蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

もう読めない本

★漂流教室関谷「お久しぶりです。漂流教室関谷です。今回は『もう読めない本』について語っていきます」

☆純クレ梅本「今の段階で逸書・逸文に触れるかは、ちょっと迷ったんですが、最初は簡単に書いて、後でチビチビ増補していけばいいや、って事でとりあえず簡単に進めてゆきます。このブログはいつだってそうです。」

 

★関谷「だから以前に読んだ時はごくごく簡単にしか書いてなくても、何か月か後に読むと、ちゃんと一通りのことは書いてある」

☆梅本「多分、このブログは全然更新してないと思ってる人がいるでしょうけど、地道に以前の頁を増補したり蔵書家を増やしたりしてるんです。去年の暮は、古代、中世、イスラム編を大幅に書き直してます。大晦日は、鏡像フーガ 蒐集のはじめ を以前の倍ぐらいに増補しました。
    これは管理人が昔ホームページを作ってた事はあっても、ブログというツールに慣れてなくて、いつまでもその時の癖を引きずってるからなんですね。ちなみに姉妹編の『もう観れない映画』は こちら です」

★関谷「しかし、伝承上伝わってるけど今では読むことのできない本について語るなんて、それこそ、蔵書のテーマに匹敵するほど膨大でとっかかりのないものだろう?」
☆梅本「このブログみたいに古今東西を対象にしている場合はね。
    でも最近、バエスの『書物の破壊の歴史』を読んで、ギリシア関連だけ分かりやすくまとめてあったんで、それを叩き台に始めて行きます」

 

★関谷「しかしやはり日本から語るべきじゃないか?
    旧辞や本紀、あるいは風土記の全部が今出てきたりすると、古代が専門の先生方は頭がパニックになってひっくり返ると思うんだが。
 

    一般に歴史学者で、古代専門の人と近世専門の人でどっちの仕事が難しいか?っていうと、やってる事がかなり違ってるから一概には言えない。
    史料を読むのは、昔に行けば行くほど文章が難しくなる。近世に書かれた文章なんて、かなり現代に近づいてるから、素人でも割と読みやすいけど、中世の漢文はかなり難しくなって、専門家じゃないとちゃんと読めない。それが古代に行くとさらに難しくなって、専門家でも解釈が分かれる。」
☆梅本「邪馬台国論争における魏志倭人伝の読みなんか、まさにそれですよね」

 

★関谷「しかし、史料の数は近世に近づくにつれてどんどん増えて、一人の人間が読める限界をはるかにオーバーするので、膨大な史料のうち、どこに当たるかは個人のセンスの問題になってくる。
    逆に、時代を遡れば遡るほど史料は少なくなって、上代になると残ってるのは学生でも知ってるようなものばかりだ。しかし語句の読み方は極めて難しく、少ない史料の一字一句に拘泥するのが仕事になってる。」

☆梅本「同じ日本史の学者でも、やってる仕事は全然違うわけですね。
    これはもともと中国語自体が『文法が存在しない』という説があるぐらい多様な表現の言語であって、しかも昔の日本人がそれをまた間違いだらけの漢文で書いてるもんだから、『今これを読め!』と言われると、非常に難しくなるんですよね。欧米人の日本史や日本文学の専門家ってだいたい近世が一番多くて、古代になると本格的な人はあまりいないでしょう?」

 

★関谷「だから、一字一句の読みに人生を費やした先生方が、今、旧辞や本紀が出てきてこれまでの自分の仕事がガラガラガッシャーンとなると・・・」
☆梅本「そういう事情は、ギリシア・ローマを対象にしているあちらの西洋古典文献学でも同じです。もしアレクサンドリア大図書館が残ってる目録のままの完全な姿で今出現すると、鬱病になる学者が無数に出るでしょう。ヴィンデルバントも『アレクサンドリア図書館がもし焼けてなかったとしたら俺たちは大変だ』とか講義で言ってたそうです」

