蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[118] 現代欧米の蔵書家たち 10000クラスのひとたち

☆梅本「速報です! 20世紀後半を代表する哲学者のジャック・デリダ(Jacques Derrida 1930-2004)の蔵書をプリンストン大学が獲得したようです!」
★関谷「これ3年以上前の話だろう」
☆梅本「デリダの蔵書は13000冊に上ったそうです。哲学者って本多い人はあんまりいないのに珍しいですね」
★関谷「データ集めるより考えるのが商売だからな。」
☆梅本「ハンナ・アレント(Hannah Arendt 1906-1975)女史でも4000冊ぐらいでしょう。彼女はバリバリの形而上学じゃなくて政治哲学なのに」
★関谷「デリダって、60年代後半に『声と現象』とかで脱構築してからは思想的にはそこで終わってるんじゃないか? それから後はテクストの読解ばかりのイメージが」
☆梅本「でも『弔鐘』とか・・・」
★関谷「いや 俺もよくは分からんよ。ずっと読んでるわけじゃないし。でも半分文芸批評家みたいになって、色んなテクストを対象にする仕事してるからこんなに本が・・・」
☆梅本「とにかく蔵書には大量のデリダ本人の書き込みがあるので研究資料としてはかなり重要なんだって。」
★関谷「俺達が書き込みしたら古本屋に売るとき値段が下がるだけなのにな」

☆梅本「作家のヘミングウェイ(Ernest Hemingway 1899-1961)も本宅のフィンカビキアに9000冊と、別宅のキーウェストに800冊・・・ ヘミングウェイは複数の家を持ってて居場所をよく変えてライブラリーごと移動してたそうですね。だから本はあちこちに分散してたっていう話です。合計したら10000は越えてます。」
★関谷「この人は性格的に放浪癖というか、あちこちフラフラしたいのは分かるけど、何もこんな大量の本持って移動しなくても」

☆梅本「作家では他に、『時計じかけのオレンジ』のアントニ・ーバージェス(Anthony Burgess 1917-1993)が9000冊で、少し足りないんだけどこれはイタリアに隠棲してた晩年の蔵書だからトータルでは10000越えと見ていいでしょう。文芸評論家でもあって世界各国の文学に造詣が深いんです。特にどの国の文学とかじゃなくて各国横断的な視点はここの管理人も若い時影響受けてるって。あとフィリップ・ロス(Philip Roth 1933-2018)なんかは4000冊なので全然足りませんね」

☆梅本「ハリウッドを代表する女優の一人でモナコの王妃にもなったグレースケリー(Grace Kelly 1929-1982)なんですが・・・ この方ってバリバリの書物コレクターだったんですね・・・
    収集対象はアイルランド文学の初版本とか自筆原稿です。彼女も確かアイルランド系でした。スウィフトの手紙や、オスカーワイルド、バーナードショー、ベケット、ジョイスなんかの初版本をはじめとするアイルランド文学のコレクション9000冊は現在はモナコの図書館に寄付されています。」
★関谷「同じハリウッド女優でも前回のマリリンモンローとは格が違うな・・・」
☆梅本「当然アイルランド文学以外にも本はあった筈だから10000クラスに置くことにしました。でも単に本多く持ってるとかじゃなくて、完全なコレクターですこの人。大学教授の書物コレクターにも一歩も引けを取ってない感じ」
★関谷「映画ではなんか近寄りがたい雰囲気の女優だったけど、実際にも近づきにくい人だったんだね。」
☆梅本「父親はスラム街出身のレンガ職人だったんですけどね」

