます。評価額2億五千万の古美術品や、茶室とその土地も一緒に寄付されました。
    それと関西大学教授の廣瀬捨三(Hirose Sutezo 1911-2002)さん。2万1千冊の洋装本がありますが、貴重なのは国書(1685冊)と漢籍(1137冊)洋書(818冊)の方でしょうね。専門は英文学なんだけど、書物コレクターとしては古典籍の方に重心があって、そごう百貨店の古書展で万葉写本を発掘した武勇伝で有名です。全部関大に寄付です。
    近世演劇史の鳥越文蔵(Torigoe Bunzo 1928- )さんも佐渡の図書館に2万冊を寄付です。」

★関谷「なんだって、わざわざ佐渡の図書館に?」
☆梅本「これは教え子が町おこししようとしてるのに協力したらしいですね」

★関谷「もうちょっと上いって二万五千ぐらいの人は?」

☆梅本「えーと・・・ プログラマの小飼弾 (Kogai Dan 1969-)に・・・ 岩波書店の大物編集者だった布川角左衛門(Nunokawa Kakuzaemon 1901-1996)に・・・ それと・・・」

★関谷「布川さんは出版図書館を計画してて、それも出版関係の文献ばかりだから純然たる個人蔵書とは違うかもしれんね。それとあと一人誰?」

☆梅本「日本中世史の最高権威だった石井進教授 (Ishii Susumu 1931-2001)」

★関谷「案外早く死んだ人だね。こういう人は専門の本はみんな研究室にあるから、自宅のはそれを離れて知識を広げていくための・・・」

☆梅本「専門以外に何でも知ってるタイプ。丸山眞男とかそうですもんね。
    ただ、中国文学の吉川幸次郎さん (Yoshikawa Kojiro 1904-1980)がやっぱり2万4千ぐらいあるんですが、これなんかどうなんでしょうね? 」

★関谷「これは文庫に寄付のパターンだから漢籍ギッシリじゃないの? よく分からないけど」

☆梅本「つぎにまた地方の方です。九州の日本史学者に檜垣元吉(Higaki Motokichi 1906-1988)って言う人がいて和本2700冊、洋装本約2万冊、雑誌200種など概算で2万5千ぐらいじゃないでしょうか。
    この方の凄いのは他に中世から近代までの古文書が約3万点もある事です。当サイトは古文書はカウントしませんが実質的には5万クラスの人ですね。九州を中心とする歴史総合資料群の檜垣文庫は九州大学の誇る大型コレクションなんです」

★関谷「地方の大学にもこういうスケールの大きな蒐集があるんだね」

 


☆梅本「ここでお一人変わったタイプの人を挙げますと、装填家の真田幸治(Sanada Kouji -)さんですね。小村雪岱の研究では第一人者です。」
★関谷「小村雪岱?」
☆梅本「蔵書の九割が小村雪岱研究のためのものらしいです」
★関谷「小村雪岱っていったい誰?」
☆梅本「真田さんは『小村雪岱研究』という同人誌も発行されています」
★関谷「だから小村雪岱って誰なんだ?」

 


☆梅本「あと松原隆一郎(Matsubara Ryuichiro 1956-)っていう経済学者がもとは2万冊あったんだけど、1万冊入るおしゃれな書庫を新築して、そのために蔵書を絞ったそうです。」

 

★関谷「ほんとだ。『書庫を建てる』って本が出てる。確かにおしゃれだな」

☆梅本「コンパクトにまとまった良い書庫ですよね」

★関谷「こういうコンパクトな書庫は昔三宅雪嶺も作ってたよね。本が溢れてる人なら皆欲しいだろうな・・・」


☆梅本「次はよく日テレに出てニュースの解説してる橋本五郎(Hashimoto Goro 1946-)さんです。2万冊の蔵書を寄贈して文庫を作られました。これは寄贈した分だけですから実数はもっとだと思います。この人の場合、多くを古本屋で買って5円でも10円でも安く買おうと足を棒のようにして回って、それでも給料の3分の1は家賃、3分の1は食費・衣料費、3分の1は本代という割合だったそうです。」
    
★関谷「読売の記者ならかなりの高給取りだろう?」

☆梅本「いくら高給でもサラリーマンで万クラスまで集めた人はみんなそんな感じですよ」

★関谷「そこまで金を注ぎ込んで、前回の桑原武夫みたいに引き取ってもらう時はクズ値か、捨てられてしまう。これが株や不動産なら値上がりして、それまでも配当や家賃収入を産んだり・・・」