★関谷「あちらは政治的な意図で燃やされたりするから、日本よりも一層・・・」
☆梅本「ええ、例えば、古代ローマ2代目の王ヌマ・ポンピリウス、この人自身ほぼ伝承上の存在なんだけど、その残した『秘儀書』が紀元前181年に発見されたそうなんです。
    これは日本に例えると、さっき言われた旧辞や本紀に該当するぐらいの、いにしえの幻の書ですね。でも現行宗教に反するとして、当時の元老院の決定で焚書にされたって。
    同じ古代ローマで、これに匹敵する損失と言えば、古から伝わっていた巫女の神託集『シュビラの書』が、古代末期の408年に軍人に焼かれた件でしょうか。」
★関谷「秦の焚書坑儒では、結局『楽記』が無くなってるしな。他の四書五経は中国人があちこちに隠してて何とか無事だったのに。
    でもあっちは『こいつが焼いた、あいつが捨てた、』ってのがはっきり記録に残ってるからいいね」
☆梅本「日本でも風土記なんか故意に捨てた人がいたのかもしれませんね」

 

 

 

もう読めない本 Ⅰ

★関谷「では、前置きが長くなったけど、今から始めます。

    まず、ギリシア悲劇だけど、これはもう、現存する作品が、記録に残るものから較べると、ほんの僅かで・・・」

☆梅本「ええ、アイスキュロスは79作のうち7作しか残ってません。
    次にソフォクレスも現存は7作ですが作品目録には120もあります。
    エウリピデスは比較的残ってる方ですが、それでも92作のうち悲劇18作とサテュロス劇1作ですね。ちなみにソフォクレスは断片も多く残ってます。」

    基本的にギリシア悲劇はこの三人だけしか残ってません。
    プラティナスの500もの悲劇、アスティダマスの250もの悲劇は全滅です。」

★関谷「喜劇はどのくらい?」
☆梅本「喜劇はアリストファネス一人だけです。
    ディオフィロスの101作の喜劇も、100作あったエウプロスの喜劇も、アレクシスの245作の喜劇も、断片のみでいずれも原形をとどめません。
    そのかわりアリストファネスはかなり残ってます。44作のうち11作も残り、他に断片が1000もあります。残ってるって言っても三分の一以下ですけどね。」

★関谷「アスティダマスとかディオフィロスとか全然知らないんだが」
☆梅本「そういう名前しかわからないような人はともかく、ソフォクレス一人を例にとっても、『オイデュプス』とか『アンティゴネー』とかあれぐらいのものが他にゴロゴロあったんだって想像するとブルーになりますね」
★関谷「映画に例えるとあれだな、昔の映画をたくさん観ようと思って、『カサブランカ』や『風と共に去りぬ』を観たぐらい段階で、教養が終わっちゃってるわけだな。この時代を研究している古典文献学の偉い先生たちも」
☆梅本「ケネス・ドーヴァー曰く、2000の劇が上演されたが現存するのは46作のみである、と」

 

 

 

★関谷「では次はギリシアの詩に移ります。
    叙事詩はともかく抒情詩はだいたいみんな小間切れでしょう? 詩集とか著作の形で残ってる人はいるのかな? 強いて言えばピンダロスぐらい?」
☆梅本「ギリシア最高の抒情詩人だけあって、ピンダロスだけはかなりの量が残ってます。祝勝歌四巻。でも実際はこれ17巻もあったらしいですけどね。」

★関谷「サッフォー、アナクレオンは・・・」
☆梅本「サッフォーは九つの著作があったけど、残ってるのは2編の詩と断片です」 

★関谷「サッフォーって単発の詩でしか読んだことないけど、著作のかたちにまとまってはいたんだね」    
☆梅本「アルクマアンはパルテネイオン全六巻がありました。
    コリンナも五つの著作がありましたが残ってるのは断片だけです。
    それでアガトンもやっぱり今は断片だけ。」

★関谷「うーん・・・ ギリシアの抒情詩は呉茂一先生の『ギリシア・ローマ抒情詩選』しか読んだ事がないのでコリンナとかアガトンは知らないな」
☆梅本「まあみんなそんなもんですよ。
    でもあの本は名訳ですよね。ただ新版はピンダロスが省かれちゃったので旧版の方がおススメだけど。

