蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

ジャンル別蔵書家19 [料理書・美食文献 Gastronomy,Cookbook]

[料理書・美食文献 Gastronomy,Cookbook]

 

 

 管理人の印象からいうと、料理本や美食文献を多く集める人は大体三パターンに分かれます。

 ① まず職業的な料理人です。これは実用的なレシピ中心であり量もそれほどではありません。欧米の書誌学の用語でいう「作業本」の類に属するもので、通常本の状態は非常に悪い。まあ、このタイプは本来「蔵書家」とは言えないのかもしれません。
   しかし湯木貞一氏ぐらいになるとそれなりのものは持っているはずだと思います。また高橋家や石井家の様に宮中や幕府の食を代々宰領してきた家になれば、代々伝わったきた文書はそのまま日本料理の最重要文献群と言ってもいいでしょう。

 ② 次に料理評論家、フードライターであり、こちらは文系の文学・アートから流れてくる芸術家肌の美食家が多いです。我が国を代表する料理評論家の辻静雄氏もこのタイプでした。

 ③ 最後は農学者です。特に発酵などを専門とする化学者が中心です。今の日本なら小泉武夫氏でしょうか。

 この分野でも一番組織的な蒐集を残すのは、おそらくこの最後のタイプでしょう。

 一方、昔から文人・作家で食べ物エッセイを書く人はよくいます。池波正太郎や阿川弘之のうんちくは有名だし、かの魯山人も文人肌の陶芸家でした。
 学者でも食に関する本を書いている人はそもそも文章自慢の人が多いんですが、そこはプロの作家、美味しいものを表現する力量から、この種の文章は非常によく読まれています。辻静雄の様に完全に料理専門家になってしまう人との違いは、一線を越えるか、一線を越えないかの違いだけかもしれません。
 中国篇で項目を設けた大蔵書家の袁枚も清代きっての詩人・文章家でした。しかし漢籍を奉じる文化のなくなった今の日本の読書人に比較的読まれているのは「隨園食単」ぐらいでしょうか。
 この書物は、様々な料理の説明にそのレシピが付属した内容です。但し、レシピの部分は至って簡単で、むしろこれは料理の説明の一部になっており、「これをみて作れ」と言われても困惑するような代物です。もちろん分量等の表示もない。
 袁枚は富裕な文人なのでおそらく自分で料理などはしない筈です。この本は清代の名店をあちこち食べ歩いた記録か、自邸の賄い人に取材した内容であって、作り方などは料理人に尋ねたものと思われます(あるいは書物からの知識か)。袁枚の蔵書は散逸しましたが、食関係のものがどの程度あったかは興味深いですね。

 このように袁枚の「随園食単」は、我が国の作家の書く食エッセイと同タイプの書物ですが、案の定この種の本は、プロの料理人からはあまり評判はよくありません(「申し訳ないがつまらないものが多い」by レイモン・オリヴェ) 。彼らに重くみられているのは、やはり同じ料理人の書いたものらしく、例えばエスコフィエの大著「フランス料理」を読むためにフランス語を一から勉強したなどという人も昔いたそうです。

 以上、なにかどうでもいい様な事ばかり書いてしまったきらいがあり、そろそろ、実際に料理書・美食文献を多く所蔵していた蔵書家の紹介に移りましょう。
 まずアメリカにおける20世紀前半の著名な食文献収集家としては、エリザベス・ペンネルとキャサリン・ビッティングの二人の存在が大きく、前者は②のアート評論家が料理にのめり込んできたパターン、後者は③の農学者(化学者)です。集めたものものも、前者は「料理本」というからおそらくレシピ集が中心だろうし、後者は「美食文献」というから文学者の料理に関するエッセイなども多く含んでいたのではないでしょうか? 
 共にワシントンの議会図書館に寄付されており、そこでは同じカテゴリーのものだと評価されたのか、二つのコレクションはキュレーターによって「ベアリング」されました。

 

≪英米≫

 

