蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[298] 漫画の蔵書家たち1

★関谷「終曲の『漫画の蔵書家たち』です。また私たち二人が担当することになりました。漂流教室関谷です。」

☆梅本「純クレ梅本です。でも『終曲』なのに、今やっちゃっていいんですか?」

★関谷「面倒くさいから日本関係はみんな先にやっちゃうってさ。じゃあ始めて」

 

☆梅本「では。 始めます・・・
    日本の漫画収集には二つの大きな系統があるんですね。貸本漫画の2大コレクターと言われてたのが、内記稔夫さん (Naiki Toshio 1937-2012)と清水勲さん (Shimizu Isao 1939-)です。
    内記さんは元貸本漫画店主で3万冊を所有。内記さんはそのコレクションをもとに現代マンガ図書館を設立しその館長となります。日本初の本格的なマンガ図書館が設立されるって事で、かなり話題になって手塚治虫もやってきたりして、寄付もかなり集まって蔵書4万冊での船出です。
    清水さんは元リーダーズ・ダイジェスト社勤務で2万冊を所有。清水さんも日本まんが資料館を作ります。」
    
★関谷「貸本漫画や赤本漫画って厄介なコレクター多いだろ。水木しげるの専門家気取りの関西のコレクターでものすごく評判の悪い古書店主がいたっけ。あと俺の部屋に爆弾が落ちれば日本の漫画史が変わると豪語したコレクターもいるし。」

☆梅本「内記さんも有料の図書館なのに、貴重書は『さわっちゃだめ』、会員にしか『みせません』とか・・・ 保存の重要さはわかるんだけど、とにかく評判は芳しくなかった」

★関谷「入る時にまず入場料取ってて、一冊閲覧する毎にまた100円ずつ払え、って図書館だろ?」

☆梅本「それで貴重書は会員しか見せない。貸本屋の延長なんでしょうね、自分の個人書庫も兼ねた」

★関谷「そんなので日本初の漫画図書館作ります、って宣伝したから大量の寄付が集まった」

☆梅本「漫画界では名士扱いでマンガ学会の理事にまでなってましたね。この人」

★関谷「昔の漫画って今買うと高いからなあ。俺も古谷三敏の『母恋千鳥』が読みたいんだけど、今はとても手が出ない」

☆梅本「私も小学生の時に途中まで読んでた『にらめっこ四重奏』の続きが読みたくて・・・・・」

★関谷「ましてや貸本時代や赤本時代の漫画は稀少だから価値が上がって、コレクターがふんぞり返ってるのもわかる気がする。
    貸本漫画のコレクターっていうのは、一般の蔵書家とは違って正直あまりインテリが多くない。しかし他には誰も持ってないような稀少価値のある物を所有しているもんだから気位は高い。でも稀少価値を所有してるっていっても、美術コレクターみたいに金持ちでなくとも入ってこれる世界だから、品のない人が大勢いる。」

☆梅本「そういう罵詈雑言の後に続けるのは少し気が引けますが・・・
    貸本・赤本漫画コレクターで他に有名どころは、まず相澤亮一 (Aizawa Ryoichi)に、手塚の初期作品の蒐集で有名な松本零士 (Matsumoto Reiji 1938-)、漫画評論家の権藤晋 (Gondo Susumu 1940-)、秋山正美 (Akiyama Masami 1929-2001)、杉本五郎 (Sugimoto Goro 1924-1987)、成瀬正祐 (Naruse Masasuke 1968-)、キクタヒロシ (Kikuta Hiroshi)といったあたりかしら。杉本五郎なんて家三杯分あったそうですよ」

