蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

ジャンル別蔵書家12 [ミステリ・推理小説・探偵小説 Detective fiction]

[ミステリ・推理小説・探偵小説 Detective fiction]

 

 この分野でも、まずアメリカにおける草分け的な収集家から始めましょう。

  エイドリアン・ゴールドストーン Adrian H Goldstone 1897-1977
 カリフォルニア州モントレー出身。彼は一般的にはスタインベックのコレクターとして知られるが、他にアーサー・マッケンやシンクレア・ルイス、ヘミングウェイも集めた。テキサス大学からはスタインベックとアーサー・マッケンの書誌が出版されている。自らの蔵書をもとに編んだスタインベックの書誌はとりわけ評価が高い。
 彼はこのような「純文学」以外にも、ミステリや探偵小説の蒐集もあり、そちらの目録として”The Adrian H. Goldstone Collection of Mystery and Detective Fiction”がある。

 

 

  E.T.ガイモン Edward Tyndal Guymon, Jr 1900-1983
 カンザス州に生まれサンディエゴで成功した不動産業者である。カリフォルニア南部でその一生を過ごした。
 エドワード・ニュートンの本を読んで、1920年代から英米文学の初版収集をはじめたが、しかしすぐに方向転換し、1930年代半ばから探偵小説の収集へ向かった。当初はポーやドイルから始め、クリスティ、ハメット、ドロシー・ステイヤーズへ向かった。ESガードナー、チャンドラー、クィーンの初版蒐集はとりわけ特筆される。
 それ以降半世紀の間に彼のコレクションは世界中の推理作家、書店、コレクターたちの間で知られるようになった。
 彼の収集活動を行うことによって、Rチャンドラー、Eクイーン、ヴィンセント・スターレットなどこの分野の主要作家たちと交際し、MWAからレイヴン賞も受けている。「蔵書家」というものの地位は日本とアメリカでは大違いなのである(勿論そのコレクションが他にかけがえのないものである事は条件だが)。
 彼のコレクションはいくつかの機関に分けて寄贈されている。
 まずこの大コレクターの作家、業者、他のコレクターとの幅広い交友関係を明らかにするのがガイモン探偵フィクトンコレクションである。これは1930年から1983年に渡る手紙、写真、記念品などで占められている。 ガイモンが晩年に収集した3000冊以上の本はブラウンポピュラーカルチャーライブラリーに保管されている。 それ以前に彼が収集した約15000冊は1960年代に母校オクシデンタルカレッジに寄贈された。  本と原稿の両方のコレクションは、未亡人からボーリンググリーン州立大学に寄贈された。
 ちなみに彼はSFのヒューゴー賞も受賞している。

 

□ フレデリック・ダネイ Frederick Dannay 1905-1982
  推理作家エラリー・クイーンは二人の人間の共同名義。本格推理のプロットを作るのは彼の方で、もう一人は文章担当だった。
 エラリークイーンはアメリカ人作家としてはカーと並ぶ本格推理の雄だが、もう一つの顔として、その編纂にかかるミステリのアンソロジーの類は非常に多い。それだけにダネイは当時にあって推理小説コレクターとしても最大級の存在であった。(ここまでの個所はアメリカ篇からの転載です)
 ちなみにフレデリック・ダネイというのもペンネームであり、本名はダニエル・ネイサン (Daniel Nathan)という。相方のマンフレッド・リーの本名はマンフォード・エマニュエル・レポフスキー (Manford Emanuel Lepofsky)である。
 この大推理作家は本国より日本での方が評価が高い。日本ではいまだに本格推理に対する信仰が根強いのに比べ、アメリカはどちらかというと変格モノの方に人気が集まるからである。よく推理小説の歴代ベストテンなどの企画をすると日本では「Yの悲劇」が上位を争うのだがアメリカではそんなことはない。
 ダネイのミステリ蔵書は叔母から借りたホームズ本から始まった。1942年にはコレクションをもとに「The Detective Short Story: A Bibliography」という短編の目録を作っている(作者名をアルファベット順にしている)。彼の厖大な短編小説の蒐集はテキサス大学へ売却された。これらは自作の他、ポー、ドイル、トウェインなどの古典の初版から成る。ちなみに相方のリーの蔵書は1700冊ほどだそうである。
 30年代黄金期の推理小説の歴史は、上記のガイモンとダネイのコレクションによって大半がフォローされると言われている。

 

 

