蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[208]中世の蔵書家たち 13,14c

中世も末期になってようやく西欧社会に本は増え始める。

 

 

〔6〕十三世紀

 

 これまでみてきたように中世の蔵書を特徴づけるのは修道院という存在だった。それは生産に関しても所蔵に関しても言える。このページは中世篇の最後なのでかんたんにおさらいしておく。

 古代篇最後のローマ篇では、領土を拡大し続けたローマが大量の戦争捕虜を生み、従来のプロフェッショナルの書写生による書物生産が、末期には書写奴隷によるそれへと変化していた事情に触れた。
 それに続くこの中世篇は、帝政期の様な規模での奴隷がいなくなった為、書物生産を担うのが、奴隷による工房内における書写から、修道院内における修道士の書写へと変化したところから始まっている。
 書物の素材面におけるパピルスから羊皮紙への転換点が、ちょうど古代と中世を隔てる時期にあたっていることも、農場を所有していた点で獣皮を自前で供給できた修道院には有利だった。(この因果関係はあるいは逆であったかもしれない)
 そのため、ウィウィリアム以来の中世の大半の時期、書物の保存と生産を担ってきたのは主に修道院になった。(中世最大の結節点であるカールの宮廷文庫も実務を担っていたのは修道僧である)

 以上に述べたように、古代から中世初期までの「書物の生産」は、プロの工房→奴隷工房→修道院写本室という経緯をたどってきている。 
 以下に述べるように、中世後期から近世までの「書物の所蔵」は、修道院→司教座聖堂→大学という経緯をたどることになる。 

 中世篇の後半の頁では、修道院にかわって司教座聖堂が台頭し、さらにその付属学校が、大学へと変化してゆく時代を対象にする事となった。
 大学図書館は、まず個々の学寮に学院図書館ができて、学部図書館を経て、大学図書館へと発展する。通説では1257年にロベール・ソルボンがパリ大学に設立した学院図書館がその起源とされており、そのソルボンヌ大学の図書館は中世末期における最大の機関蔵書である。
 以後、サラマンカ大学、オックスフォードのマートンカレッジ、ケンブリッジのピーターハウスカレッジなどにも設立され、プラハ大学、ウィーン大学、ハイデルベルク大学、ケルン大学、エアフルト大学などにも波及してゆく。18世紀終わり以降、各国で国立図書館が設立される前まではこれらが欧州最大の機関蔵書であった。
 ちなみにこの時期になると、大学が御用達の本屋に依頼する「大学写本」という新たな写本製作の形式が誕生し、これが活版印刷が登場する以前の13~4世紀に書物生産の一翼を担う。

 そして、この大学の台頭と時を同じくして、諸侯からも蔵書家として大きな存在が次々と登場する事になる。特に地中海近辺の諸侯は宮廷でアラビア語文献を翻訳させて、イスラム圏からのアリストテレス導入などに一定の役割を果たした。
 神聖ローマ帝国のフリードリヒ二世と、カスティリャ王のアルフォンソ十世の二人は、まさにそのような「アラビア科学の弟子」と言ってよい存在であるが、興味深いのは同時に初期の大学にも絡んでいる点だ。フリードリヒは自らナポリ大学を設立するとともにその医学を禁じて、サレルノ大学を医学のメッカとしたし、サラマンカ大学に図書館を作ったのはアルフォンソ十世だった。

 

 

 ◇ フリードリヒ二世 Friedrich II 1194-1250
 神聖ローマ帝国皇帝。中世最強と言われた祖父のフリードリヒ一世が理想的騎士像の典型を極めたのとは対照的に、孫のフリードリッヒ二世は奇妙な変わり者でラテン語、ギリシア語の外にアラビア語、シシリー語も解し、アラビア君主と親交を持ち十字軍には不熱心だった。ルネサンスを200年先取りしていたという世評はおおむね妥当だろう。
 当時ホーエンシュタウフェン家の所有だったシチリアのパレルモの宮廷には学者・文化人が集まり、そこでユダヤ人にアラビア語やギリシア語の文献の翻訳をさせている。
 彼自身も多くの写本を有し、自ら設立したナポリ大学に寄贈した。その中には大量のアラビア語の稿本があり、彼が翻訳させたアリストテレスやイブン・ルシュドの著作はナポリ大学の教科で使われ、やがてこの地にトマス・アクィナスが学ぶことになった。それらの写本はさらにパリやボローニャへも送られている。

