蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

ジャンル別蔵書家14 [児童書or絵本 Childbook or Picturebook]

[児童書or絵本 Childbook or Picturebook]

 

 児童書と絵本は重複する場合が多いので、一緒にまとめて置きました。
 だから今回の「絵本」というのは、挿絵付きの本全般の事ではなくて、あくまで児童書としての絵本です。(海千山千の大物が多い挿絵本のコレクターに関しては後で相当大きなぺージを設けなければなりません・・・)
 ではまず、欧州で最も有名なコレクションである英国のオズボーンコレクションから始めることとしましょう。

 

 エドガー・オズボーン Edgar Osborne 1890–1978

 16世紀以来の貴重な絵本の蒐集で知られるこの分野では世界を代表するコレクター。児童書の「オズボーンコレクション」はこの分野では広く知られている。
 オズボーンは地方の司書としては高名な存在で、その勤務期間にダービーシャーの図書サービスを飛躍的に拡大させた。公務を引退後もソールズベリー侯爵の司書を務め、その三万冊の蔵書を管理している。のちにトロント公共図書館の顧問に任命された。
 自らのコレクションに関してはカタログを編纂している(オズボーンカタログ)。彼の収集活動は妻とともに行っており、1946年に最初の妻が死去した時点で1800冊の本があった。
 オズボーンはコレクションの恒久的な保管場所を求めてイギリス国内の図書館に接触したが、カタログ通りに収納陳列される事に彼が拘ったため話がまとまらず、結局トロントの図書館に寄贈することになった。オズボーンはその後もコレクションに追加し続け、没年には約12000冊を数えた。その後も図書館のコレクションは拡張し続け、2013年には80000冊に達した。

 

 

 

 次に、アメリカを代表する五名の児童書コレクターを挙げておきます。
 アメリカにおける児童書蒐集は、ミネソタ大学図書館のカーラン文庫 と、インディアナ大学のリリー文庫 の二つがメッカ的存在です。共に以下に記した蔵書家のコレクションを軸に形成されています。 
 ミネソタ大学図書館はおそらく全米最大の児童書の蒐集になるんでしょうが、この図書館は、ここには挙げなかった大規模コレクションも所蔵しています。ジョージ・ヘス(George H Hess 1873-1954)によるダイムノヴェルとバルプマガジン(共に世界最大級のコレクション)、ジョン・フィリップ・ボーガー(John Philip Borger 1951-2019)による膨大なコミックがそれです。
 これらもやはり「子供の読む本」には違いないのですが、一般的な児童書とは少々毛色の違った書物であり、このブログでは別の項目を立てて記載する予定にしています。カーラン文庫はどうやら「子供の読む本」をかなり広く捉えているらしく、ある意味これは当サイトの方針よりも正しい見方かもしれません

 

 

 ウィルバー・マーシー・ストーン Wilbur Macey Stone 1862-1941
 エンジニアで弁理士。20世紀の初めには最もよく知られた児童書コレクター。コレクションは1500冊以内。

 

 エドガー・オッペンハイマー Edgar S Oppenheimer 1885-1959
 やはり20世紀に作られた児童図書の最大のプライベートコレクションの一つ。彼はドイツ本のコレクターでもあった。
 児童書の蒐集は、NYの Walter Schatzki や Michael Papantonio をはじめとする世界中の古書肆の助けを借りて成し遂げられた。「litlle goody two shose」の初版(1844)を所蔵する事でも知られた。モルガン図書館が児童書の展示を行ったときには100のレアブックを提供したという話もある。7000冊のコレクションは没後英米で競売にかけられた。

 

 エリザベス・バール Elisabeth Ball 1897-1982
 彼女が父と共に(後には一人で)集めた蔵書はアメリカにおける児童書のもっとも重要なコレクションと言われた。 児童書への興味は父のそれを引き継いだものであり、この父の蒐集もイギリスの著名コレクターからの買収などで形成されていた。
 コールデコット、グリーナウェイ、クレインなどの英国児童書がコレクションの中核を構成し、アメリカの児童書がそれに次ぐ。フランスとドイツの児童書はそれぞれ約680タイトルと200タイトルである。この他にも、スペイン語やオランダ語をはじめ12言語に渡る、
 時期的には16世紀から20世紀半ばまでに渡るが、重心は18世紀後半から19世紀初頭にある。彼女の蒐集にはかつてはありふれていたが現在は非常に珍しいものが多い。ニューベリー家が出版した120冊をはじめ、450社以上に渡る18世紀の出版社を含む
 コレクションはモルガン他、あちこちに分かれたが、8500冊はインディアナ大学のリリー図書館へ行った。通常の児童書以外にホーンブック、バトルドール、紙人形、ゲーム、玩具、可動本など関連する資料や、1223冊の原稿を含めると約1万点に及ぶ。
 インディアナ大学のリリー文庫は、1954年にジョサイア・リリー(Josiah K. Lilly 1893–1966)が自らのコレクションをもとに設立したものだが、児童書に関しては後から入ったエリザベス・バールのコレクションが量・質共にそれを圧倒してしまった。

 

 デ・アルテ・ウェルチ D`Alte A Welch(1907-1970)
 生物学者。英米の児童書では指導的な蔵書家の一人で他のコレクターとの盛んな通信の記録も残されている。上記のウィルバー・マーシー・ストーンに会いその書庫に入ったことが刺激になったという。
 1821年より以前のアメリカの児童書の目録.Welch, D’Alte A. A BIBLIOGRAPHY OF AMERICAN CHILDREN’S BOOKS PRINTED PRIOR TO 1821 を刊行した。こうした貢献により20世紀で最も重要な児童書コレクターという人もいる。彼は強盗の被害に遭い悲劇的な死を迎えている。