    あと叙事詩では、アルクティヌスに『アイティオピス』全五巻と『イリオスの陥落』全二巻があったそうです。やはり僅かな断片だけ残ってます。」

 

 

 

★関谷「今度は歴史にいきましょう。」
☆梅本「ギリシアには大勢の歴史家がいましたが、作品が残ってるのは古典期の三人と、あと数名だけです。
    では今残ってない作品で重要なものを挙げていくと、
    まず政治家アラトスの『回顧録』全30巻。完全に焼失してます。  
    サモスのドゥリスの著述も残るのは断片のみです。
    バビロニアの司祭ペロッソスの「バビロニア史」三巻はあちこちでよく引用される作品ですがやっぱり残ってません。
    それと、プルタルコスは87作品も現存しててかなり残ってる方なんだけど、それでも実際には227作品もあったそうです。」

★関谷「ヘロドトス、トゥキディディスが二大史家であるという通念はとっぱらった方がいい?」
☆梅本「でしょうね。三人しか残ってないんだから。小池百合子のカイロ大学首席卒業みたいなもんです。日本語科は生徒二人だけだったそうですよ。

    でもヘロドトスは古代での言及はわりに多いんです。トゥキディディスはそれほどではないかな?」

★関谷「それで、残ってるって言っても、みんな部分的に抜けてるよね。
    例えばヘロドトスの『歴史』を読んでたら、アッシリア帝国の滅亡のくだりがごそっと抜けてる。
    アッシリアって言ったら、古代でも悪逆非道な一番の悪役でしょう? それがだんだん追い詰められて、まさに滅びようとするところで記述が後に飛んじゃう」

☆梅本「トゥキディディスの『戦史』も後半はいきなり断絶してますね。あれも都市国家アテネがスパルタに追い詰められていく一番緊迫したとこです。ぺロポンネス戦争の発端から長々と続いてきたこの本のクライマックスの部分が欠けてるわけです。

    歴史を知らないわけじゃないので、その後どうなったかぐらいわかってます。
    アテネは籠城してはいても余裕で善戦してましたが、そこに、突然疫病が発生するんです。で、どうしようもなくなって市民の中から降伏論が出てくる。しかし当時のアテネを率いてた主導層は「民主国家アテネが独裁王国スパルタに降伏する事は絶対あってはならない」と抗戦を断行します。都市内には疫病が蔓延し、益々苦境に立たされる。しかし主導層は断固決意を変えない。     
    最後には市民が決起して、主導グループを処刑し、城門を開いてスパルタに降伏するんですが、このあたりの緊迫した展開をトゥキディディスの冷厳な筆がどう描いたのか。この本は西洋では古来政治家の座右の書とされてきただけあって、民衆の心理を克明に描写した名著だからです。
    またトゥキディディスの書いたものに、他にはない重要な情報があったかもしれない。というか、ギリシアに限らず古代史家の中で最も精細な記述をする人だから、恐らくあったに違いない。

 

    時代はかなり下りますが、ディオドロスの「歴史」40巻も、現存するのは15巻だけです。ディオドロスって人は面い角度から他の人が書いてないことを書いてて古代の情報源としては貴重なので(引用されたものしか読んだ事はないですが)、この人の著述の過半が散逸したのは痛いですね。なんでもコンスタンティノープルがオスマントルコによって陥落した時に失われたそうです。そうなると、1453年まではビザンツの帝国大学図書館に残ってたことになります。

 

    歴史書は、「ここぞ」ってとこで抜けてるケースが何故か多いです。
    ローマ時代だったら、タキトゥスの『年代記』は後半がガンガン抜けてます。それもネロが暗殺されたり話の展開がピークに達したあたりで抜けてる。
    著名なラテン語史書で一番たくさん抜けてるのは、何と言っても、ティトゥス・リウィウスでしょう。残ってるのは35巻ほどですがもとは142巻もありました。残存部分の全訳が今刊行中ですがそれでも14冊に及ぶらしいです。」