 以上のお三方はもう大昔の人たちでしたが、何とか存命中の方もお一人挙げておきます。

  アレン・J・ヒュービン Allen J. Hubin 1936-
 推理小説分野では戦後を代表する書誌学者の一人。本職は化学者である。60年代半ばから活動が盛んになり、同人誌「安楽椅子探偵」(TAD)を主宰した。
 評論家として特筆されるのは、1968年からNYタイムズの推理小説批評を担当した事である。(これはアンソニー・バウチャーの後継になる)
 1979年に、五万冊に上る厖大な蔵書をもとに自宅で発行した書誌「The Bibliography of Crime Fiction, 1749-1975」はそれまでで最も完璧な書誌と言われ、のちに増補も出た。この書誌の完成直後、彼は蔵書のうち二万数千冊を売却している。
 この大部の書誌が訳されないのは仕方がないとしても、檜舞台で活躍した人にもかかわらず著書の翻訳が一つもないのは少々不思議な気がする。

 

 

 

 

 日本からも草分け的な収集家をまずお二人。

□ 江戸川乱歩 Edogawa Rampo 1894-1965
 20000冊に及ぶ乱歩の収集は幻想文学が多かったといわれますが、本業の推理小説・探偵小説においても戦前から戦後にかけてわが国を代表する存在です。乱歩は雑誌を主宰したり各種ベストテンを選定したり、アメリカにおけるエラリー・クイーンにも似た活動で知られていて、豊富な蔵書はおそらくそのバックボーンになっていたのでしょう。
 目録として「幻影の蔵―江戸川乱歩探偵小説蔵書目録」が出ています。これにはCD-ROMも付属。応接間から「乱歩の蔵」へ至る写真が収録され、蔵書検索も出来てまるで乱歩の書斎にいるような気分になれるそうです。

□ 中島河太郎 Nakajima Kawataro 1917-1999
 わが国を代表するミステリ評論家だった中島河太郎氏。自身の蔵書30000冊をもとにミステリの専門図書館であるミステリー文学資料館を作り、みずから館長を務めていた。これはその後も他の人が引き継いで現在までやっています。

 

 

 現代のわが国のミステリ関係の蒐集家たちは、このジャンルが出版点数が非常に多く、その上安価な文庫本中心なので、所蔵数が相当な分量に上る人が多いです。
 いずれも 現代日本の蔵書家たち のコーナーで取り上げた人たちばかりなので再説しませんが、ミステリ以外のものも含むとはいえ皆さん凄い蔵書量です。島崎氏が30000冊、戸川氏が50000冊、森氏が100000冊、新保氏が60000冊、日下氏が100000冊、細谷氏が170000冊・・・・・
 一番多いのは森氏か日下氏あたりでは? (細谷氏は時代物やファンタジーにかなりの分量が割かれているようなので)

□ 島崎博 Shimazaki Hiroshi 1933-

□ 戸川安宣 Togawa Yasunobu 1947-

□ 森英俊 Mori Hidetoshi 1958-
□ 新保博久 Shinpo Hirohisa 1953-

□ 日下三蔵 Kusaka Sanzo 1968-
□ 細谷正充 Hosoya Masamitsu 1963-

 

 

 本編で触れていないコンプリーターお一人だけ項目を設けました。

  松坂健(Matsuzaka ken 1949-)
 本職は食品・サービス関係のジャーナリスト。主にミステリ雑誌のコンプリートで知られており、ミステリマガジン、EQ、マンハント、ヒッチコックマガジンは完揃。アメリカの同人誌アームチェア・ディテクティヴやデル・マップ・バックも完揃。さらに日本で刊行された翻訳ミステリは殆ど揃っているらしく、ポケミスなどももちろん完揃いだとの事。

 

 

 

 

[コナン・ドイル  Conan Doyle]

  J・ロイド・イートン J Lloyd Eaton 1902–1968 UCR図書館
 SFコレクターの章で解説する

  長沼弘毅 Naganuma Kouki 1906-1977 
 長沼弘毅氏は、官僚として大蔵次官まで歴任する傍ら、推理小説マニアで特にシャーロック・ホームズの概説・研究では先駆的な仕事を残したという異色の存在。管理人も結構この人の訳でクリスティを読んだ。
 彼の蔵書は大蔵省(現財務省)に寄贈され現在長沼弘毅記念文庫となっているが、ホームズ関係までその場所へ行ったのかよくわからない。

  北原尚彦 Kitahara Naohiko 1962-
 現在の日本における代表的なシャーロック・ホームズ研究者。「シャーロック・ホームズ事典」以来多くの著作を刊行している。
 ミステリー・SF関係の古書収集家としても著名で、なんと1200坪の書庫があるそうです。

 

[E・S・ガードナー Earl Stanley Gardner]

  E.T.ガイモン Edward Tyndal Guymon, Jr 1900-1983
 上記参照。初版本のコレクションは知られています。

 

[レイモンド・チャンドラー Raymond Chandler]

  E.T.ガイモン Edward Tyndal Guymon, Jr 1900-1983
 上記参照。上記同様に初版本蒐集で知られています

 

 

 

 

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