蔵書家たちの黄昏

反町茂雄の主題による変奏曲

[75] アメリカの蔵書家たち Introduction

 

 

 ≪ introduction ≫

 

 

 アメリカは歴史が浅く、日本でいえば大体江戸の中期頃に建国されています。
 機関蔵書では現在世界最大の国家であるにもかかわらず、この国は王侯貴族がいないので、一部の富豪を別にすれば、大きな蔵書家は必ずしも多いとは言えません。
 日本では壽岳文章の「蔵書家というには相当持ってなければならない。それには一万という数が基準になる」という言葉があり、 現代日本の蔵書家たち のコーナーも、この数から始めましたが、Library thingというアメリカの読書サイトの過去の蔵書家の一覧では、ボリュームを五段階に分けて最大のランクを「1000冊以上」としていました。
 アイザック・アシモフのように500冊も本を書いた人でさえ、自分では1000冊ほどしか持っていません。

 公共図書館という文化が欧米で浸透するのは、大体フランス革命の後ぐらいからです。これはちょうど、アメリカ独立と同じ頃なので、要するにこの国では建国当初から公共蔵書が利用しやすい環境にあったわけです。本というものは所有するものではない(少なくとも貯め込むものではない)という感覚が、他の国に比べて強かった、という事も言えるかもしれません。日本では全然軌道に乗らなかったブッククラブが隆盛を迎えた原因も、そのあたりにありそうです。
 これに加えて、モルガンやハンチントンの様な大金持ちが力任せに最重要なものを独占してしまうと、他の人間は、自分はスキマ産業的に何を集めようかなと途方に暮れてしまいますね。
 そういえば、今の出版文化低迷の原因はインターネット以外の何物でもないんですが、これもアメリカ発祥でした。情報を集めようという意思は強いけれども、それが個人ライブラリーの構築には直結せず、それに代わるツールを求めようとするお国柄のようです。

 時期ごとの特徴としては、こういう事が言えると思います。
 植民地時代から独立前後にかけては欧州に較べて個人蔵書の規模は小さく、何か特別に貴重なものを蒐集する人もあまり見当たらない。
 これが十九世紀にはいると、ようやく書物コレクターらしい人たちが出現します。主にアメリカーナのコレクターが中心で、自国の初期印刷本の蒐集家もいます。ただ、その初期印刷本にしても書誌学の世界では従来からヨーロッパのそれに較べてかなり低く評価されていました。要するに歴史が浅いので何か集めようとしても他の文化圏のように貴重なものはあまりないわけです。その結果、この後アメリカでは著名な文学の初版本を集める事なんかがステイタスになってきます。
 でも十九世紀の後半にさしかかると、さすがに経済的な上昇に伴って書物コレクターにも洗練がみられ、この時期には多くの蒐集家が欧州から貴重なものを購入しました。その中にはロバート・ホーの様に最美のコレクションを作った人もいます。
 ところがその直後モルガン、ハンチントン、フォルジャーという大実業家たちが、圧倒的な財力で欧州から稀覯本を大量に買い集めます。この時期になるとヨーロッパではかつての大コレクターたちが集めた稀書の多くはビブリオテークナショナル、大英図書館、ヴァチカン図書館などの公共施設へ入ってしまったため、貴重なものが市場へ出る事は少なくなり、価格も高騰していました。そういうものを個人で蒐集しようという風潮はもうかなり下火になっていて、こうしたアメリカの大実業家たちが世界最大級の個人コレクターとして君臨するに至りました。
 で、その結果として、それ以後のアメリカでは総合的な大コレクターはあまり出てこなくなり、むしろ個別の対象に的を絞ったユニークなコレクションが数多く登場することになります。新刊本や雑書はともかく、ある程度希少価値のある蒐集に関しては明らかにそういう傾向がみてとれます。その意味で20世紀以降のアメリカの書籍コレクターはかなりマニア的な色彩が強くなっていると言ってもいいです。
 それでは、以下10の項目に分けて記述してゆくことにしましょう。 

 

⓪       introduction
① 17世紀   ピルグリムファーザーズ
② 17~18世紀 植民地時代
③ 18世紀   独立前後
④ 18世紀~  大統領たち
⑤ 19世紀   アメリカの書物コレクターⅠ
⑥ 19世紀   アメリカの書物コレクターⅡ
⑦ 19~20世紀 富豪たち
⑧ 20世紀   アメリカの書物コレクターⅢ
⑨ 20世紀   アメリカの書物コレクターⅣ
⑩ 21世紀   現代の蔵書家たち 

        学者,作家,評論家,芸術家,政治家,実業家

 

 上に述べた時期ごとの特徴の推移は、わりと教科書的な概観です。
 別に間違っているわけではないけれども、ここ百年間の現代消費文明の象徴のようなアメリカという地域におけるブックコレクターのカオスを本気で語ろうとするなら、この最後の⑧、⑨のウェイトが本来ならもっと大きくなります。 今回のはまあ下書きみたいなものなので抑えて書きますが、あとでこの部分は五つぐらいのページに膨らむかもしれません。

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テーマの著者 Anders Norén

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