蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[207]中世の蔵書家たち 11 12c

 

 この頁は中世盛期と銘打ったものの、前の時代に比べてあまり本は増えていない。個人蔵書・機関蔵書のいずれも三桁どまりで四桁には乗らない。いやそれどころか、むしろ減ってはいないだろうか?
 西ヨーロッパの場合、900年の時点よりも1200年の方が蔵書数が減っているのは、戦争やヴァイキングの侵入が原因だとエルマー・ジョンソンは推定している
 カロリング朝の系統に連なる修道院群の蔵書がそのような戦火や略奪などで崩壊した後、クリュニーをはじめとするこの時代の代表的な修道院の蔵書は、決してそれらを凌駕するものではなかった。

 一般的には学問・芸術において中世文化が最も華々しく花開いたのがこの時期とされていて、十字軍が派遣され、ハスキンズの言う12世紀ルネサンスにあたる頃である。
 しかしそうは言っても、他の文明圏と比較するとやはり経済的な貧しさの方が目につく。中世で10万を越えた都市はパリ・ヴェネツィア・パレルモぐらいであり、ロンドンは四万ほどに過ぎなかった。これが古典古代であれば、ローマやアレクサンドリアのような100万都市が存在していたし、同時代でもイスラム圏ではカイロやコルドバはこの水準を保っていた。
 ただ、この時期の西欧でボローニャ、パリ、サレルノなどの大学がかたちを取り始めたことはのちのち大きな意味を持ってくる。

 


〔4〕十一世紀 

十一世紀の場合、修道院の蔵書以外に語るものがない。


以下ハスキンスの記述によると
 ◆ ヒルデスハイム修道院(Hildesheimer)ではベルンヴァルト司教とゴデハルト司教が古典を蒐集しており、
 ◆ テーゲルンゼー修道院(Tegernsee)でも修道院長のフロムントがやはり蒐集活動を行っていたとされる。

 

そして前頁でも触れたベネディクト修道会で最古の
 ◆ モンテカッシーノ修道院は11~12cにかけてが最盛期であり、写本ではそれなりの蔵書を持っていた。「題目の数は70に達する」と年代記作者が誇らしげに記録しており、この目録は主として神学や典礼書だが、若干の歴史書(ヨゼフス、トゥールのグレゴリウス、パウルス・ディアコヌス、エルヒェンベルト)に、古典も、キケロ「神の本性」、ユスティニアヌス「法学提要」「新勅法」、オウィディウス「祭事歴」、ヴェルギリウス「農耕詩」、テレンティウス、ホラティウス、セネカ、テオドルス、ドナトゥスの文法書などがあった。

 

11世紀後半のもっとも有名な知的中心は
 ◆ ベック修道院(Bec)であり、修道院長にランフランクスやアンセルムスを擁し、教皇アレクサンデル二世をはじめとする多くの司教、大修道院長がここで教育を受けた。12世紀の初めの目録には164巻の図書があり、1164年にはバイユーの司教からさらに113巻の写本を受け取る。

スペインではリポルにある
 ◆ サンタマリア修道院(Santa Maria)がこの11世紀に大修道院長オリヴァの下で最盛期を迎え、246冊からなる蔵書目録が残る。


以上、この時代を代表する修道院は、アーヘン宮廷の流れを汲んだ9世紀の修道院に比較して総じて本の量は少なめであり(それはモンテカッシーノの70冊しかない目録からも一目瞭然であろう)、それらボッピオやロルシュといった修道院に伍する蔵書をこの世紀にあって有していたのは唯一クリュニーのみである。

 

 

 ◆ クリュニー修道院(Abbaye de Saint-Pierre et Saint-Paul de Cluny)
 11世紀に最盛期を迎えたのがクリュニー修道院で、名実ともに西洋中世最大の修道院である。元クリュニー修道士であったグレゴリウス七世によるクリュニー改革は中世教会史上で名高い。
 創建は10世紀初めで、オドン、マイヨール、聖ユーグ、尊者ピエールなどその歴代院長はローマ教皇に並ぶ権威を持っており、傘下にあった修道院は1200、修道士は2万人を数える。ここは建物自体がまず巨大であり宗教建築物としては当時最大だった。
 残った蔵書目録には(次の12世紀に編纂されたものではあるが)570冊あり、この時代では最大級である。ただ前の世紀のボッピオ修道院の目録には700冊あったと言われるのでそれが散逸していなければそちらの方が上であろう。
 次に世紀になると、シトー派の台頭により勢威は衰えている。クリュニー改革で教会生活の腐敗を批判して台頭した修道院であったが、巨大になりすぎてシトー派からその奢侈を論難される事となった。

 

 