★関谷「エラスムスは、『ローマ建国史』が全部残らなかった原因はルキウス・アンナエウス・フロルスの「ローマ建国史便概」が2世紀頃に出回ったからだと書いていた」
☆梅本「そういうのが、かえって仇になる事があるんですね」
    
★関谷「呆れるのが、日本の六国史でさえ要所要所で抜けてる部分があるでしょ? 遠い古代ならまだしも、平安時代の、それも国が編纂した正史じゃないか」
☆梅本「あちらでギリシア・ローマの古典作品を現在に伝えたのは中世の修道院だけど、日本の場合、そういう機能を持っていたのは京都の五山あたりでしょうね。朝廷や貴族が伝えるには、応仁の乱が痛かった。
    まあ日本のはともかく、ギリシアローマの歴史書の抜け方は、あきらかな政治的な意図を感じるケースが多いです」

 

 

 

★関谷「最後は哲学です。」
☆梅本「これはもう・・・」
★関谷「正直ここが一番酷いかな」

☆梅本「ギリシア時代の書物で使用されていたパピルスは数百年しかもちません。だから書物は時代ごとに移し替えられ移し替えられして現在まで伝わってるわけです。
    しかし、西欧社会には、中世修道院時代というネックがあって、この時期にキリスト教の思想にそぐわないものはかなり淘汰されてます。プラトンが大部分残ってるのは、彼の思想にキリスト教に共通する部分が多くあったからでしょう。キリスト教自体が初期の教義形成に際してプラトンの思想を取り入れたという見方もありますから。逆に、ギリシア自然哲学者の著作なんて、無教養な修道僧がみてもパリンプセストにされるのがおちですよ。
    はっきり焚書や弾圧の記録が残ってなくても、これが今ないのは政治的な思惑によるものなんだろうなって、パターンは多いんです。

 

    たとえばデモクリトスは、古代のライプニッツって言っても過言じゃないくらい厖大な分野に渡る著作を残してるんです。アレクサンドリア図書館の目録によれば、哲学以外に、数学・天文学・宇宙論・音楽・感覚論・知識論・磁気論・生理学・医学・言語学・倫理学・詩学・地理学・農業・絵画と、アリストテレスに匹敵するというか、それを超えちゃう規模でした。
    アリストテレスは普通『万学の祖』って言われるけど、彼は主に文系の諸学の祖であって、理系分野では、とりあえず『自然学』における時間空間理論を別とすれば、もっぱら動物生態論の省察しか残してません。数理的な部分が欠如してますね。 自分の聞きたくない事は耳にフタしちゃうタイプのプラトンの弟子にしては、まあよくここまで興味・関心を広げたものだなと関心はするけど、ある一定の限界は残りました。
    ところが、デモクリトスは原子論を軸に、世界の数理的な体系化を目論んでいたのではないかと、著作分野を眺めるかぎりでは読めてしまうわけです。もしそうなら、これは非常にモダンな、現代的学問体系のあり方だと思います。微積分だってアルキメデスの前にデモクリトスが発明してたんじゃないか?っていう説もありました。
    だから、そういう人の学問体系がどの様なものだったか、というのは非常に興味深いわけです。でも今では、断片の語録しか残っていません」

 

★関谷「逆にプラトンの著作はほぼアレクサンドリアで作成された目録のまま残った」
☆梅本「でも当時のデモクリトスの評価は、ギリシア自然哲学の到達点みたいな位置づけで、プラトンに勝るとも劣りません」

 

★関谷「プラトン本人にも、デモクリトスには敵しがたいと思ってその著作を焼いたという、かなりみっともないエピソードが残ってるもんな」
☆梅本「西欧では文系的な発想による学問体系が17世紀までずっと続いてきたけど、もしこの人の全集をビザンツなりイスラムなりが保存していて、少数の識者でも目に触れるかたちで刊行していたら、今の学問はまた違ったものになっていたのではないかな?とか思ってしまいます。」

 

 

