蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

撮られなかった映画

年越し対談 幻の映画 幻の企画

 

★漂流教室関谷「年末なので、『観ることが出来たかもしれない幻の映画 幻の企画』と題して年越し対談を行います」
☆純クレ梅本「蔵書と全然関係ないでしょう? 肝心の近世西欧編がまだ手付かずなのにこんな遊びの企画入れていいんですか?」
★関谷「本当は去年の今頃完成してるはずなのにな、管理人は何してるんだ?」
☆梅本「このブログは全然更新してないと思ってる人がいるでしょうけど、地道に以前の頁を増補したり蔵書家を増やしたりしてるんです。
    今年の暮は、古代、中世、イスラム編を大幅に書き直してます。つい昨日は、鏡像フーガ 蒐集のはじめ を以前の倍ぐらいに増補しました。」

★関谷「さて、このあいだ昔のスクリーンの海外制作ニュースの欄を読んでたら、ベルイマンとフェリーニと黒沢の三人がなんとかの都ってオムニバスを撮る話が載ってて驚いたんだけど、結局これはフェリーニ単独作品の『女の都』になったらしい」
☆梅本「そういう企画が変わっちゃったケースも多いですね。」
★関谷「それで今夜は、今日はそういう実現しなかった幻の企画、幻の配役について語っていきます」

 

 


 ベティ・デイヴィス版「風と共に去りぬ」
 マリリン・モンロー版「クレオパトラ」
 オードリー・ヘプバーン版「クレオパトラ」
 エリザベス・テイラー版「ローマの休日」
 マリリン・モンロー版「ティファニーで朝食を」
 ポール・ニューマン版「ベン・ハー」
 バート・ランカスター版「猿の惑星」
 スティーヴ・マックィーン版「地獄の黙示録」
 スペンサー・トレイシー版「必死の逃亡者」
 スティーヴ・マックィーン版「ダーティーハリー」
 アル・パチーノ版「スターウォーズ」
 ジュディ・ガーランド版「アニーを銃を取れ」、
 ジェームス・スチュアート版「北北西に進路を取れ」
 マーロン・ブランド版「アラビアのロレンス」
 マーロン・ブランド版「山猫」
 ローレンス・オリヴィエ版「山猫」
 ポーラ・ネグリ版「サンセット大通り」
 ポール・マッカートニー版「ロミオとジュリエット」

 

★梅本「私は『風と共に去りぬ』を完全主義者のジョージ・キューカーが最後まで監督してたらもっと名作になったんじゃないかと思います」
★関谷「セルズニックと喧嘩して降ろされたんだっけ? あの映画は女優選定でもすごい揉めてたな」

☆梅本「マーガレット・ミッチェルの原作ではスカーレット・オハラを決して美人だとは書いてないんですよ。あくまで性格的に魅力があるという表現です。だから何もヴィヴィアン・リーみたいなえげつなぐらいの美形を持ってこなくてももっと演技力のある女優で、って気持ちになります。
    スクリーンテストで落ちたベット・ディヴィスとかボーレット・ゴダード、スーザン・ヘイワードのバージョンを考えてみるのも楽しいです。特にベット・デイヴィスはウィリアム・ワイラーが『風と共に去りぬ』に対抗するために作った『黒蘭の女』に主演して前年度のアカデミー賞取ってるぐらいですから。
    他にキャサリン・ヘップバーンもこの役には意欲満々だったそうです」
★関谷「でもレッドバトラー役の方はクラーク・ゲーブルがイメージに合いすぎて彼一択だったんだろう?」
☆梅本「私もそう思ってたんですが、そうでもないみたいです。実はゲーリー・クーパーへもオファーがあったんだって。」

★関谷「『風と共に去りぬ』以外で、いろんな女優が候補に上った大役って言ったら?」
☆梅本「やはりエリザベス・テイラー主演の『クレオパトラ』でしょう。史上最大の製作費ですから」
★関谷「たしか、マリリン・モンローも自分でクレオパトラに扮した写真をリチャード・アドヴェンに撮らせてプロデューサーに送りつけてアピールしたという・・・」
☆梅本「写真が残ってます。まあイメージが違いすぎるので相手にされなかったみたいですが。
    この作品は当初低予算の予定でした。その頃はジョアン・ウッドワードあたりが候補になってました。でも予算が膨らんでいくにつれて候補も変わり監督のルーベン・マムーリアンは黒人女優を押すし、フォックスの社長は全盛期だったジーナ・ロロブリジーダを押すしで中々決まらず、最後はエリザベス・テイラーとオードリー・ヘップバーンの二人に絞り込まれたそうです。」
★関谷「で、結局リズテイラーになったというわけか。」
☆梅本「ええ オードリーはタイプが全然違いますもん。もともと大作よりおしゃれなサスペンスやコメディで輝く人でしょう?」

★関谷「でも『ローマの休日』の時は、リズとオードリーの立場は逆じゃなかった?」
☆梅本「よくご存じですね。『ローマの休日』は当初エリザベス・テイラーやジーン・シモンズが有力でした。こっちは仮にEテイラーが主演してたとしてもまったく違和感ありません。

    次作の『麗しのサブリナ』では、オードリーは最初からそのままですが、当初相手役に予定されてたケーリー・グラントがハンフリー・ボガートに代わってます。全然タイプの違う俳優なので脚本を相当書き直したそうです。
    同じワイルダー作品の『昼下がりの情事』でもCグラントは相手役に予定されてたんですが、これもユル・ブリンナーを経て結局晩年のゲーリークーパーに決まりました。グラントは最終的には『シャレード』でオードリーと共演することになります。


