蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[209] イスラムの蔵書家たち 前史ペルシア

 イスラム篇です。イスラム帝国成立以前に同地域に存在したササン朝ペルシアも併せて語っていきます。
 この「イスラムの蔵書家たち」は、「中世の蔵書家たち」と同じように「古代の蔵書家たち」の後に続く部分なので、時期的には中世篇とほぼ並行していると思ってください。
 そもそもここは個人の書斎を扱うブログなので、別に図書館史をやりたいわけではなくまたその能力もないんですが、イスラムの場合日本ではなじみがない人が多い点、それと宮廷図書館は基本的に王の所有物である点などから、やはり図書館に関する記述が多くなりそうです。
 古代篇、中世篇、イスラム編の三つはこのサイトのメインである「近世欧州」に至る前史という性格が強く、個々の蔵書家よりもその時代時代に書物が集積された場所の流れをみていく構成になっています。で、長々と詳しく書かずに必要な情報だけ書きつけた草稿調です。これはのちにまた書き直す予定の草稿そのものであるからでもありますが、今手持ちの書籍が参照できない環境にあるので細々としたところまで自信をもって書けないんですね。

 

 


《1 前史 ペルシア》

 さて、 中世初期 で触れたキリスト教国教化以後のローマ帝国西側の様子と時期的に並行しますが、帝政が安泰だった東ローマ側でもやはりキリスト教勢力によるギリシア・ローマの文物の破壊は起こっています。
 まず487年には東ローマ皇帝ゼノンによってシリアやエデッサのペルシア人学校が閉鎖されます。エデッサは従来から異端とされた人間の逃げ込むところで、そこでは主にギリシアローマの古典に基づいた学芸を教えていました。そこからも追われた彼らはペルシアのニシビスやグンデシャプールへ移住しました。以後この地はギリシア語文献をペルシア語に翻訳する拠点となります。
 529年にはユスティニアヌス帝がアテネの学校を閉鎖し、この時も教授陣はササン朝ペルシアに迎えられます。やはり彼らもギリシアの学芸をペルシア語に翻訳する任務に携わることになりました。
 ちなみにこの頃、長い歴史を持つプラトンのアカデメイアも閉鎖されています。総じてギリシア・ローマ古典をバックボーンとする教養人(主にシリアのネストリウス派キリスト教徒)の多くがこの時期ササン朝ペルシアの支配圏に逃れたようです。
 で、そのペルシアではホスロー一世の最盛期にあり、彼らのための施設を作って学問を奨励しました。

 


◇ ホスロー1世 「知恵の館」 数万巻
 その治世(在位531年-579年)は内政では宗教改革や軍政改革が行われ、外征ではエフタルを滅ぼし東ローマには勝利してササン朝ペルシアの最盛期を築いている。もう一つの大きな業績が図書を蒐集してペルシアの文化振興を図ったことである。
 前述したように東ローマ帝国のキリスト教化で弾圧されて逃れてきた学者・教養人によって、この時期のペルシアではギリシアの学術が積極的に導入された。また、その百年前の415年にもアレクサンドリアではヒュパティアがキリスト教徒によって虐殺されるなどギリシア文化の弾圧が起こっており、この時もエジプトから学者が数多くササン朝に亡命して来ていて、ギリシア・ラテンの文献はすでに多数翻訳されていた。
 このように、ホスロー1世からホスロー2世の時代にかけては、各地の様々な文献が宮廷図書館「知恵の館」に収蔵されることとなった。
 一方、自国ペルシア文献の面においてもここで様々な編纂作業が行われ、『アヴェスター』をはじめとするゾロアスター教の聖典が書写が行われる。その注釈の『ヤシュト』も文書化された。そして『アヴェスター』を書写するために、アヴェスター文字が既存の文字を改良して創作されることとなり、現在のゾロアスター教文献の基礎はここで作られたといって過言ではない。
 そして歴史書の分野でも、古代からササン朝時代までを記述した『フワダーイ・ナーマグ』(現存しないが「ジャーナーメ」の前身である)もこの当時編纂されている。

 

 

 ◆ グンデシャープール Gunde‐shapur 3C BC ~ 9C
 この研究施設の誕生は上のホスロー1世の宮廷図書館よりはるか前である。伝承上はシャープール1世(Shāpūr 215- 272)がローマ皇帝ウァレリアヌスを破った時の記念で建設されたというから300年前になる。
 病院、医科大学、翻訳機関など、どの様な存在だったかはいまいちはっきりしない。ペルシア語の文献には病院に関するものなどはないそうだ。
 とにかくローマ帝国から多くの亡命者(主にネストリウス派キリスト教徒)を受け入れて、ギリシア語の文献をペルシア語へと翻訳をしていた事は間違いない。上のホスロー一世の命を受けていた、とも言われている。それでササン朝滅亡後もイスラム国家の下で数世紀間は存続していたらしい。この時にはペルシア語やシリア語の文献をアラビア語に翻訳している。後にここの卒業生がアッバース朝の知恵の館に多く配属されることになった。
 蔵書は40万巻などというちょっと信じられない声も聞くが、一体いつ頃のものだろうか。 

 

 

 

 

 

総目次
 
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書
 

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
 
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
 
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
 
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ
 

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
 
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
 
Θ カーテンコール 
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④


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