☆梅本「結果的に、ギリシア期の哲学者はプラトンとアリストテレスしかまともに残ってないのでは? という印象です。アリストテレスの『詩学』第二部が残ってないのは有名だけど、ソクラテス以前の哲学者の場合、そんなもんじゃなくて著作のかたちで残ってる人自体が存在しないんです。
    この人たちに関してはヘルマン・ディールスが編纂した断片集をみるしかありませんね。これが大部過ぎるという人は、岩波文庫で出てるディオゲネス・ラエルティオスの列伝を読んでください。

 

    タレス以降の自然哲学者とソフィスト以外も、キュニコス派、ピュロン主義、ストア派、全部断片です。ストア派のゼノンの「国家」は当時はプラトンの「国家」よりも有名でたくさんの人に読まれてたけど、やっぱり残ってません。」

★関谷「ストア派って言ったら、ローマ時代には支配哲学でしょ? キケロもマルクス・アウレリウス帝もみんなストア派じゃないか、なのに教祖の著作が残ってないとは」
☆梅本「一冊も残りません。ストア派はローマ時代の人は色々残ってるんですが、ギリシア時代はお寒い限りです。中興の祖のクリュシッポスの700作あった膨大な著述も、断片や後世の引用で知るだけですよ」

★関谷「確かにローマ時代に下ると色んな著述家々残ってるもんな。だったらソクラテス以前だって誰か一人ぐらい・・・」
☆梅本「一冊も残りません。ソフィストはプロタゴラスもゴルギアスも全滅です。
    ソクラテス以前に関しては、後の中世修道院時代うんぬんの問題以外に時期的な要因もあるんじゃないかと思います。
    まず、やっぱり古すぎる。それとパピルスはギリシアの湿気の多い風土では特に弱い。
    そしてもう一つ、ギリシアの都市国家というのが案外因習的で、宗教的な理由による焚書を結構やってる。プロタゴラスもその犠牲者です。自然哲学者ではエンペドクレスが家族に焼かれてました。
    プラトンが残ったのは思想的にキリスト教と近しいだけではなくて、当時のアテネの御用哲学だった側面もあるでしょう。イデア論を離れた後継者のスペウシッポスは全く残ってませんしね。その意味でヘーゲルがプロイセンの御用哲学として称揚されたのとよく似てます。

 

 

★関谷「では、ギリシア関連を終える前に、自然科学関係も追加しておきましょう。」
☆梅本「えーと、アレクサンドリア図書館の館長だったエラトステネスが地球の外周を計算した著述はよく引用されますが、例によって現物は残ってませんね。 同様によく引用されてるアリスタルコスの地動説の著述も残ってません。」
★関谷「エラトステネスと同じムセイオンの学者でも、アルキメデスやユークリッドが残ってるのはコピーが多かったからかな?」

☆梅本「かもしれません。ムセイオンでは司書カリマコスに800もの著作があったという話ですが今は跡形もありません。
    あと『アルマゲスト』や『テトラビブロス』が残ったのは中世の世界観に合ってたからかな?

    それより『ヒポクラテス全集』が70巻のうち60巻も残ってるのは、なんだか現金ですねえ・・・」
★関谷「みんな健康は大事だからな。これはヒポクラテス本人とその一門による著作だね」
☆梅本「哲学書や歴史書は平気で燃やしたり削ったりするのに、医学書は・・・」
★関谷「焚書坑儒でも医書は対象から外されてるからな」

 

 

もう読めない本 Ⅱ

★関谷「ギリシア語の次は、ラテン語へ話題を移します。でも前回ラテン語の本の話もだいぶやっちゃったな。タキトゥスとか『秘儀の書』とか」
☆梅本「ラテン語は時期が近いだけあって、ギリシア語ほどの全滅状況ではありません。そうは言っても、『あれがないこれがない』は相変わらずキツイですが」