    私いつも思うんですけど、オードリーとグレース・ケリーの二人は毎回20も30も年上のオジサンやお爺さんばかり相手役に設定されて可哀想だなって。多分プロデューサーのオジサンたちの強い意向なんでしょうけど、彼女たちはスクリーンの中ではオジサンからは決して逃げられないんですね・・・
    オードリーは最初に結婚したのが若い美男俳優のメル・ファーラーだから、プライベートではそういうロマンスグレーのおじ様が特に好きなわけではないんですよ。」
★関谷「彼女の映画だけ観てたから、この人は加護亜依みたいな『うちオッサンが好きやねん』タイプなのかと受け取ってた」
☆梅本「決してそうじゃない。普通、誰でも若い方がいいでしょう?」
★関谷「G・クーパーやC・グラントはハリウッド屈指の男前だぞ」
☆梅本「いくら男前でも60のお爺ちゃんに妖精みたいな娘が付きまとうわけないじゃないですか」
★関谷「いや、しかし・・・」
☆梅本「映画ってオジサンたちの作る彼らの内的世界みたいなものだからオードリーの様な可憐なタイプは、スクリーンの中ではオジサンから逃れられないんですよ。一方でグレース・ケリーの方は玉の輿だとか何とかいわれて、プライベートでもレーニエ大公みたいなお爺ちゃんに貰われてしまって・・・」

★関谷「しかし、女優さんには才能と結婚するタイプがいるよね? M・モンローみたいに結婚相手が野球選手のジョーディマジオとか劇作家のアーサーミラーとか」
☆梅本「彼女、ケネディ大統領とも噂がありました」
★関谷「E・テイラーもそうじゃない? P・ローフォードやR・バートンや」
☆梅本「結婚相手には共和党の大物政治家もいましたね。
    でもエリザベス・テイラーの最後の結婚相手は土木作業員ですよ。もうなりふり構わない感じです」
★関谷「マジか・・・ 『名犬ラッシー』に出てた頃の可愛らしい姿からは想像できないな」
☆梅本「それぐらいの強さがなければ、ハリウッドで50年もやってこれなかったって事なんでしょう。女優さんって目的のためなら何でもやる人が多いですよ」
★関谷「田中絹代も楢山節考の役作りで歯を抜いてるよな」
☆梅本「エリザベス・テイラーとマリリン・モンローはユダヤ教に改宗してます。プロデューサーの大半はユダヤ系ですからね。
    これ聞いて笑う人もいるだろうけど、そこまでやらないとあそこまでの地位は掴めないわけです。


    また変な方向に脱線してしまいましたが、オードリーがらみでとくに有名なのは『ティファニーで朝食を』のケースです。カポーティが映画化をOKしたのはマリリンモンローを主役にするからって条件だったのに、映画会社が決めたのはマリリンとはイメージが真逆のオードリーでしょう、そりゃカポーティも怒りますよ。」
★関谷「あの主人公は『自由な女』って言うけど、結構ちゃらんぽらんな女のキャラクターなんだよな」
☆梅本「原作を読んだのは中学の時なのではっきり覚えてないんだけど、部屋が散らかしっぱなしの風俗嬢みたいなキャラだったような気がします。たとえて言うなら戸川純の様な。
    オードリーでは少しクレバーすぎるんです。原作者の主張するようにマリリン・モンローが適役だったと思われます。」
★関谷「原作者こそが一番作品のことを理解してるかもしれない」
☆梅本「エリザベス・テイラーがテネシー・ウィリアムズの映画化作品によく出演したのも原作者の強い押しあっての事です。彼女美人女優のイメージが強いけど、演技力には定評があって特にTウィリアムズ作品に強い適性をみせましたから。

    ただ、必ずしもそうとは言えないケースもあるんです。ヘミングウェイの場合の様に」
★関谷「ああ 自作の映画化ではゲーリークーパーばかり押したという」
☆梅本「自分の作品の主人公に最もふさわしいのはゲーリー・クーパーだって常々言ってて『誰がために鐘は鳴る』でも『戦場よさらば』でも彼をプッシュして主演させました。
    でもヘミングウェイの小説って、ほとんどが本人の体験した冒険記で主人公のモデルは自分自身でしょう? 猪首のあんたのどこがクーパーなんだって話です」
★関谷「『老人と海』を別にすれば、ヘミングウェイの小説の映画化作品は男前が主演することが多いね」
☆梅本「『陽はまた昇る』のタイロン・パワーとか『キリマンジャロの雪』のグレゴリー・ペックとか『武器よさらば』のロック・ハドソンとかでしょう? 私はそういうのも原作者のルックスから言ってトーマス・ミッチェルとかアーネスト・ボーグナインとかネッド・ビーティに演らせれば面白かったと思いますね。この話題はどうもミスキャストの話題に断線しやすいですね。ミスキャストの話題は こちら でやりましょう」

★関谷「ところでまた『クレオパトラ』の話に戻るけど、あれは監督もマムーリアンからマンキーウィッツに代わってる」
☆梅本「共演者も変更になってます。シーザー役はピーター・フィンチからレックス・ハリソンへ、アントニー役はスティーヴン・ボイドからリチャード・バートンに。
    数多い女優たちの中からクレオパトラ役を勝ち取ったエリザベス・テイラーはまさにこの頃のハリウッドの女王だったんでしょうね」


★関谷「逆に大役なのにみんなが断っちゃったケースはないの?」
☆梅本「『ベン・ハー』です。 当初ポール・ニューマンだったらしいんだけど、彼は史劇は苦手だからって断って、マーロン・ブランド、バート・ランカスター、カーク・ダグラス、ロックハドソンなどが断って結果的にチャールトン・ヘストンになりました。ワイラーが特にヘストンを気に入ってた事もあったんでしょうが。」
★関谷「なぜだろう? 受けてれば確実に俳優として一生の代表作になったのに」
☆梅本「さあ、当初はあそこまでの名作になるとは思われてなかったのかもしれないし、ネチネチした演技指導で悪名高かったウィリアム・ワイラーが嫌われたのかもしれません。
    ちなみにデミルの『地上最大のショウ』でも主役のサーカス団長役にはバート・ランカスターやカーク・ダグラスが候補に上った後、最終的に役を得たのはチャールトン・ヘストンでした。ずーっと後の『猿の惑星』でもマーロン・ブランドとバート・ランカスターが主役を断った後チャールトン・ヘストンが受けてます」
★関谷「これは製作者サイドに『この映画はガタイのいい面構えのイカツイ役者で行くぞ」という方針がある場合に、まず選択肢に上る俳優がチャールトン・ヘストンとかバート・ランカスターとかマーロン・ブランドとかカーク・ダグラスだったわけだな」
☆梅本「特にBランカスターとCヘストンは全盛期のハリウッドではその最右翼ですね」