★関谷「杉本さんってもともと貸本屋だろう。結局あとで全部火事で焼けっちゃった・・・」

☆梅本「キクタヒロシは自分の貸本コレクションを紹介した本を出してましたね?」

★関谷「その本で紹介されたマンガ27冊の値段を合計したら家一軒買えるそうだな」

☆梅本「でもアマゾンレビューの評価は悪いです。写真が少ない、また小さい、って」

★関谷「ケチり過ぎるんだよな。確かに貸本コレクターにはそういうところがある。」

☆梅本「親にマンガ処分されて殺人事件とか、私たちの間でなら十分笑い話なんだけど」

★関谷「それをまったく普通の感覚で受け取るような人たちだからな・・・」

☆梅本「で、はじめの話の続きなんですが、清水勲さんの方は一部を残して、大半を京都国際まんがミュージアムに寄付しちゃいます。京都にできた日本の漫画の研究拠点ですよね。
    一方、内記礼夫さんの現代マンガ図書館も内記さんの死後、明治大学の中に入ります。この時は18万冊に膨らんでました。ここにはさらに明大出身だった米澤嘉博の巨大な蔵書も入ってきます。
    現在の日本における漫画の二大蒐集といえば、精華大学の京都国際まんがミュージアムと、明治大学ですが、この二つはそのまま貸本漫画の二大コレクターの蒐集を引き継いでるわけです。」
   
☆梅本「でも貴重な赤本漫画や貸本漫画だけに限定しないで、マンガ全体でみてみれば、最大の漫画コレクターはこの二人のどちらでもなくて、今さっき名前が出た・・・」

★関谷「米澤嘉博 (Yonezawa Yoshihiro 1953-2006)」

☆梅本「そう、米澤さん。14万冊。これはすごい数ですね。漫画関係以外の図書や、同人誌も含んでるので内容の評価は難しいんですが・・・ 没後いったいこれを誰が引き受けるのか、古本屋の間で話題になったそうです。この方は漫画評論家というか漫画史家というか・・・コミケの代表も長く務めてて、亡くなった時には『手塚に勝るとも劣らないほどの重要な存在』という声も出ましたっけ。『日本で最も漫画を読んだ男』とも言われてます。
    これら三人の大コレクターは漫画全般にお詳しいんでしょうが、得意とするフィールドが異なるんですね。内記さんは貸本漫画や赤本漫画、清水さんはそれ以前の新聞の風刺漫画。米澤さんは漫画週刊誌が軌道に乗り出して以降のマンガ全般。」
 
★関谷「日本で一番漫画を読んだ男って・・・ 偉いのか偉くないのかわからない妙なキャッチフレーズだな。
    じゃあ米澤さんの名前が出たところで、貸本漫画以外でのマンガのコレクターを頼む」

☆梅本「芸能人ならタケカワユキヒデ(Takekawa Yukihide 1952-)とか有名ですよね。雑誌が8000冊。ジャンプをずっと創刊号から保存してる事を自慢してる。
    今は雑誌に載ったのはほとんど単行本になってるけど、昔はならないのがかなり多かったんです。だから貸本漫画が廃って、漫画雑誌主体の時代になると、コミックスを買ってるような『一般のひとたち』と差をつけたいというコレクター心理から、こういう雑誌の保存が貴重本の蒐集に代置されてきたきらいがあります。」

★関谷「確かに昔雑誌で読んでその後ずっとお目にかからないマンガは多いな。それと、単行本化されててもエピソードが省かれちゃったり・・・ 俺『がきデカ』は全26巻揃えてるんだけど、雑誌で読んだ回が、単行本にないのはいくらもあるよ。未来のこまわりが、刑務所で死を迎える話とか」

☆梅本「もっと気になるのは、過激すぎる表現がコミックスでは修正されちゃうことかな。『ゴリラーマン』なんですけど、弟のヤンマガで読んた時は、ガソリンスタンドの女の子が『中卒だよ!』って言うシーンがかなり衝撃的だったのに、コミックスで見たら削除されてて・・・ あと有名なケースは「桜の唄」とか「マイナス」とかでしょうか。雑誌の保存って意外と重要なんです」

★関谷「そういや、あの平岩外四 (Hiraiwa Gaishi 1914-2007)もジャンプを創刊号からずっと保存してたらしい」

☆梅本「東電の会長で経団連の会長もやった財界の大物ですよね」

★関谷「堅物・マジメ一方で通った人なんで、全然イメージに合わないんだけどさ・・・」

 

 

☆梅本「では、マンガコレクターの紹介に戻りましょう。
    中野淳夫妻 (Nakano Jun 1961-)の少女漫画館っていう個人図書館があります。大部分が寄付によるものだけど、一応夫婦の個人所有なんでしょうね。その名の通り少女漫画ばっかり6万冊もあるって」