★関谷「あれがない、これがないとか愚痴ってても仕方がないと思うんだよ。
    たとえば、今デカルトの『世界論』の草稿が読みたいとか言ってても、もうどうにもならないでしょ。 音楽だってバッハのマルコ受難曲とか、モーツァルトのアイネクライネナハトムジークの幻の第三楽章とか、楽譜が消失したものはいくらでもあるじゃないか?」
☆梅本「彫刻だったら、フィディアスの『オリンピアのゼウス像』がありましたね。 なんなら美術・音楽関係でもやってもいいんですよ。映画ではもうやってるし(もう観れない映画)。 
    こういうのを愚痴ってるとこが、他にどこにもないから、ウチでとりあえず試験的にやってるわけです」

 

★関谷「・・・・・・・・・・

    では 前回 の話の続きから始めましょう。
    ヒポクラテスの医学書なんかは比較的よく保存されてたようだった。じゃあ、ガレノスなんかはどうなの?」
☆梅本「ガレノスは20作も著述があるから、思わす『結構残ってるじゃん!』となってしまうんですけど、それらは全体量から見るとほんのわずかで、実際にはもっと膨大な著作がありました。これが伝わらないのはウェスパシアヌス帝の図書館が191年に焼けたためだと言われています」
    ちなみにガレノスはローマ時代の人だけどギリシア語文献です。歴代ローマ皇帝の侍医だったってイメージが強いのでついラテン語書籍だろうって思っちゃうけど、ベルガモン出身なので本はギリシア語で書いてます。
★関谷「ギリシアの医聖ヒポクラテス、ローマの医聖ガレノス、イスラムの医聖イブン・シーナーの三人をもって近代以前の三大医学者とする事になってるんだが、最後のアヴィセンナは・・・」
☆梅本「それはまたイスラム篇でやりますから、脱線しないでください。とりあえずラテン語の本に話を移しましょう。

 

 

★関谷「ラテン語と言えば、真っ先にキケロが思い浮かぶわけだが・・・」
☆梅本「ええ、あれほどの量の著作が読めるにもかかわらず、主著の『国家論』は一部しか残ってませんねこの人も」

★関谷「本人の著作じゃないけど、テュラニオンが作成したと言われるキケロの『蔵書目録』がもし今に残ってたら? とか時々考えるんだよ」
☆梅本「古代の個人蔵書の目録なんて部数は無いに等しいので発見される事はありえないと思いますが、残ってたらある意味『ピケーナス』の完本以上に衝撃的でしょうね。共和制末期のローマでは最大の蔵書家とみなされている人だから、それこそラテン語文献というものの真の全貌が分かるかもしれない」

 

 

★関谷「キケロに匹敵する蔵書家としては、ヴァロとか・・・」
☆梅本「おそらくローマの著述家の中で一番痛いのが、そのヴァロなんです。」
★関谷「シーザーが作る予定だったローマ国立図書館の館長に予定されてた人だよね」
☆梅本「ヴァロには74作、巻数にして620巻もの著作があったと言われています。古代ローマでも最も博識な人物と言われていました」
★関谷「蔵書家としても、本篇のローマ編で紹介されてたな」
☆梅本「ものすごく簡単にね。ここの管理人はキケロとかヴェルギリウスみたいな誰でも知ってるような有名人になると、急に説明を端折っちゃう事がありますから」
★関谷「それで残ってるのはどれぐらい?」
☆梅本「見事に『農業論』一作だけです。他に断片ならありますが。ただこの人の場合、もっと後の時代まで著作が残ってた可能性もあるんです。
    中世初期のスペインにセヴィリアのイシドルスって百科全書的な知識を持つ大司教がいて有名な『語源』っていう百科事典を編纂しています。これは、全20巻だったかな、とにかくかなり浩瀚なもので、知識に飢えてる中世では非常に珍重されました。
    しかし、こんなものを執筆するには相当の蔵書がなければならない。イシドルスはそれなりに集めてたようだけど、そこまでの推定量ではないんです。だからヴァロの百科全書的な著作がこの時期まで残ってて、それを種本にしたんじゃないの?って説があります」
★関谷「結構面白そうなのもあったみたいだね」
☆梅本「肖像画入りの人物図鑑とかね。当時のローマではベストセラーになってたそうですよ」

 