★関谷「『地獄の黙示録』が当初の企画ではマーロン・ブランドとスティーヴ・マックィーンとジーン・ハックマンの三大スター共演になる筈だった、って話も有名だよね」
☆梅本「マーティン・シーンがやった役にマックイーンで、ロバート・デュバルがやった役にハックマンですよね。あれはブランドとマックイーンがクレジットの上下関係で揉めて、ブランドが押し通して結局マックイーンが降りちゃったんです。似たケースでは古い『必死の逃亡者』って映画で押し込み強盗役のハンフリー・ボガートと一家の主人役のスペンサー・トレイシーがどっちが上かって揉めて、トレイシーが降りて代わりにフレデリック・マーチがキャスティングされた話があります。主演級の大スターが共演する場合この手の話は多いですね。マックイーンは『タワーリングインフェルノ』でもポール・ニューマンとクレジットで張り合って、この時はPニューマンがトップを譲ってます」
★関谷「昔の東映でも片岡千恵蔵と市川右太衛門が共演する時は、ポスターの写真から字の大きさまで映画会社は異常な神経の使いっぷりだったもんなあ」

☆梅本「こういう幻の主演作の話が一番多い人は、いま名前が出たスティーブ・マックィーンでしょう。いい役が来てもすぐ断っちゃう。」
★関谷「そう。『ダーティーハリー』は最初マックィーンにオファーが行って、彼が断ったのでクリント・イーストウッドになったんだよな。『フレンチコネクション』もマックィーンが断ったおかげでジーン・ハックマンがスターダムに乗り上げた。『明日に向かって撃て』でロバート・レッドフォードがやった役も元は彼にオファーが来てた。」
☆梅本「『未知との遭遇』でRドライファスが演った主役もスピルバーグは最初マックィーンを懸命に説得するんですが成功しませんでした。ひょっとしてマックィーンって、彼自身の代表作よりも、断った映画の方が名作になってないですか?」
★関谷「気難しい人間だったからそれでだいぶ損してるのかな」

☆梅本「アル・パチーノもいい役を結構断ってます。ハリソン・フォードがやった『スターウォーズ』のハンソロ役とか、ダスティン・ホフマンがやった『クレイマークレイマー』とか」
★関谷「アル・パチーノって永年オスカーを狙ってて中々果たせなかった人だから『クレイマークレイマー』蹴ったのは後で後悔したかもしれんね」

☆梅本「マックィーンとは反対に他の俳優の代役を引き受けて、それでキャリアアップしていったのがジャック・ニコルソンです。
    『カッコーの巣の上で』はもともとジーン・ハックマンの企画だったんですよ。『愛と追憶の日々』はバート・レイノルズ、『男と女の名誉』はジョン・トラボルタの代役でした。」
★関谷「ニコルスン、これでオスカー取ってないか?」
☆梅本「ええ 『カッコーの巣の上で』で主演賞。『愛と追憶の日々』では助演賞。そこがニコルスンという役者の凄いとこですね。

    あと『アニーを銃を取れ』は当初ジュディ・ガーランド主演の予定だったのに、彼女酒浸りでベティハットンに交代しました」
★関谷「あれはベティ・ハットンでよかったと思うよ。見事なパフォーマンスだったし」
☆梅本「私もあれ見るまでベティ・ハットンって一体何がいいんだろうって思ってましたけど・・・」

★関谷「『北北西に進路を取れ』も当初はジェームス・スチュアートの筈じゃなかったっけ?」
☆梅本「ヒッチコックがこの映画はケーリー・グラントの方が適役だと思って、やる気満々のジミーを断ったんですよね。まあ全盛期のヒッチコック映画はあの二人を交互に主演させてるのであまりイメージ変わらないけど。

    ところで意外に思われるかもしれませんが『アラビアのロレンス』は最初なんとマーロン・ブランドがキャスティングされてたんです。」
★関谷「ブランド版の『アラビアのロレンス』なんて全然イメージに合わない」
☆梅本「だからデヴィッド・リーンが反対して無名のピーター・オトゥールに替えたって。ロレンス本人にもよく似てるし」
★関谷「今はロレンスといえばPオトゥールのイメージが完全に定着している」
☆梅本「ベディ・デイヴィスが演った『イブの総て』のマーゴ・チャニング役も、最初はクローデット・コルベールの予定だったようですよ」
★関谷「ベティ・デイヴィスでも代表作中の代表作じゃないか あの役は彼女以外にないだろ?」
☆梅本「私はあの役はあまりにも彼女のまんまのイメージ過ぎて、誰か他の人でも良かったんじゃないかと思うんですけど。クローデットコルベールは結構器用な女優ですし、あれで当たってたらコルベールは戦後にもキャリアを切り開けたんじゃないでしょうか。

★関谷「この頃のMブランドは引っ張りだこだったらしく、ヴィスコンティの『山猫』でも候補に上ってた。バート・ランカスターが演じた老公爵の役だけど、当初ヴィスコンティはローレンス・オリヴィエを所望してたってさ。でも容れられずに次はマーロン・ブランドを希望してそれもダメ。で結局バート・ランカスターに落ち着いたらしい。使ってみると気に入ったそうだ」

☆梅本「そのヴィスコンティの弟子だったゼフィレッリの『ロミオとジュリエット』はロミオ役が最初はポール・マッカートニーにオファーが行ったんですよね」
★関谷「こうなると話題作り以外の何物でもないな」