☆梅本「ええ、8年ほど前にSF作家の堺三保(Sakai mitsuyasu 1963-)さんがやはり2万冊の蔵書を古本屋に引き取ってもらったんですけど、その時の買い取り額が50万円ほどでした。」

★関谷「50万か・・・ 集めるにはどれぐらいの金がかかった事か・・・」

☆梅本「プロの作家さんだけあって蔵書の内容は古書店側からも一応評価されてたそうです。でもSFやミステリーの文庫本が中心なのでそんなもんでしょう。
    2万クラスではエッセイストの目黒孝二(Meguro Koji 1946-)さんも、以前それぐらい処分した時は60万円ぐらいだったんだけど、その時古本屋に『学者の蔵書でこれぐらいの量なら、この十倍の値段になるんですけど』とか言われたそうです。
    ちなみに目黒さんの2万冊ってのは30年以上前に数えたっきりで、そのあと何回か本を処分してるので、実数はもっと上でしょうね。『本の雑誌』をやってた人だから」

★関谷「まだ学者の蔵書なら2万冊で500万いくわけか・・・ やっぱり学術書は値が張るんだね。サンリオSF文庫なんかじゃいくらレアアイテムがあっても」

☆梅本「レアアイテムという時点で、数が少ないわけだからごく一部なんです。コレクションのうちに何百冊もあるわけじゃありません。


    ところで、そういう雑本の類じゃなくて、評価額2億の蔵書ですら今の図書館は引き取らないんですよ。
    大河内暁男(Okouchi Akio)さんも本の量自体は同じ2万クラスですが評価額は全然違います。でもこの方は本を処分するのにいろいろ揉めた人です。東京大学の経済学部長で、その蔵書は同じ経済学者のお父上のものを引き継がれていました」

★関谷「父親は東大総長だった大河内一男でしょ。社会政策史の権威の。この人の岩波新書の『黎明期の日本労働運動』『暗い谷間の労働運動』『戦後日本の労働運動』の三部作は日本の労働運動史のスタンダードだったよな」

☆梅本「息子の暁男さんは経営史が専門です。でも、親子二代の蔵書を日本女子大に寄贈しようとしたけど上手くいかず、そのあと大東文化大にも蹴られて、ご本人はお腹立ちだったようです」

★関谷「収蔵スペースの問題はともかくとして、『データ入力に人件費がかかりますから』とか言われちゃうと、腹も立つだろう」

☆梅本「現代の図書館は定められた予算の中で、自ら設定した集書プランに従って本を収集し、その管理に必要な分だけの人員を配置してるんです。趣味でやってるわけじゃありませんよ。人を増やしたり残業代を払うのは、図書館側の負担です。」

★関谷「ビジネスライクになると、万事融通が利かなくなるもんだね」

☆梅本「大河内先生も『ワタシの本を受け入れるために専用の建物を建てなさい』とか言うから、また揉めるんですよ。
    とにかく大河内家二代の蔵書には貴重書が多くスミス国富論のコレクションをはじめ、今日では手に入らない19世紀の経済学書が多数なので、結局大東文化大が関係を修復して受け入れる事になりました。建物新設の件は通りませんでした。
    書庫に入った大東文化大図書館の人によると『大河内家社会科学80年の歴史が凝縮されている書庫は薄暗く迫力があった』って。 この書庫も満杯で入りきれないため大河内家では他でも3割ほど保管してたそうです」


★関谷「こういうのはホントなんとかならんのかね」
☆梅本「同じ東大教授の並木頼寿(Namiki yorihisa 1948-2009)さんの場合、没後に2万冊が上海の復旦大学に寄贈されましたね」

★関谷「海外の大学なら日本語書籍は貴重なのでまだ喜んで受け入れてくれるというわけか。 そういうやり方もアリという事だな。たしか安岡正篤も中国の大学へ寄付してた」
☆梅本「家永三郎さんもそうですね。
    明治時代にノルデンショルドが日本で買って帰った数千冊が、向こうでは日本の数少ない情報源として結構重宝されてたって話もありました」

★関谷「しかし、本を処分するのにわざわざ海外までって、今はそこまでしなきゃいかんのかね・・・」

 

☆梅本「本の価値って色々ですね。同じ2万冊でもそれが50万円だったり、500万円だったり、2億円だったり・・・ たしか、王侯君主以外では最大の稀書コレクターだったJPモルガンもやっぱり集めたのは同じ2万冊ぐらいなんですよ。だけど、評価額は100億を遥かに超えます」

