蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[211] イスラムの蔵書家たち カイロ

《3 イスラム分裂Ⅰ カイロ》

 

 イスラム帝国は分裂しますが、エジプトやスペインに立てられた王朝はバグダットに勝るとも劣らない文化的興隆をきわめ、宮廷図書館の蔵書はそのバグダッドをも越えました。

 

 


 ◇ ファーティマ朝 旧宮廷図書館  Fatimid Caliphate الدولة الفاطمية
 910年、北アフリカにファーティマ朝が興り、973年に首都をカイロに移転する。
 廷内にモスク(これは現在イスラム世界の最高学府といわれるアズハル大学になる)と複数の図書館を設立され以後、イスラム世界の文化センターとなってゆく。
 4代ムイッズ(المعز لدين الله 、Al-Mu’izz li-Din Allah 932-975 在位953-975)から2代アジズ( العزيز بالله al-Aziz Billah 955–996 在位975-996)にかけて宮殿図書館(988年設立)が巨大化する。40の部屋が図書で溢れ、蔵書数は10万冊に(60万という説も)。その中には2400の金銀で装丁されたコーランもあった。またここでもギリシア文献は重要視され、古代科学・ヘレニズム時代の自然科学や哲学の文献だけで1万8千冊を数える。
 学者や写本師。綴じ師に払う金額だけで月1000ディナール(2000万円)を要した。副本が多くあったことから、多くの研究者や知識人に開放されていたと推定されている。

 

 ◇ ファーティマ朝 「知識の家」  Dār al-ʿIlm دار العلم‎,

 5代カリフのハキム(الحاكم بأمر الله al-Hākim bi-Amr Allāh 985-1021 在位996-1021)は1004年頃、上記アジズの図書館を吸収して、宮殿北側の別館にアカデミー(図書館兼)を作ったが、バグダッドの「知恵の館」に倣い、Dar al-Ilm「知識の家」と名乗る。宮殿図書館からの蔵書と併せて計100万冊を誇り、バグダッドの知恵の館と名声を競った。
 ここは公衆にも開放され、紙やペン、インクが備えられて自由に使用できた。ちなみにハキムは類似の図書館をオールドカイロにも複数建てていた。
 11世紀にはこのカイロ版知恵の館は蔵書が160万冊にもなり(この数字は誇張と思われるが、少なくとも文献目録には110万はあった。後にこの図書館の本の多さに驚嘆した十字軍の記述者は300万と報告している)、図書館のみならず、大学・モスク・研究施設その他でもアッバース朝のバグダッドを凌ぎ、イスラム世界の中心的な文化学術センターとなっていた。
 ところが1171年にサラディンがカイロに入城し破壊される。従来寛容をもって知られてきた筈のサラディンだが、この徹底的な解体は、彼がスンニ派でありファーティマ王朝のシーア派主導のアカデミーには厳しく対したためであろう。
 図書の売却の際には200万という説もあり、これも誇張とされるが相当な量であったことは間違いない。「知識の家」は同じエジプトのアレクサンドリア大図書館をモデルにしたとも言われていて、バグダッドの本家「知恵の館」を上回る巨大な情報量を誇りイスラムの知の頂点にあったが、ここもまた最後には戦乱で滅ぼされることとなった。
 尚、ファーティマ朝の指導者は多くイエメンへ逃れ、イエメンではこの時期の文芸書が多く保存されている。

 

 

 

 ◇サラディン الملك الناصر أبو المظفّر صلاح الدين يوسف بن أيّوب ‎ Ṣalāḥ ad-Dīn 1137-1193
  アイユーブ朝 宮廷図書館  الأيوبيون‎ Ayyubid dynasty
 サラディンは自らが破壊したカイロの「知識の家」の代わりに新しく宮廷図書館を設立するが、蔵書は10万(12万という説も)ほどになった。全イスラム学を包括していた知恵の家とは違い、シーア派の文献がほとんどないスンニ派による図書館である。

 

 

 

 

[カイロの個人蔵書家]
 当時のイスラム世界で本屋が最も多かったのがバグダッドで、それに次ぐのがカイロ、その次がコルドバでした。
 1170年ごろのカイロを代表する四つの個人蔵書は、一つは王子のもの、もうひとつは医師、あと二つはユダヤ人のものだったといいます。

 

 ◇ イブン・ザッファーン
 医者。有名な愛書家だった。エジプト太守アル・マリク・アフダルに1万の本を売るが、死後1万冊の写本が残っていたという。
 彼が亡くなった150年後でも本屋の店先で彼が持っていた本を見つけることが可能だったという。

 

 

 ◇ ヤブク・ベン・ユスフ・ベン・キリス 10世紀
 ユダヤ系。多くの写字生を使っていた事で知られている。その給料だけで月に千ディナールも費やしていた。

 

 

 ◇ アブラハム・ベン・ヒレル abraham ben hillel
 カイロの医者でユダヤ系である。彼が逮捕されたときに蔵書が競売に付されたがその際の売り立て目録が現存する(1223年)。アラビア語やギリシア語で書かれた多くの貴重書が収められていた。
 なお死後売却されたものはほとんどが医学書である。


 

 

 ◇ キフティ Jamālal-DīnAbūl-Ḥasan ‘Alī ibn​ ​Yūsuf ibn Ibrāhīmal -Shaybānīl-Qifṭī 1172-1248 学者、作家

 

 

 

 

 

総目次
 
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書
 

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
 
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
 
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
 
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ
 

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
 
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
 
Θ カーテンコール 
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④


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  1. 総目次 2019/5/9更新 – 蔵書家たちの黄昏
  2. 総目次  11/25更新 – 蔵書家たちの黄昏
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  4. [210] イスラムの蔵書家たち バグダッド – 蔵書家たちの黄昏
  5. [13] 鏡像フーガ8 昭和期の蔵書家 (1970年頃まで) – 蔵書家たちの黄昏
  6. [6] 鏡像フーガ1 プロローグ – 蔵書家たちの黄昏
  7. [10] 鏡像フーガ5 明治大正期の蔵書家 – 蔵書家たちの黄昏
  8. [15] 鏡像フーガ10 すべては図書館の中へ – 蔵書家たちの黄昏
  9. [213] イスラムの蔵書家たち 十字軍以降 – 蔵書家たちの黄昏
  10. [110] 現代日本の蔵書家8 八万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  11. [111] 現代日本の蔵書家9 九万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  12. [112] 現代日本の蔵書家10 十万越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  13. [117] 現代欧米の蔵書家たち プロローグ – 蔵書家たちの黄昏
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  15. [5] 反町茂雄によるテーマ その4  – 蔵書家たちの黄昏
  16. [122] 現代欧米の蔵書家たち 100000越え.150000越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  17. [212] イスラムの蔵書家たち コルドバ – 蔵書家たちの黄昏
  18. [7] 鏡像フーガ2 蒐集のはじめ – 蔵書家たちの黄昏
  19. [8] 鏡像フーガ3 大名たち – 蔵書家たちの黄昏
  20. [207]中世の蔵書家たち 11 12c – 蔵書家たちの黄昏
  21. [208]中世の蔵書家たち 13,14c – 蔵書家たちの黄昏
  22. [103] 現代日本の蔵書家たち1 一万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  23. [12] 鏡像フーガ7 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する – 蔵書家たちの黄昏
  24. [104] 現代日本の蔵書家たち2 二万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
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  26. [115] 現代日本の蔵書家∞ エピローグ – 蔵書家たちの黄昏
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