★関谷「漫画でこの数は大きいね。海外のコレクターだったら、ジャック・ステルンベルク (Jacques Sternberg 1923-2006)みたいな有名どころでも単行本1000冊に雑誌数千冊ぐらいらしい。他に、フランス官界の大物でルノーの初代会長のルイ・シュヴァイツァー(Louis Schweitzer 1942-)が結構漫画持ってるって有名なんだけど、それが5000冊ぐらい・・・」

☆梅本「これはお二人ともバンドデシネのコレクターだと思われます。あれは全出版点数自体が、日本の『マンガ』ほどではないんですよ。まだアメコミの方が・・・ 
    アメリカにジョン・フィリップ・ボーガー(John Philip Borger 1951-2019)っていう弁護士の大コレクターがいて彼の古いアメコミ40000冊以上がミネソタ大学の図書館に入ってますけど、これが児童文学のコレクションなんですね。いわゆる「子供の本」という一括りで絵本や童話と一緒の扱いです。 とにかく外国の人から見ると、子供の蔵書の半分がマンガだという日本の特異性はなかなか理解できないでしょうね。というか大人でも、現役最強の棋士と言われる渡辺明さんは蔵書の99%がマンガらしいんですよ。月に50冊マンガ読んでるって」

★関谷「日本では、よゐこの有野 (Arino Shinya 1972-)ですらコミックス1万冊持ってるっていうのに・・・ 前にyahoo知恵袋で「皆さん何冊コミックス持ってますか」っていう質問に対して、1万冊持ってる人がすぐ4人ぐらい出てきたぞ。
    twitterのささぬこ/マンガ一家の人@voddayo(Sasanuko)って人は、2万冊あるらしい。マンガソムリエの兎来栄寿(Torai Eisu)も1万2千冊とか・・・

☆梅本「ほんとコミックスだけなら日本では量持ってる人はいくらでもいるので、隠れた大コレクターはきりがないんです。貸本なり、古雑誌なり、同人誌なり、ある程度稀少価値のあるコレクションに限定して語らなければ・・・ 」

★関谷「コミックスでも70年代の新書版コミックスなら、そこそこ価値は出てきてるんじゃないかな?」

☆梅本「ええ 江下雅之 (Eshita Masayuki 1959-)さんなんかこれ集めるのがライフワークだとか言ってます」

★関谷「えーと、貸本、古雑誌の話が済んで、いま同人誌の話が出たけど、同人誌コレクターの有名どころは?」

☆梅本「同人誌だったら、コミケの岩田次夫 (Iwata Tsuguo 1953-2004)による5万冊という大きな蒐集があった筈です。あと、やっぱり前に名前が出た米澤嘉博なんかがかなり持ってたんじゃないでしょうか、この人ずっとコミケのトップでしたから。」

 

 

★関谷「ところで京都国際漫画ミュージアムには今、全部でいくらあるの」

☆梅本「三十数万冊。国会図書館にもやはり三十数万冊あります。だいたいこのくらいが日本でこれまで出版された漫画の総数なのではないかと思われます」

★関谷「国会図書館の場合、納本制度があるので日本で出版された漫画は全部あるはずだ」

☆梅本「納本制度があるとは言っても、とくにいやらしい下品なエロ漫画雑誌とかは無いのが多いそうです。いずれにせよすごい数ではありますね。バンドデシネの本場のブリュッセルにも、ベルギー漫画センターってオフィシャルな図書館があるんだけど、それが所蔵3万冊ぐらいだって。それぐらいが向こうで発行された漫画の総数なのかしら?」

★関谷「ヨーロッパのバンドデシネってそれぐらいなのか? アメコミもアメリカ国内だけなら市場規模が日本の十分の一とかいうし・・・ まんがミュージアムや国会図書館のは、歴史上最大のコミック蒐集と言っても間違いじゃないな。」

☆梅本「いいえ 実はそれよりはるかに上があるんです。
    コミックマーケット準備委員会の見本誌倉庫には200万冊あるそうなんです。あそこは参加者に見本誌を提出させますから。まあ漫画って言っても素人の書くペラペラの同人誌ですけどね。 埼玉のどっかに存在するとは言われてるんだけど・・・」

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テーマの著者 Anders Norén

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