★関谷「そんなになるの?」

★梅本「でも、これは貨幣価値は現在に換算済みだけど、その間の古書価格の高騰は考慮していない数字です。ギネス記録のウィリアムHシャイデって人は2500冊の蔵書が350億に評価されています。でもモルガンのコレクションが今売りに出されたらそれを上回るかもしれません」

★関谷「日本でも凄いのがあったろう? 京都の小川家が国宝4点と11点の重要文化財その他色々をまとめて処分した時、総額で40億いったって。」

☆梅本「あれは国が買い上げた分ですね。 
    結局、本の価値っていうのは、お金に換算できない自分だけの価値なんですよ。」

★関谷「昨日の桑原武夫の話に戻ると、捨てられた桑原さんの一万冊っていうのは多分雑本が多かったんだろうと思う。別に京大に千冊寄付してるんだから。おそらくそっちが専門的に貴重なものだ。
    つまり寄付は寄付でも『俺という人物を形成した精神的バックボーンはこういう本だったんだぜ』って類の寄付であって・・・」

☆梅本「井上ひさしの『俺の蔵書全部まとめて引き受けろ』ってのもその匂いがします。でもそうなると、あんたゲーテですか?デカルトですか?って話ですよね」

★関谷「捨てられたのが『桑原武夫の本』ってのがこの問題の微妙なとこなんだと思う。
    桑原さんっていうのは京大の教授で専門はフランス文学なんだけど、むしろ学際的な活動で知られたマスコミ文化人の走りみたいな人で、そっちで有名だった。
    彼の若い頃、田辺元や内藤湖南は京大の中では神様的存在だったが、一歩門の外へ出て、例えば北陸の温泉へ一泊旅行に出かけてみて、そこの仲居のおばちゃんに聞いてもたぶん全然知らない。
    そこへいくと、今の自分は何か問題が起こるとすぐマスメディアが意見を伺いに来たりして世間的認知は彼らよりもはるかに上になってるわけだ。自分が何か途方もない大人物になった様な錯覚を抱いたんじゃなかろうか? こんな時代は今までなかったからな。」

☆梅本「大衆を啓蒙するために学者を動員した戦後民主主義の全盛期はそんな感じでしたね。その後、同じような人が祭り上げられては忘れられ、ってパターンを繰り返してるので、『ああ こんなものか』ってみんな分かってきて、今はそういう錯覚をいだく人は少なくなりました」

★関谷「よほどの大学者か大芸術家ならともかく、そこまであんたのことを知りたいかっていうと・・・」

☆梅本「今は研究者が溢れてるのでスキマ産業的な発想から調べようとする人もいるかもしれません。それなら簡単な蔵書目録だけで足ります」

★関谷「人が死んだら、その人間の世界も同時に消えるんだ。普通の人は死んで五年もたったら覚えてるのは家族だけだよ。」

 

☆梅本「この世の中、人よりものを知ってても、気味悪がられるだけで出世には結びつかないし、ものを知れば知るほど、他人と意気投合できる回数も減っていきます。」

★関谷「学者や作家や編集者みたいに情報を仕事に結び付けられる職種でもない限り、いわゆる大きな凄い書斎ってのが、最近なにか阿片窟にみえて仕方がないんだよ・・・」

 

 

☆梅本「さあ、そういう危険思想は忘れて蔵書家の紹介に戻りましょう。

    戦後を代表する考古学者の末永雅雄先生 (Suenaga Masao 1897-1991)ですが、この方も2万5千ありました。ただ内訳をみると発掘報告が3000あって、逐次刊行物が1万1750なんです。」

★関谷「逐次刊行物はともかく、発掘報告まで蔵書に入れていいのかって問題だな。これは資料といった方がいいかもしれませんね」

☆梅本「うーん、発掘報告抜きでも2万は越えてる人なんで一応このページで紹介しておきます。えー引き続き先へ進めます。2万台も後半にさしかかります。
    ハンガリー文学者の徳永康元 (Tokunaga Yasumoto 1912-2003)という人が2万~3万と言われてるんですが、もうちょっとはっきりした数になると、吉田精一 (Yoshida Seiichi 1908-1984)が文庫に本雑誌など27,354点を寄付してます。ただ吉田さんの本は大妻女子大にも行ってるので併せたら3万越えるかもしれません。」

★関谷「小梛精以知によると、吉田精一と成瀬正勝と広田栄太郎の三人は昔神田で三羽烏と言われてたそうだ。古書展の後にこの三人が大量の獲物を抱えてきて喫茶店で見せ合ってる姿はかなり人目についたらしい」