 


 ◇ アルフォンソ十世 Alfonso X 1221-1284
 カスティーリャ王。トレドの宮廷ではアラビア語文献の翻訳を行った。天文学、占星術の書物が中心だが学術書以外にもチェス関連や説話集などが訳されている。
 この地ではイベリア史と世界史の編纂事業も行われ、完成した『スペイン史』『世界史』は自ら校閲にあたったという。 政治的な評価は低いが文化君主としての評価は確立している。膨大な蔵書を持っていたと伝えられるが冊数ははっきりしない。

 

 


 ◇ シャルル・ダンジュー Charles d’Anjou 1227-1285
 シチリア王。ナポリ王。フランス国王ルイ九世の弟だったが、教皇の支援を得て上記のホーエンシュタウフェン家を滅ぼし、シチリアやナポリを領有した。
 フリードリッヒ二世が設立したナポリ大学は、シャルルの下では医学の中心となった。彼もユダヤ人学者を雇いアラビア語の医学テキストをラテン語へ翻訳させている。

 

 

 

 


 ◆ ソルボンヌ大学 Université de Paris
 これまでは修道院が学問の(そして集書の)中心であったが、前世紀に司教座聖堂が修道院に並ぶ活動を見せ始め、その付属学校が新たな中心としてクローズアップされた(そのうちいくつかが大学に発展する)。中世末期の機関蔵書として、西欧社会で最大なのはソルボンヌ大学である。
 ソルボンヌ(パリ)大学は、ボローニャ、ケルン、サラマンカと共に西欧中世では四大大学とされていた。ことに神学では最高学府の誉れ高く、スコートゥスやトマス、ボナヴェントゥラやエックハルトなど多くのスコラ学者が教鞭をとり、イノセント三世をはじめとする歴代教皇の多くもここで学んだ。
 1289年の蔵書目録には1017冊が載せられている。 今の日本でこれくらい持ってる人はざらにいるだろうが、これは中世西欧のそれまでの機関蔵書としては最大である。およそ千冊のうち、フランス語の本はわずか四冊で、あとは全部ラテン語だった。次の世紀の1338年の蔵書目録ではさらに拡充されていて1722冊が記されている。
 「ソルボンヌ大学の蔵書」と口にする場合、多少注意が必要である。ソルボンヌはパリ大学の一学寮の名前であるとともに、パリ大学全体を意味する言葉でもあるからだ。大学の蔵書は中央図書館、学部図書館、研究室蔵書、教授の私物と帰属の形態は様々だが、これはカレッジの図書館の蔵書であって、大学全体の中央図書館ではない。ロベール・ソルボンが寄付したこのカレッジ以外にも、14世紀以降には他のカレッジで個別の図書館が出来始める。パリ大学でユニバーシティ自体が中央図書館を持つに至ったのは19世紀になってからの話である。
 このブログは近代以降は機関蔵書はもう扱わないので、参考までにその後の事も述べておくと、ここの蔵書は15世紀末でおよそ2500冊になっている。この頃のソルボンヌはかなりのマンモス大学でもあって、イタリアの全大学より多い学生を教えていたそうだ。
 フランス革命の頃になると、刊本2万5千と写本2000に達した。しかし写本は革命政府によってビブリオテークナショナルへ入れられている。

 

 

 

 

 