 
〔5〕十二世紀 12世紀ルネサンス 

 教皇ウルバン二世の十字軍扇動演説が、宗教・倫理的な側面以上に、中東の物質的豊かさを強調し、あまつには女性の美しさまで引き合いに出した話は語り草だが、教皇でこの始末だから実際に従軍した兵士たちが略奪・暴行の限りを尽くしたのは当たり前というほかない。
 ただ兎にも角にもこの十字軍が西欧にイスラム圏の文物をもたらしたことは事実であり、のちのルネサンスを準備する文化流入のひとつには違いなかろう。

 

 前代のクリュニーに代わってこの時代にを隆盛を極めたのはシトー派修道会であり、指導者の聖ベルナールが死んだ1153年にはその系列修道院は343にも達していたが、クレルヴォー修道院をはじめとするこの派の修道院蔵書がとるに足らない貧弱なものであった事は現在ではよく知られている。343もの修道院を傘下に置いていたとの事だが、こうなると「本よりも末寺の方が多いじゃないか」という事になりはしないだろうか? ちなみにシトー派では字が読めなくても修道僧になれたそうである。読み書きはただ便利なだけで、修道僧の生活に必要なものではなかったらしい。

 修道会別で語るならば、中世を通して最も書物蒐集や書写に熱心だったのはベネディクト派である。前頁で紹介したカロリングルネサンスの系統をひく修道院群にもこの会派は多かったし、前前頁で紹介したウィウィリアム修道院ともさほど変わらない時期に筆写活動を開始している。
 それに対して、普通の修道院や聖堂では蔵書は小規模でたいてい一個か二個の函に収められて回廊に置かれていたような有様だった。
 例えば、シトー派やカルトジオ会は書物にあまり興味を持ってなかった。その癖、書物閲覧や図書館のルールは厳格だったという。
 アウグスティヌス派もほんの僅かしか書物を集めなかったが、非常に大切にしていたらしい。
 フランチェスコ派になると、当初は全く書物を収集してなかった。ただ13世紀になって集め始め出し、アッシジ(assisi)の教団本部にはかなり大きな蔵書ができたそうである。

 

 

 それよりも特筆すべきは、この12世紀には修道院に代わって、司教座聖堂の動きが活発になってきていた事であろう。ことにイギリスのダラム大聖堂はこの時期ではクリュニーに次ぐ蔵書数である。 また、次の13世紀に向けて、その付属学校から大学に発展するところも出始めている。

代表的な司教座付属聖堂を以下にみてゆくと
 フランスの司教座聖堂からは、「古典復興の場」としてはシャルトルとオルレアンが、「スコラ学の中心」としてはランスとラーンが、「大学発祥地」としてはパリがまずあげられよう。
 イギリスの司教座聖堂では、やはりカンタベリーとダラムが重要である。
 司教座聖堂の付属学校は、この時代の学問の中心となり、それらのうちいくつかはやがて大学へと発展していくのである。

 よく知られた大聖堂の文庫としては英のカンタベリー、ダラム、ヨーク、仏のノートルダム、トゥール、ルーエン、独のバンベルグ、ヒルデンスハイム、西のトレド、バルセローナあたりだろうか
 蔵書内容も興味深い。1150年の段階でルーエンの大聖堂の蔵書の三分のニは古典著作者のものだったからである。

 

 

 

以下にこの時代の修道院蔵書を載せるが、いずれも規模は小さなものである。フルダやコルビーはアーヘン宮廷の流れを汲む修道院で先にも記したが、蔵書内容から見る限り、後者はともかく前者には以前の時代の面影がないようだ。すぐ上との重複を避けるためここでは省いたが、ベック修道院は寄贈を受けてこの時代には270冊を越える所蔵があったし、クリュニーも健在である。

 ◆ ボブレート修道院  44冊 内容はほとんどすべてが典礼書
 ◆ フルダ修道院  85冊 すべて典礼書と教父の著作。
 ◆ フォルミスのファンタンジェロ修道院 143冊 上に同じ
 ◆ コルビー修道院  342冊 上に同じ
 ◆ ミッヒェルスベルク修道院  242冊 アラビア・ギリシアの数学書もみられる
 ◆ サン・タマン修道院 102冊 多くが医学書という内容

 

この期間の司教座聖堂の蔵書では以下の二つが冊数の記録が残る

 ◆ ダラム大聖堂 (Durham Cathedral) 546冊 
 医学が大きな位置を占める。ハスキンスはこの世紀ではクリュニー修道院にならぶ最大の蔵書を有していたとしているが、彼はボッピオを勘定に入れていなかった可能性がある(ボッピオ修道院の蔵書が散逸するのは15世紀である)

 ◆ トゥール大聖堂 (Tours Cathedral) 270冊 
 内容は教会関係と古典

 

 