☆梅本「現代美術家のドナルド・ジャッド(Donald Judd 1928-1994)が14000冊の蔵書をもってたそうです。」
★関谷「こないだトランプが更迭した国防長官も結構本持ってるって聞いたけど?」
☆梅本「マティス国防長官(James Mattis 1950-)は7000冊なのでこのクラスには足りません。で、次はビル・ゲイツ(Bill Gates 1955-)の自宅図書室に14000冊。」
★関谷「哲学者、作家、女優、美術家ときて、今度は企業家か。
    たしかに一般人の水準からすると物凄いんだけど、世界長者番付のトップなんだからもっとあっても・・・」
☆梅本「もともとかなりのインテリじゃないですか。この人なら50000冊でも100000冊でも買えますよね」
★関谷「でも別に要らないもん買う必要ないしな。ひょっとしたら俺たちが丸善ジュンク堂や紀伊国屋で『毎日好きな本を好きなだけ取ってきていいですよ』って言われたとして、そうして家にたまる本がこのくらいなのかもしれないな。」

☆梅本「詩人のケネス・レクスロス(Kenneth Rexroth 1905-1982)が15000冊。世間的にはビート詩人というイメージだけど中国や日本の文学にも造詣が深いらしいので教養人なんでしょう。万葉集なんかも翻訳してるそうです」
★関谷「アッシュベリなんかも多そうだな」

☆梅本「アッシュベリ(John Ashbery 1927-2017)は4000冊ぐらいです。
★関谷「ほかに詩人では?」

☆梅本「カール・サンドバーグ(Carl Sandburg 1878-1967)。シカゴルネサンスを代表する詩人だけど、遺された蔵書は11079冊とかなり量があります」
★関谷「この人、どちらかというとリンカーンの伝記作者として印象の方が強いね。歴史の大著を執筆する際に使用した資料が多いんだろう」
☆梅本「リンカーンの伝記はこの分野では決定版ですもんね。日本でも訳されてます。ちなみに、詩人としても、リンカーンの伝記でも、ピュリッツァー賞を受賞してます。」
★関谷「Carl Sandburg Home National Historic Site.」


☆梅本「さて最後になりますが、スタンリー・キューブリック監督(Stanley Kubrick 1928-1999)がナポレオン関係だけで18000冊も集めたそうです。ナポレオン本だけでこの数ですからどう低く見積もっても数万のレベルでしょう。全貌がわかったら修正するとして取り合えずここに置いときます」
★関谷「なしてナポレオン関係でそんなに?」
☆梅本「これは映画の資料ですね。キューブリックは『2001年宇宙の旅』を撮った後、念願の大作『ナポレオン』に取り掛かったんですが結局この企画はお蔵になりました。ナポレオン役はジャック・ニコルスンでオードリー・ヘプバーンもキャスティングされてたそうです」
★関谷「あっ これ知ってる。実現しなかった映画の企画の中では必ず筆頭に挙げられるやつだ」
☆梅本「よくご存じですね」
★関谷「『ナポレオン』への執念は凄かったらしい。完成してれば映画史が変わったとも・・・」
☆梅本「70年代初頭はニューシネマ全盛で超大作はもう流行らなかったんです。それに同じテーマを扱ったボンダルチュクの『ワーテルロー』がこけたのもあって制作サイドが難色を示したそうです。キューブリックは『風と共に去りぬよりは長くならないよ』って言ってたらしいけど。」
★関谷「今では何で撮らせなかったんだよってブーイングの嵐だがな」
☆梅本「そういう企画倒れに終わった幻の作品はよく語られますね」

★関谷「エイゼンシュテインの『イワン雷帝 第三部』とか」
☆梅本「カール・テオドール・ドライエルの『イエス』とか」

★関谷「どっちも実際に撮られてたら映画史上のベストを争ってたと言われる企画だ。他にオーソン・ウェルズの『ドン・キホーテ』なんてのもあった」
☆梅本「まだキューブリックの『ナポレオン』の場合は救いがあるんです。企画が実現しなくてもそのためのアイデアを別の作品で使ってますから。幻の大作『ナポレオン』は18世紀風俗の時代絵巻『バリーリンドン』に明らかに影を落としてます。『アイズワイドシャット』のねっとりしたラブシーンも元はナポレオンとジョゼフィーヌのラブシーンとして構想されたものだそうです。ジャック・ニコルスンも全然違う使い方だけど後に『シャイニング』で主演させました。
    でも『イエス』や『イワン雷帝第三部』は本当に人類文化の損失なんです。監督がさんざん準備を重ねた後いよいよ撮るぞって時に死んじゃったんだから。特にドライエルの場合、『奇蹟』や『ガートルード』を観た人にとっては、あの延長線上にキリストの伝記映画を想像するとそれだけで鳥肌モノだと思いますよ。」