〔7〕十四世紀


 ◇ リチャード・ド・べリー Richard de Bury 1287-1345

イギリスの官僚政治家・聖職者。4世紀からおよそ千年に渡って続いてきた西洋中世の全期間を通じての最大の蔵書家である。また初めて個人で所蔵数が1000を超えた人かもしれない。
学業優秀であったためエドワード王太子の教育係に任ぜられた事から出世が始まり、王太子の国王即位とともに駐教皇庁大使を皮切りに、ダラム司教(ダラムは前頁で語ったようにクリュニーに並ぶ蔵書を誇った。ド・ベリー自身もここに自らの本を寄贈してる)・大法官・国璽尚書などを歴任しその生涯は栄達を極めた。
「フィロビブロン」で自ら語る如く、国家の要職にあったがゆえに、多くの人々が書物好きな彼のご機嫌を取ろうとして先を争って書の寄贈に走った事も蔵書が大きくなった一因であろう。彼自身も機会があるごとに諸方の修道院の書庫を訪問し、また書を購うため多くの古書籍商に多額の金銭を支払いもしている。
よって、蒐集のための借金をかなり残し、1500冊のコレクションは死後にその返済で散逸した。ド・べリーの旧蔵書と分かるかたちで今現存するのはわずか2冊のみである。(大英図書館にあるソールズベリーのヨハネの写本と、オックスフォード大学ボドリアン図書館にあるアンセルムス写本)
彼は英語の本のコレクターとしても嚆矢であり、かつ愛書家のバイブルとも言われたその著「フィロビブロン」は、書物愛を語った文章としても、図書管理を論じた著述としても、先駆的存在という位置づけだ。加えて、個人で大部の目録を作っていたのも西洋中世では珍しい。これらの点で、ド・ベリーは中世の蔵書家というより、明らかに近代へ足を踏み入れているように見受けられる。
実際に「フェロビブロン」(講談社学術文庫 古田暁訳)を読んでみても、書物の大切さの主張は要は知識の大切さの主張の一環として行われている事がよく分かり、文中で引用される名前などはキリスト教教父よりも古典著述家の方が多い。(とりわけアリストテレスへの賛美は頻繁に現れる)。そういう意味でも彼の蒐書は近代におけるそれの端緒ではなかったか?

 

 ◇ フランチェスコ・ペトラルカ Francesco Petrarca 1304-1374
 イタリアの詩人。人文主義者としての顔もあり散文も善くした。ルネサンス期を代表する抒情詩人として、叙事詩のダンテに並ぶ評価を与えられてきた存在であって、書誌学的な方面に興味のある人しか知らない上記ド・ベリーとは現代日本において知名度に格段の差がある。(その割に主著「カンツォニエーレ」は翻訳が出るのが遅れ、また分量があるため買いづらい価格設定になっている)
 彼は欧州諸国から写本を集め、所蔵数はおよそ200冊程と伝わっており、これは同時代のチョーサーの60冊などに較べても格段に多い。内容面でもkこの当時最も均整の取れた完璧な蒐集だったと評価されている(ただ詩人にしては、ラテン語訳のホメロスを所持していた)。それらは死後ヴェネツィア共和国に遺贈されてマルチャーナ図書館の蔵書の核となった。ペトラルカはアヴィニヨンの教皇庁でも勤務した経験があり、その際大使として赴任してきたド・ベリーと交遊している。


 ◇ ジョヴァンニ・ボッカッチョ Giovanni Boccaccio 1313-1375
 イタリアの詩人。小説家。ペトラルカの後に続くイタリアの蔵書家がボッカッチョで、失われた写本探索に熱中し、コレクションはサン・スピリトへ遺贈された。
 ちなみに管理人はずっと「ボッカチオ」だと思っていたが今は「ボッカッチョ」の表記が多いらしい。ペトラルカ、ボッカッチョの二人はルネサンス人というイメージが強い反面、ともに14世紀中に亡くなってるのでぎりぎり中世人に入るようだ。

 

  ◇ シャルル五世 Charles V 1338-1380
 当時、イギリスのリチャード・ド・ベリーに次ぐ数を持っていたであろうと思われるのが、フランス国王シャルル五世である。所蔵数はおよそ1000冊。
 父の善良王ジャン二世とその三人の息子、シャルル五世、パリ公ジャン、ブルゴーニュ公はいずれも愛書家として知られたが、ことにこのシャルル五世はフランス王室の蔵書の礎を置いたとされている。
 近代篇のフランス王室の累代の蔵書を語る項でもこの国王の事は再論するので、ここではあまり詳しく触れないが、このころのフランス国王の蔵書は王室文庫というより、国王個人の個人的所有物という色彩が強く、王の没後は関係者などに分けて遺贈された。

 



この時期の機関蔵書にも触れておく。

 ◆ カンタベリー司教座大聖堂付属修道院
 機関蔵書としてはカンタベリーのクライストチャーチの修道院の13、14世紀の目録が残っており、698冊あった。
 ちなみに上の13世紀分に記したソルボンヌの蔵書は、この時期は1700冊に拡大していてやはり欧州最大をキープしている。

 

 ◆ オックスフォード大学
 オックスフォードではオリエルカレッジに設立された図書館は1375年の段階でも100冊程度だった。しかしこの直後に設立されたニューカレッジの図書館は374冊の蔵書をもって出発した。なので14世紀末にはトータルで500近かったのではないか


 ちなみにケンブリッジでは、15世紀の記録で恐縮だが1418年にピーターズハウスカレッジの図書館に380冊程度あった。

 