以下は個人。

 ◇ ヨハンネス・グラティアヌス Johannes Gratianus 1100-1150
 イルネリウスと併称される中世の法学者。イルネリウス同様12世紀のボローニャで活躍し、当地を欧州の法律教育の中心にした功績者である。イルネリウスがローマ法の権威であったのに対して、こちらはカノン法(教会法)の父とされている。
 『グラティアヌス教令集』は古今のカノンを収集・整理し体系づけたものとして不朽の価値を持つ。R・ベリーが自らに先立つ蒐集家として名を挙げていたのは当時の大学が学寮主体で教授個人の私塾の集まりのようなものだった事を前提にしているのかもしれない。


 ◇ ヘンリー二世 Henry II 1133-1189
ヘンリー二世は寄贈された本で相当なコレクションがあったと推定されている。その他同時代のフリードリヒ一世、聖王ルイなどにも図書の蒐集はあった。しかしまだまだ量的には後の王室蔵書に比べるべくもない。

 


12世紀ルネサンスと称されたこの時代は後世からみるとまだまだ「暗黒の中世」の特質を色濃く残してはいるものの、現在西洋社会が他の文化圏に対して持っている優越性の基礎が築かれた時代であることは間違いない。
最後に、12世紀の初めと終わりを比較したハスキンスの文章を載せてこの項を閉じる。

 

「1100年ごろの書庫といえば、聖書とラテン教父の著作に、カロリング時代のその注釈、教会の典礼書といろいろな聖人の伝記、ポエティウスその他の教科書、地元の歴史がわずか、そして場合によっては、埃にまみれていることが多いのだがラテン語古典作品のあるもの、せいぜいこれぐらいの本しかなかった」

「1200年、もう少し後になると上記の古い著作の写本が質量ともに向上しているだけでなく、「ローマ法大全」と古典的著作が部分的に救い出されたし、グラティアヌスや新しい教皇たちの法令集、アンセルムス、ペトルス・ロンバルドゥス、その他初期スコラ学者の神学書、聖ベルナルドゥスその他修道会指導者の著述、大量の新しい歴史、詩、書簡、中世初期には知られず十二世紀にギリシア語・アラビア語から復旧された哲学、数学、天文学などが見られるようになる。優れたフランスの封建叙事詩と最良のプロヴァンスの叙事詩、それには中高ドイツ語の最古の作品もある」

 

 

 

総目次
 
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書
 

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
 
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
 
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
 
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ
 

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
 
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
 
Θ カーテンコール 
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④


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  1. 総目次  2019/6/2更新 – 蔵書家たちの黄昏
  2. 蔵書家たちの黄昏
  3. [116] Twilight of the Book Collectors – 蔵書家たちの黄昏
  4. [9] 鏡像フーガ4 江戸の蔵書家  蔵書家たちが交流をはじめる – 蔵書家たちの黄昏
  5. [108] 現代日本の蔵書家6 六万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  6. [113] 現代日本の蔵書家11 十五万越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  7. [115] 現代日本の蔵書家∞ エピローグ – 蔵書家たちの黄昏
  8. [211] イスラムの蔵書家たち カイロ – 蔵書家たちの黄昏
  9. [210] イスラムの蔵書家たち バグダッド – 蔵書家たちの黄昏
  10. [212] イスラムの蔵書家たち コルドバ – 蔵書家たちの黄昏
  11. [7] 鏡像フーガ2 蒐集のはじめ – 蔵書家たちの黄昏
  12. [12] 鏡像フーガ7 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する – 蔵書家たちの黄昏
  13. [104] 現代日本の蔵書家たち2 二万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  14. [2] 反町茂雄によるテーマ その1 – 蔵書家たちの黄昏
  15. [16] 鏡像フーガ付録1 川瀬一馬による主題 – 蔵書家たちの黄昏
  16. [13] 鏡像フーガ8 昭和期の蔵書家 (1970年頃まで) – 蔵書家たちの黄昏
  17. [10] 鏡像フーガ5 明治大正期の蔵書家 – 蔵書家たちの黄昏
  18. [213] イスラムの蔵書家たち 十字軍以降 – 蔵書家たちの黄昏
  19. [103] 現代日本の蔵書家たち1 一万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  20. [105] 現代日本の蔵書家3 三万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  21. [112] 現代日本の蔵書家10 十万越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  22. Grolier, De Thou, Mazarin, Colbert – 蔵書家たちの黄昏
  23. [204] 古代の蔵書家 ローマ – 蔵書家たちの黄昏
  24. [208]中世の蔵書家たち 13,14c – 蔵書家たちの黄昏
  25. [206] 中世の蔵書家たち 9, 10c – 蔵書家たちの黄昏
  26. [107] 現代日本の蔵書家5 五万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  27. [120] 現代欧米の蔵書家たち 30000クラス,40000クラス,50000クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  28. [119] 現代欧米の蔵書家たち 20000クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  29. [118] 現代欧米の蔵書家たち 10000クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏

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