蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[4] 反町茂雄によるテーマ その3

 以上の文章は、お得意さんを称える機会に執筆されたもので、おべんちゃら調が少々鼻につかないこともないのですが、中山正善(天理図書館)が近代日本における最大の稀覯本の蒐集家であったことは争いのないところです。
 理由は、彼が蒐集した時代が、終戦後に華族が没落して千年に渡り蓄積されたそのコレクションが市場に放出された我が国の古書籍取引史上の黄金期にあたっていた事でしょう。そして華族が没落し財閥が解体されたこの時代に最もお金を持っていたのが、彼のような新興宗教のトップだったという事なんでしょう。
 前に引いた文章がちょうどこの時期の直前で終わってるので、この黄金期以後を扱った別の記述(「天理=ザ・チープ・ライブラリー」)を参考に話を進めてみます (こちらも「天理図書館の善本稀書」所収)。

 日本中でみんながお金がなかったこの時期、天理に匹敵する買い手は先にも出てきたタイムズ特派員の英人フランク・ホーレーでした。「善本と見れば種類を問わず、値をいとわず、即座にいくらでも買収するという姿勢」。当時の日本における悲劇的な善本価格の低落を理解していて、その認識の下に徹底して買いに走ったコレクターですが、戦前にはスパイ容疑でつかまっていてその際、蔵書も没収。一時慶応大学に保管された後、終戦後返還されましたが、足りないものが多く「慶応大学に盗まれた」と言っていたそうです。この人に関しては後の『主題補正』でも詳しくやります。
 当時の古書業界で「売り手」の筆頭だった反町の認識では、中山正善とこのF・ホーレーに、小汀利得(日経新聞社長)と岡田真を加えた四人が、「買い手」としての「四強」だったとの事です。
 その他に挙げている名前としては、池田亀鑑、吉田幸一、前田善子、梅沢彦太郎、戸川浜男、横山重、岡田利兵衛などがあります。

 日本の高度成長とともに稀書の価格も上がり、逆に、亡くなった所有者のコレクションは多くが大学や図書館の文庫に入るようになったため、重要なものが市場にも出回らなくなり、黄金時代が終焉します。
「三十年代は、天理が最大の蒐集力を発揮された期間に相当致します。前代に強力なライバルであったフランク・ホーレー文庫は崩壊し了り、岡田文庫は縮小しました。小汀文庫は以前とほぼ同様な意力と経済力とを持続しましたが、別して増加は見られない様でした」
「天理は殆ど無制限に拡がるかに見えました。出発の際は宗教を中心に、民俗・文学等の一部に限り、やがて江戸文学方面に逐次進出しました。その後は拡大に拡大を重ねて、この時期には、純粋な自然科学をのぞいて、東西の人文科学のすべての部門にわたって、善本・良書の集儲に向かう状勢でした」

 

 


 

総目次
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
Θ カーテンコール 
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