☆梅本「もうちょっと古い映画になるとワイルダーの『サンセット大通り』でグロリア・スワンソンが演じた狂気の大女優。あれはもともとはポーラ・ネグリを念頭に書かれたシナリオでオファーもまずネグリにいってます。ネグリが断ったんでライバルのスワンソンが起用されたんです。
    またワイルダーが晩年に撮った『悲愁』の中で『死んだドイツの大女優』というのはポーラ・ネグリの事らしいんです。」
★関谷「うーん、ポーラ・ネグリなんていうサイレント期のヴァンプ女優をこれを読んでる人が知ってるかどうかはともかくとして、『悲愁』のモデルもスワンソンだと思ってたけど違うのか・・・」
☆梅本「戦前のロマンティックコメディの最高峰といわれる『フィラデルフィア物語』では、キャサリン・ヘップバーンは当初クラーク・ゲーブルとスペンサー・トレイシーを相手役に希望してたんです。二人ともスケジュールの都合がつかなくて結局ケーリー・グラントとジェームス・スチュアートになりました。あれは洗練の極致みたいな作品なのでこっちのメンバーの方がしっくりきますね」
★関谷「でもゲーブル、トレイシー、Kヘップバーンなんてもし実現してたらすごい顔合わせだな・・・」
☆梅本「こういうのこそ観てみたいですねえ。実現しなかった幻の映画・・・
    脇役でもこういうケースは多いですよ。オールスター映画の『オリエント急行殺人事件』ではイングリッド・バーグマンは当初ドラゴミロフ侯爵夫人に予定されてたんです。でも『アタシはこっちをやりたいのよっ』って言って宣教師役の方を演じたんですよね。あの映画に出てる俳優の中でも一二を争う大スターだからそういうワガママも通るわけです。でもさすが大女優ですね。この役でオスカーの助演賞取っちゃったんだから」
★関谷「そういうオールスター映画のはしりは1932年の『グランドホテル』でしょ。あれもグレタ・ガルポの相手役は当初はジョン・ギルバートの予定だったのにジョン・バリモアに替えられたらしい。おかげで珍しくバリモア兄弟の共演が観れた』
☆梅本「ジョン・ギルバートってたしかサイレント時代は大スターだったけどトーキーになってキンキン声がばれて人気失墜した人ですよね?」
★関谷「同様に豪華キャストの『地上より永遠に』でフランク・シナトラが演じてオスカー取った役は、本来別の俳優が予定されていてシナトラはマフィアの親分に泣きついて無理矢理役を奪ったそうだ。この一件は『ゴッドファーザー』の一エピソードのモデルにされて世間に知れ渡ってシナトラは脚本家を恨んでたらしい」

☆梅本「日本映画を忘れてましたが、やはり黒澤明がらみで有名な例が多いです。勝新太郎の影武者降板騒動とか」
★関谷「仲代達矢の完全主義的な演技があの映画の静謐なトーンを決めちゃったでしょ。勝新がやってたらもっとダイナミックな作品になったかもしれない」
☆梅本「本来であればこういうのは三船敏郎がやってた役なんですけどね」
★関谷「黒澤と三船は『赤ひげ』撮影時に大喧嘩して以来それっきりだからな。あれはどっちにとっても不幸な出来事だったと思うよ。三船はあれ以後たいした映画に出てない。黒澤作品もあの後求心力を失った。」
☆梅本「コンビ復活の可能性はなかったんですか?」
★関谷「『デルス・ウザーラ』の主役を三船がやるというという話もあったそうだけど結局ダメだった」
☆梅本「でも三船敏郎さんは日本映画の顔みたいになってたから外国からも色々オファーがありましたね。『グランプリ』とか『ミッドウェイ』に出てます」
★関谷「『スターウォーズ』でアレック・ギネスがやったオビワン役のオファーもあったらしい」
☆梅本「あれを断ったんですか?三船さん、 その後スピルバーグの『1941』なんてアホみたいな映画に出てるじゃないですか」
★関谷「脚本を読んだ段階ではスターウォーズの方がアホみたいな映画にみえたんじゃないか? レイア姫だの、悪のダースベイダーと戦って宇宙の平和を守るんだとか・・・ SFブームの前だしな
    そこへいくと、『1941』は一応戦争映画だ。しかも日本軍が実は米西海岸まで進出していたという設定だ。三船が依頼されたのはその潜水艦の艦長役だ。『こりゃあ日本を代表する俳優としてわしが出て行ってやらんといかんな』と三船さん思ったんじゃないかな?」
☆梅本「しかも監督は『ジョーズ』『未知との遭遇』と上り調子のスピルバーグですしね」
★関谷「ところが、出来上がった作品は完全なおちゃらけ映画だ」

☆梅本「そういうのが難しいところですよね・・・
    もっと悪質な事例もあります。1980年製作の『カリギュラ』は古代ローマが舞台の史劇スペクタクルを作るんだって事で、ジョン・ギールグッドやピーター・オトゥール、ヘレン・ミレンといった英国の名優たちが出演したんです。でも騙されたんですね、実態はハードコアポルノで後に訴訟沙汰になりました。

    また黒澤明に話を戻しますけど、黒澤版『トラ・トラ・トラ』や黒澤本人が監督した『雨あがる』も観てみたかったです」
★関谷「手塚治虫の原作を黒澤が演出するって企画もあったそうだ」
☆梅本「手塚治虫と言えば、『2001年宇宙の旅』のデザインをキューブリックに依頼されてるんですよね」
★関谷「受けなくて正解だったと思う。手塚や石森の大雑把なロケットやミサイルのデザインはあの名作を台無しにしそうだ」

