☆梅本「ゼロ・フレータスの話はよしましょう」
★関谷「ゼロ・フレータスの話はよした方がいい」
☆梅本「ゼロ・フレータスの話をするとそこでこのコーナーが終わっちゃうから」
★関谷「ゼロ・フレータスの話は最後にちょっとだけ触れることにしよう」
☆梅本「ええ後回しにしましょう。あの人はちょっとおかしいんです。」
★関谷「で、レコード・CDのコレクターを今から紹介するわけだけど、これも1万ぐらいの所有を基準にセレクトしてるの?」
☆梅本「レコードやCDは本ほど多く発売されてないけど、大体それでいいでしょう。でも山下達郎が『一生の間に聞けないぐらいのCDを買ってしまった』って言ってるように、ななめ読みとか速読とかのできないメディアです」
★関谷「これもある程度量持ってる人は、結局音楽評論家とかになってくるんじゃないか?」
☆梅本「そうかもしれません。前に植草甚一 (Uekusa Jinichi 1908-1979)を紹介したくだりで、彼がジャズのレコードも4000枚持ってた事に触れましたよね」
★関谷「没後、タモリが全部引き受けたってやつだろ。同じジャズ評論家では油井正一(Yui Shoichi 1918-1998)なんかはその倍の8000枚持ってたとか・・・」
☆梅本「ジャズは数持ってる人が多いジャンルですね。内田修(Uchida Osamu 1929-2016)っていう有名なジャズファンがいるんだけど、1万2千枚を没後、市に寄付してます。この人本業は外科医です。
これも栃木の病院の院長なんですけど瀧澤宏郎(Takizawa Hiroo -1994)って人が1万4438枚のレコード持ってたそうです。 その六割がジャズ。」
★関谷「著名人ならやっぱ村上春樹(Murakami Haruki 1949-)が有名でしょ。2万枚だったかな? どっかに寄付しただけでそれぐらいあるそうだ」
☆梅本「もともと小説家になる前はジャズ喫茶経営してたしね。その後もかなりの量のレコードに囲まれた書斎を公表してたから、トータルではかなりの量だと思います。それと村上春樹の場合、クラシックでも蘊蓄を多く書いてるから、そっちもかなりのものでしょう。
海外なら写真家のZoe Timmersのお父さんが70年間に渡って収集した希少価値のあるジャズ10000枚をインスタで宣伝してます」
★関谷「海外のジャズレコードコレクターで代表的な人というと?」
☆梅本「今ならBBCのラジオパーソナリティのジャイルス・ピーターソン(Gilles Peterson 1964-)あたりだと思います。この人、厳しい審美眼を持ってて中古レコードなら何でも買うわけじゃなく、例えばカセットに関しては『守備範囲外。あれはただのゴミ』とか口にしています。そうやって選び抜かれたものばかりでも、所蔵数は3万枚に達し、レコード保管専用の家まで買う羽目になりました。」
★関谷「次はクラシックにいきましょう。」
☆梅本「あらえびす(Nomura kodou 1882-1963) のSPレコード7千枚ってのは昔から有名ですね。今の評論家ならもっと量持ってる人がいくらでもいるんだろうけど・・・」
★関谷「レコ芸をずっと仕切ってる浅里さんとか歌崎さんなんか、日本で出たディスクは全部持ってるんじゃないか?」
☆梅本「捨てなければそうでしょうね。でもあらえびすのコレクションはみんな昔のSPだから、CD化されてない貴重なものが・・・」
★関谷「あらえびすっていうのは、戦前の名盤指南のバイブル的存在だった『名曲名盤』を書いた人だな。何とも言えない香気が漂っている本で、あの頃のクラシックファンはみんなこれ読んでレコード選んでたんだよね。」
