蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[297] 社史(ジャンル別蔵書家1)

★ 長尾隆次(Nagao Ryuuji 1930-?)

日本におけるこの分野最大の個人コレクターだったのが株式会社大長水産代表取締役(当時)の長尾隆次氏である。
1983年に龍谷大学に売却された時点で7500点に上るコレクションのうち社史・業界史は6000ほどだったという。明治から昭和初期に至る企業活動の実情を伝える資料も豊富で、殊に社史に関してはこの頃までに刊行されたうちのおよそ90パーセントを所有していた。
当時の社史の所蔵数では東大、一橋大、神戸大などが充実していたがそれらは概ね4000冊前後で長尾氏の個人コレクションには及ばなかった。また長尾氏だけしか所有していない社史が200点もあった。
特に入手に苦労したのが「日本銀行沿革史」第三集(全20巻)、限定五十部発行の「稿本・三井物産株式会社100年史」(上・下)、「(三菱商事)立業貿易録」、「三井鉱山五十年史稿抜粋」(第1巻‐第20巻)、部内秘密の「味の素五十年史稿」、「東洋拓殖株式会社創立顛末書」、「工部省沿革報告」、未定稿「別府化学社史」(現製鉄化学)、「鈴木商店支配人室重要書類綴」、「大阪府漁業史」(明治20年‐明治23年)、「加賀屋敷経歴史」、などとの事で、幕末に遡る資料も散見される。

 

 

≪アナリシス≫

大阪で鮮魚仲卸業を営む長尾氏が1950年以来三十年以上かけて収集したのは、当初は一経営者として大きく発展した企業を研究する目的だったのだろうが、後には社会経済的な資料としての重要性の認知から責務の要素が強まっていったという。そして「長尾コレクション」が評判となり、マスコミ等で報道される度に研究者からの利用依頼が増えてその対応に追われた事から研究機関への譲渡を考えるようになった。この流れは名のある蔵書家がコレクションをどこかの機関へ寄付するケースの典型である。
著名なビジネススクールを擁する米ミシガン大学やダイエー中内社長などオファーは多かったが、最後に競り勝ったのは長尾氏の恩師の勤務する龍谷大学だった。

長尾文庫を設立した龍谷大はその後も拡充に努め現在18800点に至り、所蔵数ではいまだ全国有数である。ただ、これまで刊行された社史全体に占める割合では70パーセントに落ちている。
また今では数量で龍谷大を上回る存在もないではない。神奈川県の県立川崎図書館は社史・団体史を含め19000冊を保有し社史の聖地と称されている。また東大経済学部の図書館でも社史だけで12000冊を保有している。

社史は殆どが非売品のため通常の流通ルートに乗らないし、刊行されたという情報すら得るのが難しい。長尾氏は独自のノウハウと強い情熱をもっていたに違いない。オークションで30もの相手に競り勝ったり、一冊を手に入れるために新幹線で東京まで行ったり、収集範囲は文字通り北海道から沖縄までに及んでいる。

このケースは蒐集における個人の執念の占める重要性を考えさせられる。
研究機関は蔵書を整理して内容を分類し目録を刊行するとかそういう事はきちんとやるが、概して狩猟ハンターの様な精神には乏しい。誰か核になる有能な人がいなければ譲渡したコレクターのテンションをその後も維持する事はできない。
目録であれば長尾氏自身も自費出版で作っている。譲渡した時はまだ53歳だったのでコレクターとしてはやっと中盤にさしかかった頃である。
色々な蔵書家を見てきて思うのはコレクションが最も充実するのは最晩年であり、このケースはもう少し本人に集めさせた方が社会をも益した気がする。社史というのは集めにくい反面で、極めて利用価値の高いものであるために、周囲で評判になったのをマスコミが嗅ぎつけ、機関が鵜の目鷹の目でその価値を狙ったことが仇になってかえってその後の成長を阻害した印象を受ける。

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テーマの著者 Anders Norén

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