★関谷「歴史の記録なんかは・・・」
☆梅本「ネロの時代のローマ大火で青銅文書三千枚が焼けたために、ローマ創世の頃の行政や社会の様子があまりわからなくなりました。」
★関谷「火事で焼けたのは仕方がないけど、皇帝が気に食わない本を焼いた話もあるだろう。アウグストゥスは自分の気に入らない本を2000冊も焼いている。」
☆梅本「この時にセウェルスの全著作やティマゲネスの「歴史」などが消えてますね。
    あとオウィディウスの『愛の技術』の流通を禁止しています。これは為政者にとっては嫌われる本のようで、ルネサンス期にサヴォナローラが神権政治を敷いてた時も燃やされてるし、1599年には英訳版がカンタベリー総主教に燃やされてます。」

★関谷「でも、そういうのに限って後に残っちゃうんだよな」
☆梅本「ええ、これは今も文庫本で読めちゃいます。アマゾンリンク 恋愛指南―アルス・アマトリア (岩波文庫)」

    皇帝による焚書では、ティベリウス帝もクレムティウスの史書を焼いているし、ドミティアヌス帝も自身を非難する書を焼いてます。リヴィウスにも、BC186年にも元老院が焚書にするための本を集めるため行政官を招集したという記述があります」
★関谷「ギリシアもローマも政治的な焚書って多いみたいだけど、やっぱりほんとにすごいのは、キリスト教初期のやつでしょ」

☆梅本「その頃のキリスト教はもっとスケールが大きくて、この著作を焚書にしろっていうより、図書館全体を焼いちゃえ、っての多いんですよ。
    背教者ユリアヌス帝がアンティオキア図書館に異教文献を集めてたぞ、って聞くと、そこを焼いちゃえとか、アレクサンドリア図書館を焼いちゃえとか、反キリスト教であろうがなかろうが異教文献はみんなやいちゃえみたいな・・・

    勿論書物を指定しての焚書もありますよ。新プラトン学派のポルピュリオスの『反キリスト教論』全15巻は、三世紀にあって徹底したキリスト教批判の書なので当然焼かれて伝わりません。 これはキリスト教が嫌いっていうよりも、オリゲネスなど初期のギリシア教父がとんちんかんな古典の知識で聖書の注釈を行っているのに、一専門家として我慢がならなかったみたいです。
    初期キリスト教時代の焚書では、同じキリスト教徒の著作も多く焼かれてるんですね。実はそのオリゲネスも553年に一度異端宣告を受けていて、その時に膨大な著作が焼かれて、現在はそのうちわずかしか残りません。オリゲネスっていうと、今でも結構浩瀚な著作がいくつも残ってますけど、本当は大川隆法なみの大著述家で、自作だけで図書館が作れた人だったんです。特に痛いのはオリゲネスによる『六ヶ国語対訳聖書』です。これは断片のみが残ってますが、もし完本が残っていれば・・・ 

ちなみにオリゲネスのはラテン語ではなくギリシア語著作です」

★関谷「ああいう人たちは仲間同士でも共食いしてるんだな」
☆梅本「今のカトリックが最終的に勝利を得るまでには、何度も公会議を経てきていて闘争の連続ですからね。あと、当然といえば当然ですけど、グノーシス派の膨大な文書もほとんどが伝わりません」

★関谷「この頃のキリスト教による書物廃棄って、本に限られたものじゃなくて文化全般でしょ? 劇場の舞台や俳優の演技も対象になったって聞くし。 ほとんど中国の文化大革命と同じだぜ」
☆梅本「まあ古典古代の文化全般に対するものだったんでしょうね」
★関谷「ルネサンスになってからサヴォナローラがやった焚書だって、本だけでなく装身具や美術品、楽器やトランプ、チェスにまでやられたっていうじゃないか。あのときは子供たちに一軒一軒ドアを叩かせて、半ば強奪するように回収したそうだ」
☆梅本「ギリシア・ローマでやってた焚書よりも、ユダヤ・キリスト教系の焚書の方がなんか徹底的な感じがしますね。聖書のエレミア書36章からも、古代イスラエルで古くから焚書が行われていた様子は伺えます。」