☆梅本「戦後になって吉田秀和の「LP300選」が出てその地位を奪うんです。でも吉田さんの本はまず曲を選定する事に重点が置かれて、肝心の名盤指南の方は参考文献的に付されるだけだから味気ないです。もともとアメリカの某音楽学者の本を種本にしただけあって音楽史的な記述は妙に充実してるんだけど、バッハ以前に大量の頁が割かれてたりして、吉田さんの本としては現在ではあまり評判のいいものじゃありません。選ばれてるレコードも頓珍漢なものが目立ちます。ベートーベンの五番にベーム&ベルリンフィルを推薦してたり」
★関谷「ロックを含むポピュラー全般では?」
☆梅本「やっぱりこれが一番多いと思います? まずコレクターの数が多いし、発売されてる点数が段違いなので持ってるレコードの数も、大蔵書家が持ってる本の数に負けてません。
かるーいところから始めると、デヴィッド・ボウイ(David Bowie 1947-2016)がわりと持ってて2500枚あったそうです。
アメリカ篇で紹介したポルノ本大コレクターのウィッティントン(Ralph Whittington 1945-2019)は、リズムアンドブルースとドゥーワップの初期のレコードを5000枚以上所有してました。ホント貯めこむ人はなんでも貯め込みますね。
もう少し本格的なコレクターに目を移すと・・・
78回転盤に関しては、ジョー・バサード(Joe Bussard 1936-) って人のコレクションが世界で最も重要だと目されています。彼は戦後何回もアメリカへ旅行してその度にレコードを買いあさったって。ブルーグラス、ブルース、カントリー、ジャズとジャンルは色々だけど、もとは数万枚あったのが今は選び抜かれた1万5千枚に整理されているとの事です。
ファーストプレッシング(初回盤)に関しては、ヴェネツィア在住の通称”大工のジョバンニ” Jo Van Kneeさんのコレクションが有名です。ジャンルは主にプログレで、量はおよそ三万枚。ネット時代以前はGoldmine Magazineの通信販売で集めてたそうですが、この人もやっぱり欧州諸国はもちろんアメリカやオーストラリア、日本にまで足を運んで買ってますね。バンドのメンバーに直にコンタクトを取って初回版レコードを譲って貰うという荒業までやってます。ここまでしないと大コレクターにはなれないのかも・・・
あとイエール大学にある昔から有名なコレクションで、ローレンス・C・ウィッテン二世夫妻のレコード1万5千枚というのも、今となっては非常に貴重です。」
★関谷「今どきのコレクターを語るとすれば、話はレコードディガー(掘り出し屋)中心になってくるわけだが・・・ イーゴン、ジェフリー・ワイス、ピーナッツ・バター・ウルフ・・・」
☆梅本「そこは管理人のあまり知らない世界です。もう日本のコレクターへ話題を移しましょう」
★関谷「日本の洋楽コレクターだと、植村和紀(Uemura Kazunori 1953-)さんという人が自分の2万5千枚のコレクションからレコードジャケットを常設展示して評判になってるね。もう十年もやってるらしい」
☆梅本「東芝EMIでレコードの企画をしてた人だから業界人と言ってもいいでしょうね」
★関谷「この世界でも業界人が中心になってくるね。」
☆梅本「評論家とかDJとかレコード会社勤務の人はまだいいんです。ただDJシャドウの様な自分の店を持ってるレコード店主は原則取り上げない事にしました」
★関谷「そういえば、音楽評論家の中村とうよう(Nakamura Touyou 1932-2011)なんて、多摩美大に寄付したのが5万点だってさ。もっともこれは書籍や楽器も含むのでレコードだけだとどのぐらいになるのかわからんが」
☆梅本「そのあと自殺したんですよね。中村さん」
★関谷「ああ あのニュースは衝撃的だった」
☆梅本「コレクターがコレクション処分する時って、ちょっと危ない精神状態なんですね」
★関谷「ミュージシャンで一番持ってるのは誰だろう?」
☆梅本「山下達郎(Yamashita Tatsurou 1953-)とか有名でしょ」
★関谷「山下達郎は6万ぐらいらしいよ」