□ エリザベス・ペンネル Elizabeth Robins Pennell 1855-1936
 アメリカのフードライターのはしりの一人。料理人としてのプロフェッショナルな訓練を受けた人ではなく、芸術評論家から流れてきた人である。料理本コレクターとして当時を代表する存在だった。料理書は貴重な古書を含み1000冊以上を所有。彼女自らその目録も作り、これらは後に議会図書館の貴重書コレクションに入った。

 

□ キャサリン・ビッティング Katherine Golden Bitting 1869-1937
 農務省に勤務した農学者(化学者)。料理に関する古今の美食文献を収集した。写本時代の15世紀から20世紀までの4346巻の美食文学のコレクションは現在米国議会図書館の貴重書及び特別コレクション部門にある。
 議会図書館司書年次報告書(1940)によると、彼女は美食玩味や調理法にとどまらず、太古から現在に至る料理の歴史、食材の生産から化学的組成・発酵に至るまで、大量の資料を総合的かつ系統的に収集した。上記のE・ペンネルのそれと統合されたコレクションは議会図書館の誇る食の収集である。

 

 

 そして20世紀後半のアメリカからは、やはりジュリア・チャイルドの存在を挙げておきましょう。元OSS(CIAの前身)という特殊な経歴を持つ人で、フランス料理をアメリカに本格的に紹介しています。ただ料理専門家になるにあたっては、フランスの料理学校に入学して勉強したとの事です。

 もう一人、存命中の現役の人から挙げるとなると、イギリスのナイジェラ・ローソンが代表的な存在でしょう。ジュリア・チャイルド同様に英米ではテレビの料理番組でおなじみの人ですが(日本でも衛星で放映されてました)、こちらはジャーナリスト出身の食専門家です。
 ジュリア・チャイルドから、グラハム・カー、マーサ・スチュアートを経てナイジェラ・ローソンに至る米英の名物料理番組には日本で放送されたものもあります。管理人はグラハム・カーの「世界の料理ショー」が好きでした。「おい、スティーブ」とか言ってる一人芝居のやつです。

 

□ ジュリア・チャイルド Julia Child 1912–2004
 料理専門家。60年代のアメリカの食卓にフランス料理を大々的に紹介し、テレビの料理番組などで親しまれたが、もともとは情報機関勤務の人である。そのあと料理学校に入学して、という事らしい。収集はおよそ5000冊。日本でも自伝が翻訳されている。
 「いつだってボナペティ!-料理家ジュリア・チャイルド自伝」

 

  ナイジェラ・ローソン Nigella Lawson 1960- 
 やはりテレビの料理番組で著名な英国のフードライター。職業柄料理本のコレクションが6000冊もある。ただBSで放送されていた「ナイジェラの気軽にクッキング」を前にみたとき作り方がえらくガサツなのでまるで美味しそうに感じられなかった。邦訳著書はない。

 

 

 女性の蔵書家というのはもともとかなり少ないです。が、さすがにこの分野に限っては、英米から採り上げた上の四人は全員が女性でした。

 他に飲料関係では、世界的バーテンダーのデイル・デグロフ(Dale DeGroff 1948–)に古いカクテルのレシピを多く集めていたという話があります。もう一方の雄コリン・ピーター・フィールドも著書『リッツパリのカクテル物語』ではカクテルのレシピ本なら殆ど持ってるとか書いていたので、ある程度名の知れたバーテンダーなら先人の営為を知るため、この種の蔵書は多そうです。
 ちなみにデグロフの蔵書は John&Bonnie Boyd Hospitality&Culinary Library に入りました。アメリカにあるこの食品関係専門の図書館は11000冊もの料理本で溢れているらしく、これに関してはあとでまた増補する予定です。

 

 次に、本場フランスからレイモン・オリヴェを挙げておきます。戦後を代表する料理人の一人であり、国際的に著名な料理研究家です。

 

 

≪欧州≫

 