☆梅本「最後に『風と共に去りぬ』や『クレオパトラ』のように多くの大女優が一つの役を取り合ったように多くの監督が一つの作品の候補に上った例も挙げて置きましょう。
    スピルバーグの『シンドラーのリスト』なんですけど、晩年のビリー・ワイルダーが執念を見せて食い下がった話はよく知られています。結局スピルバーグに説得されちゃったらしいですけどね。スピルバーグはロマン・ポランスキーに監督させる事も考えてたみたいですけど最後は自分で監督しました。他にマーティン・スコセッシも候補に上ってました」
★関谷「あれはスコセッシみたいなイタリア系じゃダメでしょ。ユダヤ系じゃないと。ワイルダーなんかもろホロコースト世代だから執着があったんだろう」
☆梅本「ポランスキーも肉親が殺されてますし」
★関谷「そう言えば、三船敏郎も外国の有名監督三人並べて面接したって話あったな」
☆梅本「『レッド・サン』の時ですね、エリア・カザンとサム・ペキンパーとテレンス・ヤングの三人。すごい顔ぶれです」
★関谷「でも一番軽い感じのテレンスヤングを選んじゃったのはなぜだろう」
☆梅本「あとオムニバスだけど1966年のハリウッド作品『天地創造』が当初はすごい顔ぶれが候補に上ってたのは知る人ぞ知る話です。プロデューサーがラウレンティスだったからフェリーニやヴィスコンティの名前が挙がり、日本の黒沢も候補になってたそうです。結局は全エピソードをジョン・ヒューストンが監督して大雑把な映画になっちゃっいました」

 

 

 

 

 ジュリー・アンドリュース版「マイフェアレディ」
 ジュリー・アンドリュース版「キャメロット」
 メアリー・マーティン版「サウンドオブミュージック」
 キャロル・チャニング版「ハロードーリー」
 グヴェン・バードン版「スイートチャリティ」
 マドンナ版「シカゴ」 

☆梅本「キャスティングで一番揉めるのが舞台を映画化しようって時です。評判の名舞台を映画化する場合に舞台のオリジナルキャストを使わないと、ガッカリしたとか言われて叩かれるケースが結構多いんです。例えば『マイフェアレディ』ではブロードウェイの舞台がロングランを何年も重ねた名演だっただけにジュリー・アンドリュースが外されてオードリー・ヘップバーンに替えられたのがかなり同情を呼びました。レックス・ハリソンやスタンリーハロウェイは舞台のままの名演技をフィルムに焼き付けることができたというのに・・・」
★関谷「オードリーペップバーンは歌えないからね。鈴木亜美並みに高音が出ない」
☆梅本「ジャック・ワーナーの当初の構想ではイライザにオードリー、ヒギンズ教授にケーリー・グラント、イライザのお父さんにジェームス・ギャグニーという純映画的キャスティングだったんですよ。」
★関谷「これ映画化権料だけで戦争映画の大作が撮れる額だからプロデューサーも確実に客が呼べる映画スターに拘ったんだろう」
☆梅本「でもCグラントが、レックスハリソンの舞台観て俺はあそこまではとても出来ないって断ったんです。ご存じのようにハリソンのヒギンズ教授は相当な至芸ですからね。その後ギャグニーも降りて今のキャスティングになりました。」
★関谷「オードリーもオファー受けた時『ジュリーアンドリュースの方が適役です』って断わったのに『あんたは必要なんだよ』って説得されたらしい』」

☆梅本「パーフェクトな名舞台を映画化するって難しいものですね。
    一方、ジュリー・アンドリュースはマイフェアレディの舞台に引き続いて、同じラーナー&ロウの『キャメロット』でも大ヒットを飛ばすんです」
★関谷「ケネディが観て自分の一番好きなミュージカルだといった名舞台だな」
☆梅本「でもこちらも映画化の際はキャストが変わってました。舞台版のリチャード・バートンとジュリーアンドリュースが、映画ではリチャード・ハリスとヴァネッサ・レッドグレープになってます。」
★関谷「RバートンとRハリスは容貌も芸風も似てるけど、JアンドリュースとVレッドグレープはタイプが全然違うね。」
☆梅本「うーん。彼女はルックス的に魅力がないと製作者に見なされやすいのかしら?」

★関谷「でも『サウンドオブミュージック』の映画化では、舞台版でのメアリー・マーティンから役を奪ってるじゃないか」
☆梅本「よくジュリーアンドリュースのマイフェアレディの舞台音源のCD聞いてるコアなファンがいるけど、面白いのはサウンドオブミュージックでもメアリーマーティンの舞台音源のレコードを愛聴してる人がいるらしいんですよ。こういう人たちは『こっちが本物なんだ』って思ってるのかもしれません」
★関谷「ただエセル・マーマンやメアリー・マーティンからアンジェラ・ランズベリーに至るブロードウェイの大ミュージカル女優たちは芸は凄いんだけど大スクリーンのアップに耐えられるかという問題がある」
☆梅本「そこまで言う事もないと思いますが」
★関谷「『サウンドオブミュージック』は監督も当初はウィリアム・ワイラーが予定されてたけど「甘ったるい話は嫌い」だって事でロバート・ワイズに替わったんだよな。」
☆梅本「ワイラーがこれを監督してたら多分四つ目のオスカーを取ったんでしょうが、彼はやっぱりジュリー・アンドリュースはあまり好きじゃなかったらしくてその起用には消極的でした。ワイラーが監督のままでいたら彼女は出てなかったと思います。」

★関谷「他に『ハロードーリー』も映画版は主役替わってたんじゃない?」
☆梅本「ええ、あれもキャロル・チャニングの舞台が大ロングランを重ねてそのイメージが完全に定着してるのに、映画ではアクの強いバーブラ・ストライサンドに変えたもんだから大コケしちゃうし」
★関谷「まあオバサン主役で客が入るかっていう危惧もわからんではない。特に『ハロードーリー』とか『マイフェアレディ』の場合、『ベンハー』や『十戒』よりも製作費かけてる豪華ミュージカルでしょ。絶対客が呼べる映画の大スターを、ってプロデューサーが考えるのは当然だと思う」

