蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[6] 鏡像フーガ1 プロローグ

 碩学の書いたものに補正を加えるなんて恐れ多いんですが、主題に選んだ反町さんの短い文章が特定の機会に書かれたものであるため、各時代の高名な蔵書家で触れられていない人がかなり多い点、また「蔵書家」「集書事業」などの概念規定が明確でないので、前田に続くような大名コレクションで触れられてないものが多い点、また、これも概念規定の曖昧さなんですが、稀覯本専門の古書籍商としての興味から、江戸期以前は新刊書コレクターも珍籍コレクターも同列に扱ってる点など色々あって、ちょっと解説を加える必要がありそうなんです。さらに、ある程度以上のクラスの蔵書家になってくると、中山正善みたいに個人所有か図書館の所有かなんて問題も出てきます。
 それと、触れられたたくさんの蔵書家たちの名前に関しても、全くご存じない方がいらっしゃるかもしれないので、簡単な説明も必要かと。
 さて、以上のことを、各時代を下りながら、全部ごっちゃにやっていきます。ここからがこのブログの本番です!

 


 世に広く知られるような蔵書家には、一般に二つの類型があると思います。それは「教養ある君主」タイプと、それとは真逆に「資金力のある学者・文化人」タイプ。
 乗った車が通れば道ばたの民衆がおじきをし、巨大な宗教施設がいくつもある天理市では事実上の君主同然だった中山正善、安田財閥当主の二代安田善次郎なんかは前者の典型です。加賀百万石の藩主の前田綱紀になると、文字通りの君主以外の何者でもない。外国の例ではジョージ三世なんかがそうだし、JPモルガンもこのカテゴリーに入ります。
 一方で、「資金力のある学者・文化人」タイプでは、ベストセラー作家の井上ひさしや司馬遼太郎がおり、東大教授のサラリー以外に岩崎や久原からの援助を受けていた和田維四郎、日経新聞社長とはいってもサラリーマン社長だった小汀利得などがすぐ思い浮かびます。ヨーロッパであれば、ユダヤ系金融一族に生まれながら、相続権の放棄と引き換えに巨額の年金を受け取り、それを蒐集に費やしていたアビ・ヴァールブルクなどがその典型になるんでしょうか。

 別の分け方では、先程来述べてきた「稀覯本の収集家」と、新刊書を買うような人、つまりは「雑本コレクター」でこちらは自分の情報環境を整える事が目的の人たちです。
 当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、前者は美術コレクターに近い面があり、「教養ある君主タイプ」に多い。集書事業というか、一種の文化事業に近いケースさえあります。
 逆に、後者は「資金力のある学者・文化人」が中心です。

 「稀覯本の収集」では和田とか小汀とか蘇峰とか凄い人もいるんだけど、やはり、最後に勝つのは、前田や中山のような「王様」です。海外の例でも、英米系で最大級の稀覯本コレクションといえば、恐らくリチャード・ヒーバーやトーマス・フィリップス卿のそれでしょうが、それらのかなりの部分が前者はハンチントンの、後者はモルガンの所有に落ち着くことになりました。
 でも、本の蒐集の場合は美術コレクターに比べればまだましなんです。そんな金持ちでもない人が、何でこの人はこんなにたくさん本持ってるんだろうってケースがよくあります。
 それが世に知られた美術コレクターの場合になると、絵画であれ骨董であれ、もう王様と億万長者の名前しか出てきません。(例外的に、フランス印象派絵画の勃興期にネラトンやショケといった高級官僚たちがその眼力で主要な作家の重要作をコレクションしていたケースがあり、この部分はアンコールピースで詳しくやります)

 だから蔵書家の話は面白い。で、次回からは反町の記述にのっとりながら、彼が触れなかった大物たちの話題も含め、「稀覯本収集家」「自らの情報環境を整える事が目的」の両タイプの対比を軸に、あまり堅苦しくなく話を進めてゆきます。
 それでは「反町による主題」で挙げられていた蔵書家を■で、ブログ側が追加した蔵書家を□で表していきます。