  レイモン・オリヴェ Reymond Oliver 1909-1990

 同じように西洋料理の古文献を集めていた辻静雄によれば「世界最高の料理本のコレクション」がこのレイモン・オリヴェの所有する蔵書であったという。
 オリヴェはパレ・ロワイヤルの三ツ星『ル・グラン・ヴェフール』シェフ兼オーナー。当時世界を代表するシェフの一人だった。顧客には親しかったジャン・コクトーをはじめ、チャーチル、アンドレ・マルロー、ヘンリー・フォード、デヴィッド・ロックフェラー、グレース・ケリーなど錚々たる名が並ぶ。万博の時には日本へも来ている。
 料理人として以上に料理評論家として高名な存在であり、フランスではTVの料理番組も主宰、ことに食に関する古い文献の収集で知られた。書斎には古今の料理に関する6000冊(Wikiでは3000冊になっているがオリヴェは自著でこう語っている)もの書物が並び、最古の資料は5000年前のアッシリアの粘土板にも遡る。コプト語のパピルスなどもあったという。
 ただ、プロの料理人であった彼自身の嗜好としては、インキュナプラや中世写本のような古すぎるものより、16、7世紀以降のガストロノミー文献の方を好んだようである。(これ以上古くなるとレシピの書き方に問題があってあまり役に立たないらしい。例外はタイユヴァンの「ヴィアンディエ」)
 オリヴェは著書も多く全部で30冊に上る。邦訳に大著「現代のフランス料理」「フランス食卓史」など。

 

 

 「料理書は消耗品である」と、レイモン・オリヴェは自著で語っています。実際ヨーロッパではこれらは調理器具の間に置かれ、汚れた手で触られ、ソースまみれになり、ページが切り取られて厨房に貼られる、といった命運をたどり、部数が多く出たものでもきれいな形で残るのはごく僅かです。デュクセル侯家の厨房長だったラ・ヴァレンヌの「フランス料理人」は17世紀から18世紀にかけて数千部も発行された当時のベストセラーでしたが、10部ほどしか現存しません。
 たしか蔵書家のミシェル・ヴォケールもカレームの「食卓の古典」について似たような事を書いてました。多くの料理人がこの本を片手に調理をしていたので、良好な状態のものは希少だと。

 ではそのミシェル・ヴォケールが著書「愛書趣味」で紹介していたフランスの料理に関する主要な目録を最後に2点紹介しておきましょう。
G・ヴィケール「美食文献目録」1890 G Vicaire
G・ヴィケール「十九世紀本愛好者の手引き」8巻 1894–1920 G Vicaire

 

 

 

 

≪日本≫

 

  辻静雄 Tuji Sizuo 1933-1993
 仏文出で読売新聞の記者だった辻静雄氏は辻調理師学校を開校してわが国を代表する料理研究家となった。多くの稀覯本を含む14〜20世紀のフランス料理文献など数千冊を蒐集している。 これらはのちに辻静雄料理教育研究所という辻調グループの研究所へ寄贈され、その15000冊に及ぶ蔵書の核になっている。
 辻静雄という人は専門のフランス料理以外あらゆる料理に造詣が深く、欧米における日本料理のスタンダードなテキスト「Japanese Cooking」の著者でもあった。また著名人を自宅に招いて自らの調理学校の教師の作った料理を饗するなどのプロモーション活動も現在では伝説であり、これは食事を供された幾人かの作家がエッセイに書いていた。

 

□ 小泉武夫 Koizumi Takeo 1943-
 小泉氏の蔵書は全体では2万という数に上るらしいがそのうち食関係がどのくらいになるかはよくわからない。東京農業大学名誉教授で発酵を専門とする学者であり「くさいはうまい」など著書は100冊を越える。管理人の読んだのは江戸時代の料亭百川に関するものだけである

 

 

 さて、日本からは、やはり料理専門家の辻静雄氏が西洋料理文献の収集に関しては代表的な存在とみなされており、まずこの人を挙げなければ、という感じです。

 ところで、辻氏がこの道に入るとき、当時アメリカを代表する料理研究家だったサミュエル・チェンバレン(Samuel Chamberlain 1896-1975)にアドヴァイスを求めた話が著述「贅沢の人間学」に書かれています。チェンバレンが言うには、

