蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[3] 反町茂雄によるテーマ その2

前掲の引用では、反町は古書籍商としての自分や、最大の蒐集家であった中山正善の活躍した黄金期(昭和20~30年代)に至るまでの時代を回顧しています。
おおざっぱにまとめると、江戸時代最大の存在として加賀百万石の藩主前田綱紀を(またそれに次ぐものとして屋代弘賢・浅野梅堂を)挙げ、近代になってから、明治大正期から昭和の前期までで最大の存在として安田財閥の二代目当主安田善次郎と和田維四郎を(それに次ぐものとして徳富蘇峰とFホーレーを)を挙げています。この文章自体は、この三人と反町自身の最大の顧客であった中山正善のコレクション内容の比較を試みる構成になっています。

前田綱紀、二代目安田善次郎、和田維四郎、中山正善といった日本の稀書蒐集における4巨人のコレクション内容を比較したこの部分は、もうこの人にしか書けない文章で大変興味深いのですが、長くなるので割愛します(「天理図書館の善本稀書」所収)。ただ素通りするのもあれなので、ちょっとエッセンスを抜き出してみます。

 

Ⅰ 前田vs中山
 まず尊経閣の蒐集は国書と漢書に二分される。国書では同時代の大名(徳川光圀、脇坂八雲軒、松平忠房)のコレクションが写本が多いのに比して原本が多く質が高い。
 特に物語・和歌・日記が秀抜。然し物語では天理(中山)のスケールには及ばない。歌書では私家集・歌合の古写本では質において天理を凌ぐが、連歌では及ばない。
 松雲公が最も力を入れたのは広義の史書だが、多彩豊富さでは天理に及ばない。ただ古記録・古文書では前田が上回る。
 神道・仏教関係では天理が上だが、儀式典礼の古書では前田の勝ち。
 平安鎌倉から五山版に至る古版本では天理が圧倒的。江戸時代の版本、名家の自筆本でも天理が圧倒的(近世文学には松雲公はほとんど興味がなかった模様)。
 国書については以上のとおりだが、漢籍では天理は前田に到底及ばない。しかし天理にある膨大な洋書が尊経閣には存在しないのでそれで埋め合わせがつく。

Ⅱ 安田vs中山
 安田の蒐集は前半部が関東大震災で消滅したので残った目録の類から較量。前半の蒐集は江戸時代のものが多く、後半はそれ以前のものが中心。
 全体として近世文学に特に強い。
 後半には漢籍や古写経に興味が進み、特に古写経では天理も及ばない。
 豊富な財力を背景に多くの分野を狩猟したが、古文書類には進まなかった。

Ⅲ 和田vs中山
 スケール・質・範囲の三点で中山正善に匹敵するのが和田維四郎。
 和田のコレクションは興味に従って集めていくというより、最初から科学者の視点でハッキリした意図の下で取捨選択して蒐集しているのが珍しい。原則和書のみで、一部例外を除いて漢書・洋書はない。明治文学もない。
 古版本が特に目立つが、古写本の質も秀抜。すべて鑑蒐者の見識を示すもので、和田は中山以前の最高の蒐集家だと評価(反町自身、和田の「訪書余禄」を自費で再版するほど傾倒している)。
  

 中山正善の蒐集は四者の中でもスケールは最大で数量では図抜けている。総体的に、質の面でも遜色はない。
 古写本では前田、和田に勝るとも劣らない。
 古版本の質量では、和田、安田に拮抗する。江戸期版本は、安田、和田を抜く。
 古写経では安田、和田には及ばず。
 古文書でも前田に及ばない。
 名家の自筆本でも、特に江戸期のものは安田のそれを凌ぎ、空前絶後。
 明治・大正・昭和の稀書珍籍や、洋書では、他の3コレクションはほとんど収集がないので比較にならない。

 

 

総目次
 
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書
 

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
 
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
 
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
 
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ
 

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
 
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
 
Θ カーテンコール 
閲覧者様のご要望を 企画① 企画② 企画③ 企画④


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  5. [210] イスラムの蔵書家たち バグダッド – 蔵書家たちの黄昏
  6. [13] 鏡像フーガ8 昭和期の蔵書家 (1970年頃まで) – 蔵書家たちの黄昏
  7. [213] イスラムの蔵書家たち 十字軍以降 – 蔵書家たちの黄昏
  8. [2] 反町茂雄によるテーマ その1 – 蔵書家たちの黄昏
  9. [10] 鏡像フーガ5 明治大正期の蔵書家 – 蔵書家たちの黄昏
  10. [211] イスラムの蔵書家たち カイロ – 蔵書家たちの黄昏
  11. [212] イスラムの蔵書家たち コルドバ – 蔵書家たちの黄昏
  12. [208]中世の蔵書家たち 13,14c – 蔵書家たちの黄昏
  13. [7] 鏡像フーガ2 蒐集のはじめ – 蔵書家たちの黄昏
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  15. [112] 現代日本の蔵書家10 十万越えのひとたち – 蔵書家たちの黄昏
  16. [115] 現代日本の蔵書家∞ エピローグ – 蔵書家たちの黄昏
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  23. [9] 鏡像フーガ4 江戸の蔵書家  蔵書家たちが交流をはじめる – 蔵書家たちの黄昏
  24. [12] 鏡像フーガ7 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する – 蔵書家たちの黄昏
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  30. [209] イスラムの蔵書家たち 前史ペルシア – 蔵書家たちの黄昏
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