 

 

 

 


★ 最後に冊数がはっきりしている中世の個人蔵書を書き出してみましょう


10世紀 パソーの司教           56冊

1164 バイユー司教フィリップ     143冊
12世紀 ヌムールのピーター        22冊

13世紀 ヴァロ枢機卿          100冊
13世紀 ジョフレイ・デ・ラウス      49冊

14世紀 リチャード・ド・ベリー    1500冊
14世紀 ペトラルカ           200冊
14世紀 チョーサー            60冊
14世紀 リチャード・グレーヴセンド     8冊
14世紀 シャルル五世         1000冊


★ 同様に冊数のはっきりしている中世の機関蔵書も書き出してみましょう


最古の目録  修道院           20冊

9世紀    ロルシュ修道院      590冊
9世紀    サンクトガレン修道院   428冊
9世紀    ライヘナウ修道院     411冊
9世紀後半  ボッピオ修道院      700冊

10世紀初  ザンクトエンメラム修道院 513冊

11世紀   リポルサンタマリア修道院 246冊

12世紀初  モンテカッシノ修道院    70冊
12世紀初  ベック修道院       164冊 のち277冊以上 
12世紀   クリュニー修道院     570冊
12世紀   ダラム修道院       352冊
12世紀   ボブレート修道院      44冊
12世紀   フルダ修道院        85冊
12世紀   ファンタンジェロ修道院  143冊
12世紀   トゥール大聖堂      270冊
12世紀   ミッヒェルスベルク修道院 242冊
12世紀   サン・タマン修道院    102冊
12世紀後半 ダラム大聖堂       546冊
12世紀末  コルビー修道院      342冊

13世紀   レディング修道院     228冊
13世紀   ソルボンヌ大学     1017冊

14世紀   カンタベリー付属修道院  698冊
14世紀   ラムゼー修道院      600冊
14世紀   ソルボンヌ大学     1720冊
14世紀   オックスフォード大学   500冊

 


近世篇では、英・仏・独・伊と国ごとに分けて記述する予定だが、この中世篇では、西欧を全部丸ごと一まとめに叙述してきた。これは蔵書家の数自体が少なかったせいもあるが、対象となる本自体が主にラテン語やギリシア語の文献であり、読み書きのできる階層においては、言語的に「欧州は一つ」だったからでもある。
アンソニー・ケニーの指摘する如く、スコラ哲学はラテン語という全欧共通語の上に建てられた学問体系であり、それは20世紀の分析哲学が英語という学問共通語の上に建てられているのと酷似している。その分析哲学で解明された成果が、実は何百年も前の中世論理学で先だって成し遂げられていたケースも実際少なくない。
ところが近世になって国民哲学の時代に入ると、各国の哲学者たちがぞれぞれ自国語で独自の概念を創出し、他国に意味が通じない哲学体系を銘々が築き上げて(独のヘーゲルや仏のベルクソンなど)、用語面で互換性のない事態に陥った。そういう哲学が普遍的な学問としての性格を持たなかった時代こそが、もっとも哲学の隆盛を極めていた時期だったのは随分と皮肉な話ではある。

中世篇を離れるにあたって語り残しはいくつかあるが、大きなものは以下の二つ。
まず、中世は蔵書の面ではカロリングルネサンスまでが暗黒時代で、それ以降は徐々に回復基調にあるという一般的に抱かれやすいイメージについて。
「ラテン古典のほとんどは直接間接にカロリング朝での筆写を通じて現代に伝えられている」という事実は、どういう事を意味するかというと、これはカール大帝のブレーンたちによる集書が八世紀末から九世紀初めにかけての西欧世界に残存していた書をそこまで徹底して蒐集していたのか?、あるいは4世紀以降続いてきた古典古代の文献の廃棄or破壊は実はこの時代以降にも続いていて、そうしたものを保護したカールの宮廷及びその系統を引く諸修道院を別にすると、他のところでは以前同様に大量のギリシアローマの書物の消滅がずっとこの後も継続していたのか?、そのどちらかという事になる。常識的に考えて前者はありえないので、おそらく後者ではなかったかと思われる。廃棄か焼却かはわからないけれどもそれは12世紀、13世紀ごろまでは続いていたのではなかろうか?(ひょっとすると14、5世紀という事も)
15世紀以降のイタリアルネサンスと違ってカロリングルネサンスは、宮廷と宮廷付属学校だけの「点」である。その影響下の修道院もいくつかあるがそれを加えても「線」に過ぎない。これに比べて本家ルネサンスはイタリアからフランス・イギリスへと広がっていった「面」である。要するにカロリングルネサンスというのはそういう本家ルネサンスのような「世の中の動き」とは異なる存在である。
かつてルゴフもイタリア・ルネサンスと比べると、新しい理念や独創的な思想や芸術がほとんど生まれなかったため、この「カロリング・ルネサンス」という言葉を「いわば寛大な気持ち」から使っていると述べていた。アーヘンの宮廷の復元図をみるとさほど大きな建物でもなく、今の日本にある中学校か高校ぐらいの規模に過ぎない。そしてこの敷地の中に、宮廷も、宮廷付属礼拝堂も、宮廷付属学校も、有名なプールも全部収まっている。この建物の中だけの話を、まるで当時のヨーロッパ精神の象徴か何かのように考えることは筋違いもいいところかもしれない。
大勢としてはこの9世紀、10世紀も、古典古代の書物の消滅は継続していた。ただそれを保護して後世に伝えるところも出てきた。そういう風にとらえた方が事実に近いように思われる。