 「料理の作り方を覚えるとなると、結局は何が正しいか、どのようにつくらなければいけないか、ということに必ず突き当たる。 そのとき、これに答え得る唯一の返事は、皆がそうしているからであり、何故皆がそうしているかという問いには、昔の人がそうしていたから、という答えが返ってくる。 となると、料理の先輩たちがしてきた仕事をどうしても調べてみなければ納得できない問題をたくさん抱えてしまうことになる。 にもかかわらず、フランスでもこの種の勉強をしている人は数が少ない。 だからまだ古い文献が手に入り易いし、値段もそれほど高くない。 それでも君、ちょっと、ラ・ヴァレンヌ、マッシャロ、ムノン、マラン、キュレーム、ユルバン・デュボワ、グーフェ、ギャルランなどの古い料理書、ル・グラン・ドッシー、アルマン・ルボーなどのような風俗史関係のものを揃えるとなると、必要最低限の文献だけでも七、八百万円はかかるよ 」

 

 昭和三十年代にこの金額を言われて辻氏は呆然とするのですが、チェンバレン氏は、「君のように本当に読もうという人がまだ買える時代だとぼくは思うから、こんなことをいうんだよ。もし買うだけで読まない連中が集め出したら、手もつけられなくなる」と続けました。

 現在では古料理書の価格はチェンバレンの言葉通りの状況になっています。

 

 他に、フランス料理の啓蒙活動では辻と並ぶ存在だった山本直文(Yamamoto Naoyoshi 1890-1982)の食関係の蔵書はエスコフィエ協会へ寄付され現在山本文庫となっています。ただ、詳しい内容や量などは今回はわかりませんでした。

 次に、中華料理に関する本では、漢籍の文求堂の子息にかなり貴重なコレクションがあったようで、これは没後の競売で薄井恭一(Usui Khoichi)の下へ行きました。然しわずか30部ほどらしいのでこれも載せないことにします。 中華ではこの分野を代表する研究者だった中山時子氏あたりにも貴重な蒐集があるのではないでしょうか?

 和食系統では小泉武夫氏をとりあえず挙げておきましたが、土井勝の料理写真を多く担当したカメラマンの矢野正善(Yano Masayoshi 1935-)氏の蔵書にも食関係は多かったそうです。あと気になるのは故坂口謹一郎(Sakaguchi Kinichirō 1897–1994) 教授の酒関係の蔵書がどのくらいあったか?という事でしょうね。

 

 

 

 最後に、日本料理における歴史的に最重要の文献群の所蔵者について語っておきましょう。下記の三つの蔵書は連続している面があるのでまとめて記述します。このページでは正直ここがメインかもしれません。

 

 Ⅰ 高橋家 Takahashi family

 Ⅱ 石井家 Ishii family 「石泰文庫」

 Ⅲ 田村魚菜 Tamura Ghosai 1914-1991 「魚菜文庫」

 Ⅰ
 高橋家の起源は記紀の時代に遡り瑶として知れません。朝廷では 年以来代々御厨子所預を勤め、それぐらい昔から明治3年に至るまでの間、天皇の料理番として宮中の食を宰領してきた一族です
 明治維新に際して、天皇に従い東上しますが、当主の高橋宗愛(Takahashi Souai)・宗謙(Takahashi Souken)父子が病弱であったために、この地位は当地にあった石井家へ譲ることになりました。宗愛は明治7年死去、子の宗謙も明治29年に亡くなったので家は断絶します。
 これにより、その地位は江戸の石井家へと引き継がれ、さらに家記(特殊な専門分野で宮中に仕える家が代々引き継ぐ門外不出の文書)なども同家へ渡りました。