 

 

 

総目次
まずお読みください

◇主題  反町茂雄によるテーマ
反町茂雄による主題1 反町茂雄による主題2 反町茂雄による主題3 反町茂雄による主題4

◇主題補正 鏡像フーガ
鏡像フーガ 蒐集のはじめ 大名たち 江戸の蔵書家 蔵書家たちが交流を始める 明治大正期の蔵書家 外人たち 岩崎2家の問題 財閥が蒐集家を蒐集する 昭和期の蔵書家 公家の蔵書 すべては図書館の中へ 
§川瀬一馬による主題 §国宝古典籍所蔵者変遷リスト §百姓の蔵書

◇第一変奏 グロリエ,ド・トゥー,マザラン,コルベール
《欧州大陸の蔵書家たち》
近世欧州の蔵書史のためのトルソhya

◇第二変奏 三代ロクスバラ公、二代スペンサー伯,ヒーバー
《英国の蔵書家たち》

◇第三変奏 ブラウンシュヴァイク, ヴィッテルスバッハ
《ドイツ領邦諸侯の宮廷図書館》

フランス イギリス ドイツ  イタリア
16世紀 16世紀 16世紀 16世紀  16世紀概観
17世紀 17世紀 17世紀 17世紀  17世紀概観
18世紀 18世紀 18世紀 18世紀  18世紀概観
19世紀 19世紀 19世紀 19世紀  19世紀概観
20世紀 20世紀 20世紀 20世紀  20世紀概観
仏概史  英概史  独概史  伊概史

◇第四変奏 瞿紹基、楊以増、丁兄弟、陸心源
《清末の四大蔵書家》
夏・殷・周・春秋・戦国・秦・前漢・新・後漢 三国・晋・五胡十六国・南北朝 隋・唐・五代十国 宋・金・元   中華・中共    

◇第五変奏 モルガン,ハンチントン,フォルジャー
《20世紀アメリカの蔵書家たち》
アメリカ蔵書史のためのトルソ
◇第六変奏
《古代の蔵書家たち》
オリエント ギリシア ヘレニズム ローマ

◇第七変奏
《中世の蔵書家たち》
中世初期 カロリングルネサンス 中世盛期 中世末期

◇第八変奏
《イスラムの蔵書家たち》
前史ペルシア バグダッド カイロ コルドバ 十字軍以降
◇第九変奏 《現代日本の蔵書家たち》
本棚はいくつありますか プロローグ 一万クラスのひとたち 二万クラスのひとたち 三万クラスのひとたち 四万クラスのひとたち 五万クラスのひとたち 六万クラスのひとたち 七万クラスのひとたち 八万クラスのひとたち 九万クラスのひとたち 十万越えのひとたち 十五万越えのひとたち 二十万越えのひとたち エピローグ TBC

◇第十変奏 《現代欧米の蔵書家たち》
プロローグ 一万クラス 二万クラス 三万・四万・五万クラス 七万クラス 十万・十五万クラス 三十万クラス エピローグ1 

◇第十一変奏
《ロシアの蔵書家たち》
16世紀 17世紀 18世紀①   19世紀① ② ③ 20世紀① ② ③

 

 

Δ幕間狂言 分野別 蔵書家
Δ幕間狂言 蔵書目録(製作中)
◇終曲   漫画の蔵書家たち 1 
◇主題回帰 反町茂雄によるテーマ

§ アンコール用ピースⅠ 美術コレクターたち [絵画篇 日本]
§ アンコール用ピースⅡ 美術コレクターたち [骨董篇 日本]

§ アンコール用ピースⅢ 美術コレクターたち [絵画篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅣ 美術コレクターたち [骨董篇 欧米]
§ アンコール用ピースⅤ レコードコレクターたち
§ アンコール用ピースⅥ フィルムコレクターたち
Θ カーテンコール 
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