次に、西欧が「変わる」にあたって東方から受けた影響について。
よく語られるのが以下の三つで、
① 11世紀 十字軍による東方世界からの文化的略奪。
② 13世紀 フリードリッヒ二世のパレルモ宮廷におけるアラビア・ギリシア文献の翻訳。
③ 15世紀 滅亡したビザンツからイタリアへ亡命してきたベッサリオンが古典古代の文献をもたらしたこと。
①と②はハスキンスの言う12世紀ルネサンス、とりわけアリストテレス哲学の西欧への導入に関連を持ち、③はルネサンスを準備した、と言えるかもしれない。(ここはまた近世篇で)

 

 

 

 

 

【 予告篇 近代への架け橋 】

ペトラルカはまだ中世の蔵書家という感じが強く、所蔵数も200冊程度の水準にとどまっています。中世で最も規模が大きかったのは、個人蔵書ではリチャード・ド・ベリーの1500冊、機関蔵書ではソルボンヌ大学の1760冊でした。いずれも末期の14世紀の目録によるものです。
ところが15世紀に入るやいなや所蔵数でこれらを上回るところが各所に登場し、ルネサンスの幕開けとともに西欧は情報に満ち満ちてゆきます。合い前後して活版印刷の発明がこれに拍車をかけ、そこからさらに飛躍してゆきますが、上に続いて15、16世紀の主な所蔵数も書き出してみました。

《個人》

15世紀 ニコロ・ニッコリ        800冊
15世紀 ヴィスコンティ・スフォルツァ 1000冊
15世紀 フィリップ三世92-67        600冊
15世紀 ウルビーノ公フェデリーコ22-82  1760
15世紀 コルヴィヌス国王43-90   1500~2000
15世紀 ロレンツオ・メディチ-92     1000
15世紀 ピコ・デラ・ミランドラ63-94     1190 

 

《団体》

15世紀 ケンブリッジ大学        380
15世紀 バチカン図書館1455      1200
15世紀 バチカン図書館1475      3500 
15世紀 バチカン図書館1481      2527
15世紀 バチカン図書館1488      当時最大
15世紀 ソルボンヌ大学        2500

 

 

ルネサンス初頭の書籍収集を先導したのはやはりイタリアで、自身著名なコレクターだったニコラウス5世(Nicholaus V 1397-1455)が自らをはじめとする歴代教皇の蒐集をもとにバチカン図書館を設立。当初は350冊ほどでしたが、ここが15世紀の後半に蔵書を拡大してソルボンヌ大学に代わり欧州最大の書籍蒐集になります。
また当地ではColuccio Salutati、Leonardo Bruni、Carlo Marsuppini、Niccolo Niccoli、Poggio Bracciolini、 Giannozzo Manettiなどの富裕な市民やユマニストが写本をコレクションしています。とりわけこの中ではメディチの援助もあったニッコロ・ニッコリが重要です。
15世紀後半にもなると、ウルビーノ公や、ハンガリーのコルヴィヌス大王は、中世最大だったリチャード・ド・ベリーのそれを超える量の本を保有するようになっていました。他にメディチ家も蒐集に本腰を入れ出し、次の世紀にはその図書館はかなり大きな数を誇ります。