 Ⅱ
 石井家も江戸幕府では代々料理方頭取を勤め、文字通り徳川将軍家の料理番の地位にありました。
 幕府が倒れた後は8代当主の石井治兵衛(Ishii Tihei)が新たに皇室の料理長の地位を高橋家から引き継ぐことになります。この時、高橋家伝来の古文書群も石井治兵衛家へ移っています。
 石井家は元来高橋家に師事しており、四條流としてその一門は全国大名の厨房に大きな勢力を得ていましたが、高橋家が断絶したことで四條流家元の地位も獲得しました。8代治兵衛と9代泰次郎の時代は、文字通り日本料理の最高峰として斯界に君臨していたわけです。
 治兵衛・泰次郎父子は「日本料理法大全」「日本料理大成」という現在でも復刻されている名著を著し、これは明治以前の日本料理に関してはバイブル的な位置づけの本ですが、不幸な事にこの後の関東大震災で高橋家、石井家の貴重な文書群の多くが焼失する事態に及びました。しかし泰次郎は懸命の努力で集めなおし、現在慶応大学に残る資料はそのお蔭を蒙っています。
 石井家は諸藩料理師範であったため、諸藩を訪れて珍しい料理写本の書写などもやっていたようで、そのせいか国書総目録で石泰文庫にしかない本が何百冊もあります。ただ石井家自体は泰次郎の死後断絶し、その蔵書は田村魚菜が購入しました。

 Ⅲ
 田村魚菜は昭和期の著名な料理研究家です。
 若き日に割烹料理店で修業し、料理人としては上記の石井泰次郎に師事、物書きとしては本山荻舟の門下でした。料理紙を創刊したり、料理学園を創立しています。最初期の食いしん坊万歳にも出演しているそうです。
 魚菜の没後には、高橋家・石井家の古文書を含む彼の蔵書は慶應大学図書館へ寄贈されました。現在同図書館は料理の古文献でわが国を代表する存在です。

 

 

 石井治兵衛・泰次郎父子の下に、朝廷の食を担ってきた高橋家の蔵書と、幕府の食を担ってきた石井家の蔵書が統合されたことの意義は決して小さくありません。古代から明治維新までの日本料理のすべてを総覧する視座がそこに提供され、殊に泰次郎は病弱であったため、お上の料理人としての地位を継承せず、その分、文献の蒐集と研究に大きな労力を割いたからです。その成果が上記の二著に結実しています。

 ただ逆に言うと、その分関東大震災による石泰文庫の焼失は日本の食文化にとって悔やまれる出来事でした。エッセンスはなんとか直前に二つの大著にまとめ上げたにしても、それは泰次郎の視点からであって、他の人であればまた違う採り方をした筈だからです。彼はこの後、集めなおしたり、人に借りて書写したりしていますが、孤本の多い文庫だっただけに力の及ばない面も少なくなかったと思います。

 泰次郎が自ら背負って脱出したもの以外は、文庫の本はこの時におおむね焼けました。安田善次郎のまつのや文庫や東大図書館など、関東大震災による貴重な古書の喪失はこれに限られませんが、食文化の方面へも深い爪痕を残しているようです。

 終わりに一つ付け加えると、高橋家・石井家双方に伝わる書物・古記録などは食関係に限られません。また料理に関するものであっても、必ずしも料理法だけでなく行事・接待の記録やその際の献立書など多岐に及んでいます。そのことはとりわけ歴史の古い高橋家に関して強く言え、同家の有職故実の文書群は料理飲食関連文献に負けず劣らず重要です。

 

 

□ 天皇家(宮内省) Imperial House of Japan(Ministry of the Imperial Household)

 上述のように石井泰次郎が病弱であったため、天皇の料理番の地位は治兵衛の愛弟子であった緑川幸次郎(Midorikawa Kojiro 1845-1932)が継承しました。その次が、有名な秋山徳蔵(Akiyama Tokuzo 1888-1974)です。これ以降皇室における日本料理の伝統は後景に退きます。秋山のあと、大膳課は西洋料理(フランス料理)の専門家が長を務めることになりました。
 しかし、泰次郎や緑川幸次郎が日本料理専門家でありながら中華など外国料理にも詳しかったように、秋山も日本料理に造詣が深く、その在任中に宮内省大膳課へ多くの古文献を集めたらしいです。そのため、現在の宮内庁はわが国有数の料理文献の蒐集を誇っています。