☆梅本「その成瀬正勝(Naruse Masakatsu 1906-1973)さんも明治村に寄贈された2万冊が残ってるので、このクラスになりますね。この人は戦争で膨大な蔵書が焼けてます。そこからまた集め始めて2万に達しました。最後の広田さんも大コレクターらしいんだけど、本がどこ行ったのか今ちょっと分からりません」

★関谷「3人とも近代文学研究の草分け的存在だ。明治以後の日本文学の研究者は星の数ほどいるけど、学士院の会員に選ばれたのは吉田精一だけじゃなかったかな。」

☆梅本「ところで、そういう偉い人とは別にこんな人もいるんです。城市郎さん (Jhou Ichiro 1922-2016)。発禁本の巨大な蒐集を作りました。数は2万台の後半ぐらいといわれてます。」

★関谷「城さんはこの分野のまさに第一人者だよな。同じ発禁本コレクターではもうちょっと昔に斎藤昌三がいたよね。また城市郎の跡を継ぐ存在としては鈴木敏文とか・・・」

☆梅本「ホント、 いやらしい人はいつの時代にもいますね。
    さあ今日最後の人です。マルクス主義哲学者の古在由重さん (Kozai Yoshisige 1901-1990)で、2万8865冊です。これはもう3万に近いです。」

★関谷「古在さんの岩波文庫「ドイツイデオロギー」は名訳だったな。」

☆梅本「今回、2万クラスで紹介した蔵書家の方は計48名でした。」

 

 

 

総目次
 
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書
 

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
 
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
 
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
 
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ
 

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
 
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
 
Θ カーテンコール 
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④


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  1. 総目次 2019/5/9更新 – 蔵書家たちの黄昏
  2. [116] Twilight of the Book Collectors – 蔵書家たちの黄昏
  3. [13] 鏡像フーガ8 昭和期の蔵書家 (1970年頃まで) – 蔵書家たちの黄昏
  4. 総目次  11/25更新 – 蔵書家たちの黄昏
  5. [10] 鏡像フーガ5 明治大正期の蔵書家 – 蔵書家たちの黄昏
  6. [15] 鏡像フーガ10 すべては図書館の中へ – 蔵書家たちの黄昏
  7. [102] 現代日本の蔵書家たち0 プロローグ – 蔵書家たちの黄昏
  8. [103] 現代日本の蔵書家たち1 一万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  9. [109] 現代日本の蔵書家7 七万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  10. [110] 現代日本の蔵書家8 八万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  11. [111] 現代日本の蔵書家9 九万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  12. [112] 現代日本の蔵書家10 十万越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  13. [120] 現代欧米の蔵書家たち 30000クラス,40000クラス,50000クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  14. [124]  現代欧米の蔵書家たち エピローグ1 – 蔵書家たちの黄昏
  15. [125] 現代欧米の蔵書家たち エピローグ2 – 蔵書家たちの黄昏
  16. [300] 主題回帰 反町茂雄によるテーマ – 蔵書家たちの黄昏
  17. [4] 反町茂雄によるテーマ その3 – 蔵書家たちの黄昏
  18. [5] 反町茂雄によるテーマ その4  – 蔵書家たちの黄昏
  19. [201] 古代の蔵書家 オリエント – 蔵書家たちの黄昏
  20. [202] 古代の蔵書家 ギリシア – 蔵書家たちの黄昏
  21. [203] 古代の蔵書家 ヘレニズム – 蔵書家たちの黄昏
  22. [7] 鏡像フーガ2 蒐集のはじめ – 蔵書家たちの黄昏
  23. [113] 現代日本の蔵書家11 十五万越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  24. [205] 中世の蔵書家 5, 6, 7, 8c – 蔵書家たちの黄昏
  25. [207]中世の蔵書家たち 11 12c – 蔵書家たちの黄昏
  26. [8] 鏡像フーガ3 大名たち – 蔵書家たちの黄昏
  27. [9] 鏡像フーガ4 江戸の蔵書家  蔵書家たちが交流をはじめる – 蔵書家たちの黄昏
  28. [12] 鏡像フーガ7 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する – 蔵書家たちの黄昏
  29. [108] 現代日本の蔵書家6 六万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  30. [115] 現代日本の蔵書家∞ エピローグ – 蔵書家たちの黄昏
  31. [204] 古代の蔵書家 ローマ – 蔵書家たちの黄昏
  32. [210] イスラムの蔵書家たち バグダッド – 蔵書家たちの黄昏
  33. [211] イスラムの蔵書家たち カイロ – 蔵書家たちの黄昏
  34. [208]中世の蔵書家たち 13,14c – 蔵書家たちの黄昏
  35. Grolier, De Thou, Mazarin, Colbert – 蔵書家たちの黄昏
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