☆梅本「芸を観に来る舞台の玄人客と映画の客は違いますから。ボブ・フォッシーの『スイートチャリティ』だって映画化の際にはグヴェン・バードンがシャーリー・マックレーンに変えられてます。」
★関谷「グヴェンバードンってめちゃめちゃ踊れる人だろう? ボブ・フォッシーと並んで踊っても全く遜色のない」
☆梅本「そこなんです。フォッシーの難易度の高い振付を映画スターのシャーリーに踊れるかって問題ですね。かなりレッスンしたのは映画からも伺えますが。」
★関谷「グヴェンバードンなんてダンスの世界では神様でも、多分今これ読んでる人も知らないでしょ。大作ミュージカルの運命を託すのは・・・」

☆梅本「じゃあ最近の映画いきます。『シカゴ』の映画化ですけどレニーゼルウィガーのやった主役はあのマドンナが熱望してたらしいです。他にグウィネス・バルトロウも候補に上ってました」
★関谷「これボブフォッシーによるブロードウェイ初演はずいぶん昔だね。」
☆梅本「75年です。この時の主役はチタ・リヴェラです。再演はフォッシーの弟子のアン・ラインキング演出で、主役も彼女自身。」
★関谷「これは初演より再演の方が名演の誉れが高い」

☆梅本「あと、最後になりますがソンドハイムの『スウィーニートッド』の大成功も、ハロルド・プリンスの演出とアンジェラ・ランズベリーの名演技あってこそなのに、映画化の際はあまり聞かない監督とジョニーデップ主演にしちゃったんで見事に記憶に残らない映画になりました。でもあれは舞台映像のDVDが発売されてるので溜飲が下がるかな。字幕はないけどこっちの方がよっぽどオススメです」
★関谷「『オペラ座の怪人』もHプリンス演出とサラ・ブライトマンの力であそこまで一世を風靡した舞台になった。ロイドウェバーの音楽だけじゃない。」
☆梅本「これも映画になった時はサラが外されてなんとかいう若い子が演じてましたね。確かに歌もうまいし美人なんだけど・・・」
★関谷「芸がない。」
☆梅本「はっきり言えばそうですね。だからと言ってあの年齢になっちゃったサラ担ぎ出すのは躊躇しますが」

 

 

 

 

 ジェシカ・タンディ版「欲望という名の電車」、
 ベン・ギャザラ版「熱いトタン屋根の猫」
 エーリア・カザン&りー・J・コッブ版「セールスマンの死」
 マイク・ニコルズ&アート・カーニー版「おかしな二人」


★関谷「演劇の映画化の話をするときりがないね。今度はミュージカルではなくストレートプレイに話を移すけど、この分野で一番有名なのは、戦後アメリカ演劇における最高の収穫といわれた『欲望という名の電車』のケースだと思う。あればジェシカ・タンディだけが外されたんだよね?」
☆梅本「ご存じのように映画版ではヴィヴィアン・リーが演じました。ジェシカ・タンディなんか舞台の世界ではブロードウェイ屈指の名女優でも一般的な知名度はビビアン・リーに到底及びませんもんね。
    『欲望という名の電車』のアメリカ初演は、エリアカザンの演出の下にジェシカ・タンディがブランチ役で相手役がマーロンブランド、助演にキム・ハンターとカール・マルデンがつく配役でした。一方イギリス初演がローレンス・オリヴィエの演出でヴィヴィアン・リーが主役のブランチ役です。あとイタリア初演は確かルキノ・ヴィスコンティの演出だった筈です。
    ワーナーによる映画化はアメリカ初演のメンバーと演出家を土台に、主役だけイギリス初演のヴィヴィアンリーを持ってきてドッキングさせた格好です。その年のオスカーではビビアンリーが主演女優賞、キム・ハンターが助演女優賞、カール・マルデンが助演男優賞を受賞しているので、主要四キャストのうち一人だけ外されたジェシカ・タンディ悔しかったでしょうね」
★関谷「あれでビビアン・リーは美人女優から汚れ役に新境地を開いて評価されたんだよな」
☆梅本「でも後年彼女が精神のバランスを崩したのはあの役に入れ込みすぎたからじゃないかって、ギールグッド卿が言ってました」

★関谷「テネシー・ウィリアムズものといえば、前にYoutubeで『熱いトタン屋根の猫』の舞台映像観たんだよ。こっちも演出はエリア・カザンで主演はベン・ギャザラだった」
☆梅本「ああ、妻を虐めるいやらしい夫役でしょう?」
★関谷「うん、映画のポール・ニューマンも中々良い演技だったけどやっぱり所詮映画スターだね。舞台のベン・ギャザラの毒々しさは半端じゃなかった。迫力が違うよ」
☆梅本「『熱いトタン屋根の猫』は映画化の際には監督がリチャード・ブルックスに代わって、主人公夫妻はポール・ニューマンとエリザベス・テイラーの美男美女に交代しましたね。いくら演技が凄くてもベン・ギャザラなんか平凡な容貌の小太りですもん。映画ではお客さんが来ません」

★関谷「そこまでいう事もないだろう・・・ ところでアーサー・ミラーがT・ウィリアムズほど映画化に恵まれてないのは何故かな?」
☆梅本「フレデリック・マーチ主演の『セールスマンの死』はそこそこ名作だけど、これもどっちかと言うとリー・J・コップの舞台の方が有名です。演出はやっぱりエリア・カザン・・・」
★関谷「エリア・カザンって今の人には映画監督の印象だけど、『欲望』と『セールスマン』の二大名舞台を演出してる点からしてもむしろ戦後アメリカを代表する舞台演出家といった方がいいかもしれない」
☆梅本「当時一番活躍してた演出家ですよね。どっちかと言うと私も『セールスマンの死』の映画版は彼の監督で観たかったと思ってます。
    このお芝居もリー・J・コップの後、ジョージ・C・スコットとかダスティン・ホフマンなど色んな名優が舞台で主役を演じてきました。日本では滝沢修のが伝説的です。1984年のDホフマンの舞台は翌年テレビ映画になってるのでこれは今でも観れますよ」