 

★関谷「もっと明るい話はないのかな」
☆梅本「パリンプセストから救出された古典の話とかなら・・・」
★関谷「この前も言ってたけど、そのパリンプセストって何?」
☆梅本「ギリシア・ローマの古典作品が書かれた羊皮紙の本の表面を削り取って、その上からキリスト教の著作を書いちゃうことです。」
★関谷「またえらくセコイことするんだな。」

☆梅本「詳しく言うとね、羊皮紙に書かれた文面をこすり取って、中央の折り目で裁断し、半分の大きさになったものを、冊子状に閉じて、新しく文章を書いたものの事です。ギリシア語の単語『パリン』(再び)と 『プサオー』(こすられた)を合せた造語です。
★関谷「要は写本のリサイクルだな。」

☆梅本「それというのも、羊皮紙が高価だったためですよ。羊皮紙は裏表に書けるけど、羊一頭で四枚しか取れません。だから本一冊作るには30頭ぐらい殺さないとダメなんです。」
★関谷「だからどうせ捨てる本なら、それを再利用してやるか、って事になったわけか」

☆梅本「パリンプセストは主にキリスト教の支配が確立した中世期に行われましたが、これを一番やったのはボッビオ修道院です。ここは9世紀西欧では最大級の蔵書を誇り、U・エーコの『薔薇の名前』の舞台にもなったほどでしたが、写本制作でも有名でした。」
★関谷「でも、考えようによると本の最大の廃棄所だったかもしれないな」

☆梅本「パリンプセストというと、一般的なイメージでは、主に教父の著作のために、キケロ、リヴィウス、ヴェルギリウス、ブラウトゥス、プリニウス、ルカヌス、フロントなどのラテン語著作が消されたという感じですが、それに限られず様々なものが犠牲になってます。教父著作自体が上書きされてる例も少なくないんです。
    そもそもヨーロッパでは羊皮紙自体、修道院が書物生産の主体になって以降の素材ですから、それに書かれてる事自体、すでに中世に入った以降にパピルスから一度写し替えられてる筈なんです。でもそれですら後の時代に上書きされて消滅しちゃったわけですね。
    これが意味するのは、西洋中世における古代の古典作品の消滅は、古代から中世へ移り変わった頃一気に行われたわけではなくて、中世の長い期間を通して持続的に行われてきたという事です。」
★関谷「何が言いたいのかよくわからないが、ところでパリンプセストのどこが明るい話なんだ?」

☆梅本「実はパリンプセストで消された本文を復活する技術が存在するんです。
    七世紀のボッピオ修道院で製作されたアウグスティヌスの詩篇の注釈書が、1891年ヴァチカン図書館で調べた結果、キケロの「国家論」に上書きされたパリンプセストだと分かって、薬品を使用してもとの文章が復元されました。伝承だけが残っていた著作が、現在にその姿を現した事は当時大きなニュースになってます。
★関谷「凄いことじゃないか。ところで、アウグスティヌスの方はどうでもいいんだな」
☆梅本「それはもう一杯あるからいいんですよ」

★関谷「この技術を使えば、消えた幻の書をまた読むことができるという事か・・・」
☆梅本「今はX線を使うとか、技術はもっと発達していますけどね。
    で、以後同様のやり方で、削られた文章を復活させる試みが多く行われました。
    ローマ五大法学者の一人であったガイウスの手になる『法学提要』や、アルキメデスの『方法』が復元された時には、その道の専門家にとってはまさに鳥肌ものだったと思いますよ。共に邦訳が出ています」

 

★関谷「この短いページで、消えた書物について語るのは不可能です。
    かつてコンスタンティノープル総主教だった聖フォティウス(Saint Photios 820-891)は「図書総覧」(Bibliotheca)という著作を残し、彼もこの著作の中ですでに失われたギリシアやビザンツの書物について論じていたものでした」

☆梅本「実はその『図書総覧』もまた不完全にしか残ってないんですけどね」

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© 2021 蔵書家たちの黄昏

テーマの著者 Anders Norén

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