《個人》
16世紀 ハルトマン・シェーデル40 -19   800
16世紀 フランソワ一世94-47       1890~
16世紀 ウィドマンシュテッター58       800
16世紀 グロリエ79-65             3000
16世紀 エルナンド・コロン88-39        15370
16世紀 マシュー・パーカー04-75      800
16世紀 フッガー16-75         10800~
16世紀 アルブレヒト五世71        11600~
16世紀 メディチ家89         3000
16世紀 ジョン・ディー27-09       4000


16世紀から西洋における真の蔵書史は始まる、と言い切っていいかもしれません。
まず象徴的な名前としてグロリエの存在があり、たしかにこの時期のフランスでは王室を上回るほどの所蔵数なのですが、広く各国を見渡せばこれより上はいくらもあります。エリザベス女王の占星術師だったジョン・ディーがグロリエ(3000冊)を抜く蒐集(4000冊)をした事はよく知られていますが、それ以前にドイツの富商フッガーが国際的な商業網を駆使して一万冊も集めているし、さらにコロンブスの次子エルナンド・コロンが一万五千冊を超える蔵書を持っていた事実に鑑みれば、この世紀はフランスもイギリスもドイツもヨーロッパの田舎であって時はまさしくスペイン黄金時代だったんだなという感を強くします。付け加えると、イタリアでもメディチ家が一族の蔵書3000冊をロレンツォ図書館に集めました。
従来の我が国の一般的な感覚(壽岳文章的な)からすると、この世紀は「グロリエの時代」みたいに思ってしまいがちなんですが、実際に当時の欧州を広く見渡せば量の点ではそこまで大きな存在ではないし、また質の面でも、例えば彼のアルドゥス版の蒐集にしたところで当時の価値観からすればマシュー・パーカーの救出した写本群の方がより高く評価される筈でしょう。グロリエという蒐集家の本当の偉大さは、もう少し別のところに見出すべきだと思います。

 

 

 

 

 

 

総目次
 
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書
 

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
 
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
 
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
 
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ
 

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
 
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
 
Θ カーテンコール 
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④


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  2. 総目次  6/8更新 – 蔵書家たちの黄昏
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  4. [106] 現代日本の蔵書家4 四万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  5. [113] 現代日本の蔵書家11 十五万越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  6. [118] 現代欧米の蔵書家たち 10000クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  7. [210] イスラムの蔵書家たち バグダッド – 蔵書家たちの黄昏
  8. [212] イスラムの蔵書家たち コルドバ – 蔵書家たちの黄昏
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  10. [213] イスラムの蔵書家たち 十字軍以降 – 蔵書家たちの黄昏
  11. [123] 現代欧米の蔵書家たち 300000越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  12. [300] 主題回帰 反町茂雄によるテーマ – 蔵書家たちの黄昏
  13. [2] 反町茂雄によるテーマ その1 – 蔵書家たちの黄昏
  14. [109] 現代日本の蔵書家7 七万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  15. [209] イスラムの蔵書家たち 前史ペルシア – 蔵書家たちの黄昏
  16. [104] 現代日本の蔵書家たち2 二万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  17. [114] 現代日本の蔵書家12 二十万越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  18. [8] 鏡像フーガ3 大名たち – 蔵書家たちの黄昏
  19. [16] 鏡像フーガ付録1 川瀬一馬による主題 – 蔵書家たちの黄昏
  20. [206] 中世の蔵書家たち 9, 10c – 蔵書家たちの黄昏
  21. [11] 鏡像フーガ6 外人たち – 蔵書家たちの黄昏
  22. [12] 鏡像フーガ7 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する – 蔵書家たちの黄昏
  23. [115] 現代日本の蔵書家∞ エピローグ – 蔵書家たちの黄昏
  24. [10] 鏡像フーガ5 明治大正期の蔵書家 – 蔵書家たちの黄昏
  25. [204] 古代の蔵書家 ローマ – 蔵書家たちの黄昏
  26. Grolier, De Thou, Mazarin, Colbert – 蔵書家たちの黄昏
  27. [205] 中世の蔵書家 5, 6, 7, 8c – 蔵書家たちの黄昏
  28. [15] 鏡像フーガ10 すべては図書館の中へ – 蔵書家たちの黄昏
  29. [108] 現代日本の蔵書家6 六万クラスのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  30. 総目次 4/15更新 – 蔵書家たちの黄昏

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テーマの著者 Anders Norén

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