★関谷「もう少し新しくなってニール・サイモンの舞台なんかでも『おかしな二人』では主役が替えられてた。舞台はアート・カーニーとウォルター・マッソー、映画ではカーニーがジャック・レモンに代えられている。でもこれはわりに評判いいな。もともとレモン&マッソーのコンビは好評なんだけどさ」
☆梅本「うーん、元の舞台を観てないから何とも言えません・・・ とにかくワイルダー作品以外ではあのコンビの代表作になってますね。
    もっと気になるのは演出家の方です。ニール・サイモン作品の舞台演出では何といっても第一人者はマイク・ニコルズでしょう? この舞台も彼の演出だった筈です。彼は映画監督でもあるのに何故か起用されなかったんですよ」


★関谷「それにしても、ジェシカ・タンディ版の『欲望という名の電車』はぜひ観たかったよな・・・ これの日本初演はたしか杉村春子だったっけ?」
☆梅本「初演かどうか知らないけど日本では杉村先生の舞台が有名です。『欲望という名の電車に乗って、極楽という停車場で乗り換えて、墓場という駅で降りてきましたの』って名台詞は一世を風靡しましたもんね。。『女の一生』の舞台映像はÑHkからDVDが出てるのにこっちは発売されてないです。映像は残ってます」
★関谷「ああいう役を演じて精神の均衡を保てるのは杉村春子のようなイカツイ女でなければならないという事だな」
☆梅本「ビビアン・リーはあれで逆に役柄が狭まった気がします。『ローマの哀愁』とか『愚か者の船』とか」
★関谷「いくら女優として新境地を切り開けても、それで心を病んでオリヴィエに離婚されちゃうようではね」

 

 

 

 

 ジョン・ギールグッド版「ハムレット」

 
☆梅本「そのオリヴィエの映画の代表作といえばまず『ハムレット』だと思います。ところがこの役自体に関して言えば20世紀最高のハムレット役者はむしろライバルのジョン・ギールグッドだという評価が定着してます。オリヴィエとギールグッドのハムレットを比較鑑賞できた1930~40年代のイギリスの演劇界ではそういう見方が一般的でした」
★関谷「なんで映画版はオリヴィエが演じたの?」
☆梅本「年齢でしょう。ほんとはオリヴィエでもキツイんです。王子の役なのに四十過ぎですから。ましてやお爺ちゃん顔のギールグッドでは・・・」
★関谷「あの人老執事の印象が強いからな。『ミスターアーサー』とか『オリエント急行殺人事件』とか」
☆梅本「ギールグッド卿は、オリヴィエ版『ハムレット』にも『亡き先王の亡霊の声』というかたちで、声だけのカメオ出演をしてるんですが・・・ それが本当に恨めしそうな声なんです・・・ 地獄の底から響いてくるような」
★関谷「あの亡霊の声は、暗殺されて弟に妻と王位を奪われた先代の王の声だから、ギールグッドが演るのはまさに適役だ・・・」

☆梅本「とにかくハムレットのように古典で一番頻繁に上演される劇の場合、各国で極めつけとされる名演技があります。戦前のブロードウェイならジョン・バリモア、フランスだったらジャン・ルイ・バローのハムレットが有名だし、日本でも文学座の芥川比呂志の伝説的な名演は今でも語り草ですよね。
    そして本家イギリスにおいては30年代のギールグッドによるものがそういう位置づけなんです。まあ演劇史に詳しい先生方なら「いや18世紀のエドマンド・キーンだ」とか「19世紀のヘンリーアーヴィングとエレン・テリー(オフェーリア役)の舞台だろう」とか観てもいない舞台を押す人が必ず出てくるんでしょうが20世紀ならギールグッド一択でしょうね。彼のヴォイスの美しさは絹にくるまれた銀のトランペットとも称されていました。また後々ハムレットを演じる後進にも大きな影響を与えていて、ギールグッド→Rバートン→Dジャコビ→Kプラナーという系譜はそのまま各時代を代表するハムレット役と言えるかもしれません。一方ライバルのローレンス・オリヴィエのハムレットは19世紀英国を代表する名優だったヘンリー・アーヴィングのスタイルの系統を引くそうです」
★関谷「映画にならなかったそういう名舞台ってもう永遠に観れないという事か」
☆梅本「音源なら残ってますよ。昔ヤフオクでギールグッドのハムレットの上演が収録されたレコードが出品されてるのを見ました。向こうでは多分CDになってるでしょう」
★関谷「そこまでのマニアにはなりたくはないよな。ジュリーアンドリュースのマイフェアレディのCD聞いてる人よりもまだ・・・」
☆梅本「ギールグッド自身のハムレットはもう観れませんが、彼は60年代のブロードウェイでリチャード・バートン主演のハムレットを演出していて、バートンを指導する際に自ら培ったハムレット役のノウハウをすべて伝えてるんです。次世代の最も優秀な役者としてバートンはそれを吸収して伝説的な名演を残しました。 えーとこっちは海外版のモノクロながらDVDが発売されてますね。リチャードバートンという人も非常に優れた俳優ですがこの公演はギールグッド卿が『二人羽織』で入った格好です。あちらでは映画・舞台中継を通じて映像で観る事のできる最高のハムレットというもっぱらの評価ですよ。
    ちなみにギールグッドのもう一つの当たり役は『リチャード二世』なんですけど、こちらも映像化の時は年取りすぎてて自分は脇に回りデレク・ジャコビの指導に徹してます。」
★関谷「シェイクスピア劇の演技ではオリヴィエと並ぶ権威だもんな。たしかマンキーウィッツの『ジュリアスシーザー』でマーロン・ブランドに演技指導したのもこの爺さんじゃなかったかな? ケネス・プラナー版『ハムレット』の撮影時にギールグッドと初めて顔合わせたジャック・レモンがガチガチに緊張してた話も有名だ。」
☆梅本「五十鈴十種じゃないけど、ギールグッドの舞台での当たり役で特に重要とされているのは若い頃の『ハムレット』、中年になってからの『リチャード二世』、そして晩年の『テンペスト』におけるプロスペロー役、この三つでしょう。『テンペスト』だけグリーナウェイが『ギールグッド卿のプロスペロー役をなんとしても後世に残したい』って言って映画にしました。他に現代劇ではピンターの『誰もいない国』でのラルフ・リチャードソンとの二人芝居がよく知られています。」
★関谷「ジョン・ギールグッドがエライ名優なのは良く分かったけど、こういう人にも大失敗とかは無いの?」
☆梅本「60年代の「オセロ」公演は歴史的な大失敗でした。これはもう後々までの語り草になるくらいの。でも、ライバルのローレンス・オリヴィエは同時期にオールドヴィック座で同じ『オセロ』を演じてこっちは大成功。オリヴィエの長い役者人生における頂点を築いてるんだから不思議なものです」