☆梅本「オーストラリアで最大のレコードコレクターと言われたのが、ケン・パーキンスって人です。50年を越える蒐集歴で所蔵は8万枚以上だって。これかなりの量ですね。日本でこれを越える人となると、やはり・・・」
★関谷「かまち潤(Kamachi Jun 1947-)」
☆梅本「そう。その人。音楽評論家としては今一つパッとしないけど、昔からレコードだけは誰よりも持ってるって評判だった」
★関谷「『パッとしない』だけ余計だよ。10万枚以上だと言われてたが実際どうなんだろ? とにかくレコードコレクターとしては、本における井上ひさしみたいな存在じゃないのかな?」
☆梅本「一般の方でもっと持ってる人がいるかもだけど、著名人だと日本ではかまち潤がトップになるのかしら?」
★関谷「3万クラスの蔵書家のところで名前が出た佐川一信っていう政治家もCD1万枚持ってたそうだけど、これはジャンルがよくわからない」
☆梅本「ため込むタイプの人は本でもCDでもため込みますからね。片山杜秀なんかもクラシックのCD相当持ってそうですね」
★関谷「アメリカなら、かまち潤より上はいるだろう?」
☆梅本「マイケル・オクス(Michael Ochs 1943-)という人がやっぱり10万枚以上あります。レコード会社に勤務したりDJをやったりその道の専門家で著書多数、UCLAではロックの歴史を教えてるそうです。『クラシックロックジャケット タッシェン・アイコンシリーズ』は日本でも訳されてます。もっぱら自分のコレクションからお気に入りのレコジャケを披露する、というだけの内容です。
この人はレコード収集家というより、ロックの写真のコレクターとしての方が有名ですね。こっちに関してはまさに世界最大級です。そのコレクションはアメリカでは「ロック写真の公文書館」とか言われてて、レコードを制作するときライナーノーツに使う写真をここから借りる事がよくあるそうです。なんでもアメリカで刊行されるロック関係の本の半分には彼のコレクションの写真が使われてるって話です。」
★関谷「上の植村和紀さんもそうだけど、レコードコレクターには音楽そのものよりジャケットの方に関心を寄せる人が少なくないね」
☆梅本「それは本の収集家にもいえることです。挿絵本とか図鑑とか」
★関谷「で、ゼロ・フレータス(Zero Freitas 1955-)の話はどうなった?」
☆梅本「ああいうのはもうコレクターとは言えないんじゃないでしょうか」
★関谷「でもギネスに載ってるんだから世界最大だろう?」
☆梅本「600万枚持ってても、そのうち自分がどれだけ聴けるんだ?って話です」
★関谷「事業に成功して自分の夢をかなえた人じゃないか。本人が好きでやってるんだから他人があれこれ言うこともないだろう」
☆梅本「ゼロ・フレータスの他にたしかもう一人巨人がいるんですよね。」
★関谷「そう。それがポール・マウヒニー(Paul Mawhinney 1939-)。」
☆梅本「ゼロ・フレータスの前はこの人が世界一だった」
★関谷「そう。それでマウヒニーの300万枚をフレータスが買い取って世界一になった」
☆梅本「なんだかな・・・」
★関谷「公的機関によるレコードコレクションでは世界を代表するラジオフランスの“ディスコテーク(discotheque)”でも総数は200万枚ぐらいだと言われている。この二人の所蔵数がいかに他を冠絶してるか、だな」
☆梅本「マウヒニーって人はピッツバーグのレコード屋だからここに載せるのはホントはフェアじゃないんだけど・・・」
★関谷「フレータスの方は成功したブラジルの実業家だ。ただ、閉店に追い込まれたレコード屋の在庫を丸ごと買収したりしてコレクションを拡大していった人だから、ダブリは相当なもんだろう。」
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