★関谷「晩年のハワード・ホークスもケーリー・グラントを主役に西部劇を撮ろうとしてたな」
☆梅本「晩年の成瀬巳己男が高峰三枝子を主役に白のセットをコンセプトにした実験的作品の企画もありましたっけ」
★関谷「晩年のヴィスコンティがトーマス・マンの『魔の山』を映画化しようとしたけど、体力に自信がなくて代わりに『家族の肖像』を撮ったって話もあった」
☆梅本「晩年のマルセル・カルネが新作のために80年代のカンヌ映画祭で必死にスポンサー探ししてた執念の姿も有名ですね。パリでは極貧の生活してたって」
★関谷「そういうもし撮られていたら神クラスになったかもしれない映画じゃなくても、死ぬ前の深作欣二がプランを練ってた日本共産党の実録ものとか興味あるね」

☆梅本「伊丹十三も創価学会をモデルにした映画を計画してたら謎の飛び降り自殺しちゃって・・・ 海外ではこないだアンゲロプロスもトンネルの中でオートバイに撥ねられたのでエレニ三部作は最後の三作目が未完に終わってしまいました」

★関谷「最後の部分が撮られなかったといえば、にっかつオールスター大作の『戦争と人間』。全四部作の予定がノモンハン事件のところで終わってしまった」
☆梅本「日本のオールスター映画の中で、滝沢修を主役に持ってきて出演者の格と量から判定したら多分一二を争う作品でしょうね。第三部だけ観てなかったのでこないだ全部通して鑑賞したんですけどあらためて感じたのは山本薩夫の演出は独創的なところがあまりないなと・・・
★関谷「白い巨塔でも不毛地帯でも華麗なる一族でも後のテレビ版の方が面白いからな」
☆梅本「ところが『戦争と人間』は話のスケールが大きすぎるので、これだけは後のテレビはリメイクしてません。ノモンハン事件のシーンとかあるからこれからも多分無理でしょう。幻の四部が撮られなかったのは惜しいです」
★関谷「資金難に陥ったにっかつはあの後ロマンポルノに傾斜していくんだよな・・・


    さて、この種の幻の企画のなかで、一番仰天したのは『フェリーニのキングコング』」
☆梅本「そんなのあったんですか?」
★関谷「ジョン・ギラーミンが監督したジェシカ・ラング主演の76年版の話だよ。あれはプロデューサーがラウレンティスだから旧知のフェリーニにどうだ?って話が行ったらしい。結局大作慣れしたギラーミンが監督して大味な娯楽大作になってそれなりにヒットはしたけど、もしフェリーニが撮ってたら一体どんな映画になってたんだろうって気はする」
☆梅本「ギラーミンって大作を無難にまとめる手腕は玄人筋に評価されてるので『ナイル殺人事件』でフランソワ・トリュフォーが降板した時もピンチヒッターを買って出てるんです」
★関谷「あれトリュフォーが監督に予定されてたの? 知らなかった・・・

    でも深作の共産党映画や伊丹の創価映画は普通に面白そうで観てみたいって気がするなあ。ところで今日はなんで映画の話ばっかりになってるの?」

☆梅本「めぼしい映画を見つくした映画ファンにとって残された楽しみは、フィルムが散逸してもう観れない映画とか、企画が実現しなかった幻の作品に思いを馳せ、延々と語ることぐらいなんですよ。でも個人蔵書がテーマのブログでここまで脱線するのはまずいですね。もう昨日の福田和子の比じゃない。この話は こっち でやりましょう」

 

 

 

総目次
 
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書
 

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
 
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
 
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
 
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ
 

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
 
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
 
Θ カーテンコール 
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④


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テーマの著者 Anders Norén

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