★関谷「しかし・・・」
☆梅本「何ですか?」
★関谷「もう永遠に観れないものの事をクドクド語っても仕方がないと思うんだが・・・」
☆梅本「何言ってるんですか? 
    もともとこのコーナーは永遠に観れないものの事をクドクド語るページですよ。18世紀のエドマンド・キーンのハムレットや19世紀のサラ・ベルナールの椿姫、エレン・テリー演じるマクベス夫人に思いを馳せる場所なんです。」
★関谷「サラ・ベルナールの『椿姫』は映画になってなかったか? 別にレコードもあった筈だぞ」
☆梅本「サラ・ベルナールは19世紀の名優たちの中ではギリギリ映画に間に合った人だけど、映画はボロボロのサイレントで名舞台の面影はありませんよ。レコードもおばあちゃんになってから吹き込んだものです。私が希望してるのはモノクロでもいいから若いころのサラが動いて喋るトーキーの映画です」
★関谷「無茶言うなって。年代から見て無理だろう。エレオノラ・ドゥーゼやエレン・テリーの今残ってる映像だってそんなもんだぞ。」

☆梅本「まあ19世紀の名舞台は難しいかもしれないけど、20世紀の名舞台なら結構フィルムに焼いてくれてるものは多いんです。今日もマリー・ベルの『フェードル』がyoutubeに上がってるの発見しました。結構年取った頃の映像だけどアレクサンドランばりばりでした。他にも、ルイ・ジューヴェ最大の当たり役だった『クノック』も映画になってるんですよ
 
    これは普段からずっと考えてるんですけど、ペギー・アシュクロフトのジュリエット、ローレンス・オリヴィエのロミオ、ジョン・ギールグッドのティボルトによる1930年代のオールドヴィック劇場の『ロミオとジュリエット』の公演がもし映画に焼かれてて今観ることが出来たらどんなに素晴らしいかって思うんです。」

★関谷「確かにここは『もしもこの映画のこの役をこのスタアがやってたらどんな映画になっただろうか』ってのがテーマなんだが、ハリウッド映画→ミュージカルの映画化→ストレートプレイの映画化→古典劇の映画化とだんだんついて来る人が少なくなる展開になってるよね? 明らかに読んでる人がだんだんついてこなくなるような構成にしている・・・」

 

 

 

 

⑥  デラカーザ版「ばらの騎士」


☆梅本「だから最後はトドメです。オペラの映画化です。
    1950年代後半のウィーンではカラヤン指揮、Rハルトマン演出の『ばらの騎士』とベーム指揮、Gレンネルト演出の『コジ・ファン・トゥッテ』の二つの出し物が名舞台の誉れ高かったんです。出演する歌手には2パターンあって、ひとつはシュワルツコップ(ソプラノ)とルードヴィッヒ(メゾソプラノ)の組、もうひとつはデラカーザ(ソプラノ)とユリナッチ(メゾ)の組でした。どちらかと言うとカラヤンは後者と相性がよくベームは前者を好んだそうです。
    だからカラヤン&ハルトマンによる『ばらの騎士』という不世出の名舞台をフィルムで撮影して映画に残そうという企画が出た時、主役の元帥夫人はデラカーザの予定でした。」
★関谷「出来た映画ではシュワルツコップが演じている。これは彼女の旦那さんがEMIの大プロデューサーのウォルター・レッグだからその力で・・・」
☆梅本「世間ではそう言われましたね。だから珍しくシュワルツコップとユリナッチの共演が見れちゃう」
★関谷「ベームの『コジ・ファン・トゥッテ』の方は映画になってないの? たしかDVDも出てたと思うんだが」
☆梅本「あれは60年代後半にテレビ放送用にスタジオ収録したものです。まず演出がレンネルトではないし、歌手陣も次の世代に替わってます。20世紀のモーツァルト演奏史における金字塔とも称された『ベームのコジ』を記録したものとは到底言えません。
    これに対してカラヤンの『ばら』は、映画化に際してパウル・ツィンナー監督がカメラワークや編集その他を緻密に計算した上で総天然色のフィルムに記録した文化遺産的な作品なんです。フィルムの発色も非常に良いし音質にも問題はありません。パウル・ツィンナーはこの種の名舞台を記録するプロフェッショナルで、他にフルトヴェングラーの『ドン・ジョヴァンニ』とか、バレエのヌレエフ&フォンテーンコンビによるKマクミラン版『ロメオとジュリエット』なんかも映画に焼いてます。でも『ばらの騎士』はとりわけ映像化に成功してて、私はいろいろオペラ映像を観ましたがどれか一つと言われたらこれを推薦しますね」

 
Θ カーテンコール 
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④


次へ 投稿

前へ 投稿

返信する

© 2021 蔵書家たちの黄昏

テーマの著者 Anders Norén

Translate »