 

 アーヴィン・カーラン Dr.Irvin Kerlan 1912-1963
 ミネソタ大学にあるカーラン文庫はインディアナ大学のリリー図書館と併称される児童書の一大蒐集であるが、これらはアーヴィン・カーランの旧蔵書から成る。
 博士はワシントンの米国食品医薬品局の医学研究部門の責任者であり、毒物の権威だった。趣味で稀覯本を蒐集してゆく過程で、子供向けの本に転向する。後には、児童書の背景資料の収集にまで手を伸ばし、作家や挿絵画家を訪問したり手紙を書いたりしてオリジナル原稿やアートワーク、そして編集者や子供たちとの書簡までも蒐集した。
 コレクションの公開には積極的で、展示会を催したり、晩年母校と文庫設立に関する協議も行っていた。しかしわずか51歳で早世している。同文庫は現在100000冊以上の児童書のほか、1700人以上の作家や挿絵画家の資料を有する。

 

 こうした児童書に特化したコレクションではありませんが、この分野においても最も貴重なものを持っていたのは、おそらくA・S・ローゼンバッハやJ・P・モルガンだと思われます。
 今回はとりあえず英米から児童書で最も高名な六名だけを載せてみました。個別の作家や作品のコレクションではシンデレラ関連だけ置いておきます(ジュール・ヴェルヌはSFの項に置いてしまいました。この分野は、アリスはこの人とか、オズはこの人とかそういう特化型のコレクションが多いです。また後でゆっくり増補します)
 一方、フランスなんかでは20世紀中葉に至るまで児童書の蒐集はあまり盛んではなかったという話です。ミシェル・ヴォケールに「(ペローの童話を唯一の例外として)一世紀このかた大蔵書家の競売に子供本がみられたことはない」という言葉があり、英・独のように児童書を集める愛書家がフランスにいなかったのは、フランスの児童書の内容が教訓重視に偏りすぎ、集めるにふさわしい対象がなかった、という事らしいです。
 では最後に日本からもお二方を。

 

 川田雅直 Kawata Masanao 1966-
 川田雅直氏はプロダクトデザイナーで、アツギ株式会社のアートディレクターとして同社のクリエイティブを担当した。のち株式会社アトランスチャーチを設立。
 シンデレラをはじめ、白雪姫や眠れる森の美女、オズの魔法使いなど絵本コレクターとしても大きな存在である。ご本人は収集家気質らしくエリザベス女王戴冠式グッズや、国産の手巻き時計など、他にも色々。 とりわけシンデレラに関する本のコレクターとしては世界一ともいわれ、2018年にはギネス世界記録に認定された。シンデレラに関しては下記に項目を設けたのでそちらを参照。

 

 武井利喜(Takei Toshiki 1955-)
 妻は絵本作家のさとうわきこ氏。少年時代からの絵本愛好家で古書店を回ってヨーロッパの古い絵本を収集した。こうしたコレクションで1990年、長野県に「小さな絵本美術館」を設立して自ら館長を務めた。

 

 

 

[ホーンブック Hornbooks]

 ホーンブックというのは、一言でいうと、幼児のための板本です。表面に牛皮などが貼り付けられて、そこにアルファベットや数字、祈りなどが書かれています。
 主に15世紀から19世紀にかけてのイギリスで多く作られ、現在のコレクターの蒐集対象になっています。日本人には全くなじみのないタイプの本であり、持ち手のついたまな板にしか見えません。
 絶滅を危惧したアンドリュー・テュアーによる著書「ホーンブックの歴史」(History of the Horn-book)の出版により注目され、以後盛んにコレクションされるようになったとの事です。安価に誰でも作れるタイプの本なので偽物も多いそうです。
 一応、幼児の最初期の教育目的で使用されるため児童書のカテゴリに入るらしく、この分野のコレクターの名前を見ると児童書収集家と被っています。下に記した著名なホーンブック収集家五人のうち、四人は児童書の大コレクターとして既に上に記した人たちであり、残るGeorge A Plimtonも教科書のコレクターとして別項を立てる予定にしているので(確かにある意味これも教科書なんですね。ちなみに彼はアメリカ篇でも解説済です)プロフィール等の解説は省くことにしました。

  William Macey Stone
  Edgar S Oppenheimer
  Elisabeth Ball
  Irvin Kerlan
□     George A Plimpton 

 

 

 

 

[シンデレラ本 Cinderella] 

 川田雅直(Kawata Masanao 1966- )
 上記の絵本コレクターとして項目を設けているのでプロフィールはそちらを参照のこと。
 日本から世界最大のシンデレラコレクション|Largest collection of Cinderella memorabiliaとしてギネス記録に認定されたのが川田雅直氏(デザイナー)の30年に及ぶ収集で、計908点。絵本以外にレコード、フィルム、オブジェ、広告も含むのでシンデレラグッズのコレクションとしたほうが良いかもしれない。 認定の対象になったのは「シンデレラがタイトルに入ってるもの」だけでなので、それ以外のシンデレラ関連作品を含むと1200~1300点ともいわれる。
 100年前のシンデレラ絵本も何百冊もあるとの事だが、1900年に坪内逍遥が訳したというシンデレラでは、当時日本語に語彙のなかった「魔法使い」が「弁天様」と訳されてたりするらしい(逍遥先生はシェイクスピアでも「拙者は」「~でござる」とか完全に武家言葉で訳していて笑わせてくれます)。

 

 

 

 

 

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