 現在の天皇家は基本的に洋食中心です。(ただサンマをお出しした時にコックがピンセットで一本一本骨を抜いたなどのエピソードはよく知られているので、それなりに庶民的な和食を召し上がる事もあるようです) 饗応の際などに本格的な日本料理を作らねばならない場合には外部からアドバイザーを呼んだという例も聞きました。

 フランス料理専門家の秋山徳蔵が主厨長に任命されたのは大正デモクラシーの頃です。古医書の項で詳しく解説した福井家が御典医として帝に従って東上したものの、そこで漢方医がお役御免となり、あとは帝大出身の西洋医学者たちが仕切るようになった、それと同じような経緯が和食と洋食でもあったのかもしれませんね。

 

 

 こないだ石井治兵衛・泰次郎の「日本料理法大全」「日本料理大成」を古書で買ったので早速今読んでる最中です。有職故実がフォローしてない領域なので知らない事だらけです。またこの本は四条流こそが家庭料理も含めた日本料理すべての源泉なのだ、というイデオロギーに満ちていて、それに対する異論の例すら知らない管理人はいろいろ他の文献にもあたってみる必要がありそうです。なのでこの項は後で大幅に改稿するかも知れません。

 ところで、ここの管理人は食関係の本はほとんど持ってません。ごく古典的なものだけ、試しで買ってみた程度です。袁枚を除けば文人の食エッセイタイプのものはなく、調理人の書いたものが大半です。

 料理本の貴重書における大きな問題は、(繰り返しになりますが)主に二つあると思います。
 一つは、レシピ本の場合、大昔のものは極めて大雑把な書き方のため、料理の再現が難しいことです。これは作曲家の楽譜にも言えますね。モンテヴェルディのオペラなんて通奏低音だけを指定した部分すらあります。
 もう一つは、これらは調理の現場で使用されたため、状態の良い古書が非常に少ないことです。管理人は、エスコフィエやボキューズの書いた大冊のレシピ本の場合、その元となったさらに大部の覚え書きがあった筈であって、例えば、本を残さなかった著名な料理人(石渡文治郎や岩堀房吉のような)のアンチョコが発掘されないのかなとか考えてましたが、本として刊行されたものすらこの始末なわけですから、あまり期待しないほうが良さそうです。密教の事相の切紙口訣の様に一子相伝で伝承されるようなものの発掘って、この分野ではほとんど聞きません。

 ローマ時代のルクルスこのかた食通と蔵書家には被るケースがちらほらみられます。
 日本でも西園寺公望、大谷光瑞、大佛次郎、檀一雄、池波正太郎のような名のしれた食通には万クラスの蔵書がありました。江戸時代にはあの太田南畝だって八百善や百川のような高級料亭の華客としてずいぶん鳴らしたものです。
 中国なら袁枚がそういう典型だろうし、かのタイユヴァンが奉職していたのも大蔵書家シャルル五世の宮廷でした。 愛書王アンリ二世がイタリアからカトリーヌ・ド・メディチを迎えた事で多くの貴重なギリシア写本が仏王室へ齎された話はフランス王室の蔵書 の項で書きましたが、じつはこの王妃は料理においても先進地であったイタリアの料理人を連れてきていて、この時の技術移転がその後のフランス料理躍進のきっかけになったそうです。
 そしてそのフランス料理の優越性を決定的にしたと言われるのが、かのアントナン・カレームなのですが、彼を自らの料理人として使って外交上重要な成果を上げたタレイランも、19世紀フランスの蔵書家のページでこれからカテゴリーを設ける予定の人なんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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テーマの著者 Anders Norén

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