蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[70] 中国の蔵書家Ⅳ 宋・金・元

§ 宋
 ①北宋 北宋の初めには昭文館・史館・集賢院の三館を併せても一万三千巻に過ぎなかったがのち高氏や孟氏が降りその書を加え充実し南唐の李後王が降ってその2万余巻も合わせる。太宗が位に就いた時には八万巻に達していたと言う。尚闕書を探し求めさせた。ただ、元代に編纂された宋史芸文志によると太祖・太宗・真宗の三代で三万九千百四十二巻。これに仁英両朝の八千四百四十六巻、神哲徴欽四朝の二万六千二百八十九巻が加わり、併せて七万三千四百八十六巻となる。正式の著録はこれである。
 ②南宋 靖康の乱以後、臨安に移った南宋は、紹興元年秘書省を復活し法恵寺に置く。賀鋳の家の蔵書を買い上げ経史子集の分類など試み、闕書を求めて各地に探索の手を伸ばした。淳熙三年此れまで館閣に集められた書を整理し編纂したところ、四万四千四百八十六巻であった。これに寧宗が一万四千九百四十三巻を加え、さらにそれ以後のものも併せると十一万九千九百七十二巻にも及んだ。

 

 北宋南宋を通じ総じて宋代の書は良く保存され現在でも一部を見る事が出来る。北宋の御符に納められた書は金人がこれを略奪したが破壊することなく首府へ送られ元・明を経て清の庫に入った。今日の中国国家図書館の善本の中心をなすものは宋刊本である。
 さて宋代の平和と繁栄は蔵書家に益をもたらす。個人蔵書も中国の蔵書史上で輝かしい時代を迎え、葉昌熾の「蔵書紀事詩」も宋代より記述が繁になる。蔵書家の数、蔵書数ともに前代を上回り、個人も自らの楼閣を建て蔵書印を押す事が常となった。目録類も作成され、副本が備えられるに至る。此の様に総じて書の保存が強化され、利用の面でも進んだ。
 一つ注意せられたいのは宋代になって版本への移行が進みはするが宋はもちろん元になってさえ未だ書写の方が多かったという近年の見方である。その結果宮中の書の伝録が蔵書形成の主要な手段である点は従来と変わらず其れが可能な高官達が尚蔵書家の多くを占めた。また唐、五代に引き続き、所蔵家の喧伝される巻数が正本でその数があったかも問題である。

 

①北宋

 公卿で名高かったのが李宋の二人である。
 ■ 李淑 (-1059年没)
 李若谷の子。邯鄲図書詩十巻という目録があり、経史子集のみで二万三千百八十六巻を数える。別に芸術志、道書志、書画志があった。

 ■ 宋敏求 (1019年-1079年)
 宋綬の子。書は三万巻に達しその富は秘閣に等しいとされ士大夫の多くが借りに来る。敏求自身も王欽臣と蔵書を写しあう。

 

 ■ 王洙 (997年~1057年)  目録学者。四万三千巻

 ■ 王欽臣 (1034年〜1101年)  蔵書は四万三千巻

 

 地方名族では以下の三氏が四万巻に及んだという。
 ■ 祁氏
 ■ 呉氏
 ■ 田氏 「博古堂」 田偉とその子田鎬。《荆州田氏书目》あり。

 

 ■ 趙明誠(1081年-1129年),及び李清照(1084年 – 1153年)
 この夫妻の書が百万というのはおそらく誇張であろうが、相当にあった事は間違いない。靖康の変などで多くを失ったがそれでも2万巻と金石2千が残ったとされる。

 

 

②南宋

 

 南宋にあっては殊に晁公武、陳振孫が重要であろう
 ■ 井度 
 死に臨んで書を部下の晁公武に譲る。

 ■ 晁公武 (1105年-1880年)
 南宋を代表する蔵書家。目録学で令名があった。二万四千五百巻。

 ■ 陳振孫 (1179年-1262年)
 方氏、林氏、呉氏の旧書を伝録し五万一千百八十余巻を有したという。これにより当時最大の蔵書家となった。

 

 

 ■ 葉夢得 (1077年-1148年) 
 官人。学者。翰林学士。ひと頃はわが国でも親しまれその宋版の詩文集は国宝にも選定された。書は三万巻を蔵したが十万と云う声もある。戦禍に焼ける。

 ■ 李光 (1078年-1159年)
 同じくその書は戦禍に焼けた

 ■ 陸宰 (1086年-1147年)
 陸游の父である。一万三千余巻を所有していた。

 ■ 尤袤 (1125年-1194年) 「遂書堂」
 宋の名臣。官人として礼部尚書に登りつめた。詩でも范成大・陸游・楊万里とならび南宋四大家と称される。法書多し。これも戦禍に焼けた。

 ■ 周密 (1232-1298)
 南宋末期の文学者。祖父の代からの蔵書が四万二千巻あった。 
 
 他に高名な司馬光の読書堂が五千巻ほどだったという。

 

 

 南宋の地方名族では後の天一閣との関係で豊氏を押さえて置くべきである
 ■ 豊氏 「万巻楼」 城西の名家で当時最も書に満てるといわれた家である。明代になって蔵書は崩壊し相当の部分が範氏「天一閣」に流れた。

 

 

 

§ 金
 蛮族の金の時代は北方に於ける文化の中心は平陽にあったらしく金元の間に北方で出版されたものには多く平陽の刊記あり。

 

 

 

§ 元
 元も耶律楚材の進言を用いて経籍所を平陽に建てる。世祖の代にこれを大都に移す。南宋の秘書・国子監・国史院・翰林院・太常寺などの書を奪い大都に運んだ。

 ■蘇天爵(1294-1352)
 河北の人。元代の官人、儒者で秀才として名高い。家族累代の蒐集であるが数にして一万数千巻程である。

 

 然し元代にあっても南方には宋代に引き続き蔵書家が多く、とりわけ書に富み著名な者は以下の三家である。
 ■ 荘粛(1237-1306)「万巻軒」
 松江青龍鎮の蔵書楼に八万巻を収めた。元代江南における最大の蔵書であろう。豊富な書と宮廷絵画の鑑賞経験は「画継補遺」に結実する。

 ■ 危素(1303-1372)
 元代から明初にかけての官人。遼金元の三史の編纂に参加した。

 ■ 呉郡の陸友

 他に元の水利技術者の韓泰華が杭州にあって蔵書楼「玉雨堂」を築き、優れた書を集めていた事が知られる

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