《4 イスラム分裂Ⅱ コルドバ》
711年にイスラム教徒がイベリア半島に上陸してから、彼らの王国が滅んだ1492年まで800年近くもの間イスラム勢力が半島を支配しました。
本拠となったコルドバは最先端の技術によって当時もっとも近代的な都市であり街灯が明るく街を照らし、規模の大きさも群を抜いていました。
◇ 後ウマイヤ朝 コルドバ宮廷図書館
帝国の中央でウマイヤ朝がアッバース朝によって倒された後、その残党が帝国西端のコルドバを拠点に756年後ウマイヤ朝を樹立する。この後ウマイヤ朝はアッバース朝に匹敵する繁栄を極め、首都コルドバもイスラム圏ではバグダッドに次ぐ大都市だった。
ラフマン二世(792-852 在位822-852 Abd ar-Rahman II عبدالرحمن ثانی )当時の850年に王立図書館を設立し、東方に人を派遣して本を買い集めさせた(天文・哲学・歴史・音楽など)。続いて後のラフマン三世(889-961 在位912-961 Abd ar-Rahman III عبدالرحمن بن محمد بن عبداللہ بن محمد بن عبدالرحمن بن حکم بن ہشام بن عبد الرحمن الداخل)も蔵書を拡張し、その子ハカム2世(الحكم الثاني、Al-Hakam II 915-976 在位961-976)の治世の10世紀半ばには主要な王立図書館を統合。ザフラー宮殿の蔵書は40万巻にもなり目録も44巻に及んだ(どれも50ページ以上ある)。メノカルは60万巻説を取っているそうだが、それはアル・ズバイディを中心とするカリフ顧問が選定した目録はそもそも購入用のものだったからではなかろうか。
このハカム二世もイラク・ペルシア・シリア・エジプトなどへ使いを出して写本を多く買わせている。ちなみにこのハカム二世は「すべての蔵書に目を通した」と主張していた。
コルドバはこの図書館の外に、多くの図書館が建てられ、10世紀には街区ごとに図書館があったという。当時最大のブックマーケットでもあり、本の総量としてはバグダッドはもちろんカイロをも上回った。ヨーロッパが中世の文化的暗黒時代にあった当時、皮肉にも世界最大の書籍の集積地はイスラム国家が樹立されていたスペインにあったことになる。蔵書家だった神聖ローマ帝国初代皇帝のオットー大帝もコルヴのジョンを当地に派遣してアラビア語を学ばしめ、革袋いっぱいにアラビア写本を詰めて帰国させている。
カリフの宮廷図書館は1010年に後ウマイヤ朝がコルドバから追われた時に炎上した。ここにあった本で現存するのは、970年と記された一冊だけである。
[コルドバの個人蔵書家]
Ⅰ まずコルドバ在住の蔵書家から語りましょう。
◇ イブン・フターイ家
6人の写本師をフルタイムで雇っていて市中では最も有名な蔵書家だった。
◇ アブ・アル・ムトリフ abu al mutrif -1011
コルドバの裁判官である。彼も常時6人の写字生を使い、没後の蔵書の競売は一年に渡って続くほどの量だった。遺族には4万ディナールという巨額の金をもたらしている。
彼の図書館は美しい製本と見事な書体の稀覯本や傑作が収蔵されていた。自分の蔵書を高価なものと考えていたので人に触らせず自分でも読まなかった。ただ観賞用であった。
◇ アーイシャ 女性で詩人
Ⅱ 次にもう少し範囲を広げて。スペインやシシリーのイスラム圏ではユダヤ人の大蔵書家が多いです。
◇ デーヴィッド・デ・エステラ david d estella
14世紀のユダヤ人医師。ギリシア語、ラテン語による医学書および文学書・科学書の文庫を残している。
◇ レオ・マスコニー reo masconi
マジョルカ島のユダヤ人医師。十四世紀の目録が残っていて、内容は医学、神学、哲学、音楽、文学など。
Ⅲ コルドバ以外のスペインでは、アルメリアに大きな蔵書がありました
◇ 首長イブン・アッバス
40万冊に及ぶ巨大図書館を持っていた。この人は西洋でいう書痴のカテゴリーに入るのか、常に本を気遣いグラナダに敗れて捕らわれた時も、自分の身よりも本の管理のことを気にかけていたという。その書はグラナダの王立図書館に奪われた。
◇ グラナダ ナスル朝王立図書館 Nasrid dynasty بنو نصر
上記の蔵書を受け入れたのが13世紀に成立したグラナダのナスル朝の王立図書館で、同地には他にも多くの図書館があった。この宮廷図書館はイスラム文明自体が盛りを過ぎた時期のものなので世界の文化センターとはなりえなかったが、蓄積された書の量はかなりのものだった。
1492年スペインのレコンキスタが完了し、グラナダ王が逃亡する。800年近いイベリア半島のイスラム支配がここに終わった。その七年後この地のビバランバラ広場で火の手が上がりイスラムの100万とも200万と言われる大量の写本が一斉に燃やされる。こうしてキリスト教勢力によってグラナダの図書館も地上から消滅した。バグダッド、カイロ、コルドバなど主要なイスラム大図書館はこの時期には既になく、イスラムの知の最後の灯が消えた。
ギリシア・ローマの古典古代の書物がこの世から消失した一番大きな理由はおそらくキリスト教の存在であろうが、最盛期イスラムのさらに膨大な書物群が今日までほとんど伝わらないのはなぜか。消えた量はこちらの方が圧倒的に多い。
12世紀以降のイスラムにはモンゴルや十字軍の様な外部からの侵入・破壊があった事は事実で、これまで触れてきた大図書館はほとんどがこの時期に無くなっている。北アフリカ沿岸やスペインでは14世紀頃まで学芸は発展し続けるが、スペインのレコンキスタと共にやがてそちらでも図書施設は破壊されてしまう。後にフェリペ二世がエスコリアルの図書館を作った際にスペインに関するアラビア写本を探したが既に国内には一冊も残っていなかったという話である(フェリペは対岸のモロッコから4000冊を得た)
しかし、このような大図書館の消滅はともかく、民間の書物まで思想的に統制したようなことはあまり聞かない。それとも、大図書館の目録にあるような何十万というような写本はそもそもほとんどコピーの作られない孤本が中心だったのだろうか? この辺りの事情が、日本ではいまひとつよくみえてこないのである。
イスラムの学芸・文物の繁栄は、アフリカ西岸から中国にまで及ぶ長大な商業ネットワークに依存していたので、個々に高度な文明の拠点が残存していても、商業網が消滅した後では以前のような発展・繁栄が可能ではなかった事は理解できる。しかしこれは書物が残っていない理由にはならない。
総目次
◇まずお読みください
◇主題 反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4
◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書
◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya
◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》
◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》
フランス イギリス ドイツ イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀 16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀 17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀 18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀 19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀 20世紀概観
仏概史 英概史 独概史 伊概史
◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元 明 清 中華・中共 附
◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ
◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期
◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC
◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 2
◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀① ② ③ 19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③
Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
◇終曲 漫画の蔵書家たち 1 2
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ
§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]
§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
Θ カーテンコール
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④
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